31時間目:うまくいかない
二学期初日を終えたティルは、エリンと下校した。
「じゃ!明日ね?エリンちゃん!!」
「うん!また明日!!」
動く歩道から降りて行くエリンを見送ると、ティルは動いている歩道の上を走り出した。そして、老婆を抜かして行く。しかし、その老婆に呼び止められる。
「お嬢ちゃん、動く歩道で走るのは危ないよ?」
「ご!ごめんなさい!!」
(わかってるよ!知らないおばあちゃん。けど、早くリノと会いたい!!)
「急いでるの。おばあちゃん」
「それでも駄目。走るのは、脇道に入ってからにした方がいいよ」
「わかった」
ティルは、老婆の横で、自宅に繋がる脇道を待った。しばらくすると、その脇道が見えた。
「おばあちゃん、動く歩道で走っちゃってごめんなさい。さようなら」
「怪我がなくてよかった。気をつけてね」
「うん!」
ティルは脇道に降りる。そして、力の限り走った。
(リノ!!)
息が上がる。しかし、走るのを止めない。そして、自宅に着くと、走った勢いそのまま、玄関をくぐる。
「ただいま!リノ!!お母さん!!」
「おかえり」
ティルの足は止まらない。一目散にリノの寝床へ。
「リノ!ただいま!!」
リノは、つぶらな瞳でティルを見た。
(うー!かわいい!!)
ティルは、リノに手を伸ばす。しかし、ノエルが声を上げる。
「手を洗って来なさい!ティル!!」
リノに伸ばされたティルの手は、行き場を失い、拳を作る。
「うー、リノの所にいるー」
「手を洗ってきたら、ずっといていいのよ?」
「うー」
ティルは、リノを見つめそこを動かない。ノエルは、ため息をつき、ティルの横へ。そして、唱えた。
「エレア、ヴア、エーレエ。ティルの手」
ティルの手は、水や泡で包まれ、綺麗にされた後、温風で乾かされた。
「リノは赤ちゃんで、体が強くないの。悪い菌がついちゃったら大変なのよ?」
「ごめんなさい。手、綺麗にしてくれてありがとう」
ノエルは、頷いた後、こう言った。
「さ、リノをかわいがってやって?」
「うん!!」
ティルは、自らの右手の人差し指をリノに差し出した。すると、リノはそれを握ってフリフリした。
「リノ!うー、かわいいっ!!」
リノはピカピカ光る。ティルはそれに目を細めた。
(あ、ひなぎく歌おう。どう歌おうか決めよう)
そして、ティルはひなぎくを歌い始める。
「ぼくは、ひなぎくだよ。わたしは、ひなぎくよ。ときどきしっぱいしちゃう、ようせいだけど、めげないよ。しあわせみんなにわたしたいから」
ノエルの呟きがその歌に被さる。
「ティル、ひなぎくね」
「わたしは、ひなぎくよ。ぼくは、ひなぎくだよ。どこまでもとんでいく、ようせいでいたい。ずっとずっと、みんなのきぼうがうまれるように」
リノの手が、ティルの人差し指から離れる。リノはティルが歌い終わる頃には、ぐっすりと眠った。ノエルの小さな拍手がティルの耳に届く。
「上手ね?ティル。リノのいい子守歌になったわね?」
「うん。リノおやすみ」
(んー、どう歌うかなんて、どうでもよくなってきた。リノに聴いてもらっただけで嬉しくなっちゃった!)
それから、ティルは食事の以外の時間を、リノの傍らで過ごした。帰宅したグレゴリオはそんな様子を見て言った。
「ティル、今夜はどうする?」
「え?」
「リノと一緒にいたかったら、僕達の部屋で寝るかい?」
「いいの?」
ノエルは、苦笑いしつつこう言った。
「床で寝られるより、私かグレゴリオと一緒に寝た方がいいわね」
「女の子だから、ノエルとだね」
「わかったわ」
「うん!みんなで寝る!!」
その夜、ティルはノエルの寝床に横たわった。遅れて入って来たノエルは、ティルを抱きしめるように横たわる。
「お母さん」
ティルは、思わず抱き返す。ノエルは優しく言った。
「ティルと寝るの、何ヶ月ぶりかしらね?」
グレゴリオは答えた。
「だいたい半年ってところだよ。幼稚園卒園記念に、ティルの部屋を作ったんだから」
「そうね」
(そうだったっけ?うん、そうだったかも。そうなら、私にとっては、9年ぶりって感じかも。なんか、あの部屋でずっと何年も何年も寝てる気がするけど。もう、わかんない)
ノエルのぬくもりに包まれながら、ティルは、リノの光を見つめた。
「リノ、今日も元気!光ってる!!」
グレゴリオもノエルも柔らかく笑った。そして、グレゴリオが照明を落としながら言った。
「さあ、寝ようか」
お互い、「おやすみ」という言葉を交わし、目を閉じた。
(うーん、でも、昨日から私、わがまま過ぎたよね。明日からちゃんとしよう)
翌日、ノエルはティルに声をかけた。
「昨日は、何度も起こしちゃってごめんね?」
「いいの!リノの為だもん!!」
昨晩も、グレゴリオとノエルはリノの世話の為に何度も起きた。その度にティルは起こされたのだ。
(ちょっと眠いけど、起きるたんびにリノが見れたからよかった!)
そして、眠い目をこすりながらティルは登校して行った。しかし、その後の算数の授業中、ティルの眠気は爆発する。
「ラーナーさん?ラーナーさん!」
ティルの脳内に、モニカの声が届く。
「へっ?」
頭を上げたティルの目に、右横にいるモニカと、右斜め前から冷たい視線を注ぐハワードの姿が飛び込んできた。
「わあっ!ご、ごめんなさい!!」
慌てながらティルはキョロキョロする。その先には、心配そうなエリンの視線もあった。モニカは言った。
「夏休み明けで、生活リズムが崩れているようですね?授業中ですよ?」
「ごめんなさい」
弱々しくティルは頭を下げた。モニカはこう指示をした。
「ラーナーさん、黒板に今から問題を書きます。前に出て、解いてみてください」
(あー、居眠りしちゃった。先生からのお仕置きだ)
ティルは、モニカと共に黒板の前へ。モニカは、「9−5+3」という問題を書いた。書き終わると、チョークをティルに渡す。
「はい、答えを書いてください」
(これ、ちゃんと答えた方がいいのかな?それとも、間違った方がいいのかな?)
ティルのチョークを握った手が止まる。
(うー、正しい方を書いちゃえ!)
ティルは、意を決して7と正解を書いた。モニカはわずかに首を傾げた後、こう言った。
「正解です。授業の内容はわかっているようですが、居眠りはよくありませんよ?ラーナーさん?」
「はい、気をつけます」
ティルは、ハワードの鋭い視線を感じつつも、席についた。
(ハワードくん、また私のことなんか言うかも)
そして、休み時間になった。ティルは、エリンの所へ行った。
「エリンちゃん、ごめん!また先生に怒られちゃった!!」
「もう、ティルちゃんったら」
エリンの困惑の顔がティルの目に映る。
「でも、難しい問題解けたね!ティルちゃん、凄い!!」
「ありがとう」
そんな言葉をティルが言った瞬間、後ろからハワードの声が。
「『ありがとう』ではない。昨日のは、気のせいだったようだ。残念だよ、ラーナーさん」
「うー、ごめんなさい」
ハワードは、ティルがすぐに謝った事から、それ以上の追及はせずに、席に戻った。
(はー、やっちゃった)




