29時間目:弟中心
ティルの弟は、産まれた。その夜、ティルはグレゴリオと共にノエルの病室へ行くと、疲労感と喜びを織り混ぜた表情のノエルと、すやすや眠るティルの弟が並んで寝ていた。
「ノエル、よく頑張ったね」
「グレゴリオ、ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう、ノエル」
グレゴリオとノエルの優しい声が病室に響く。そんな中、ティルは静かに自らの弟の所へ行く。
(リノっ。あ、光った)
ティルの弟の成長の為の力が溢れ、光が全身から漏れる。ティルは、弟を穴が開くほど見つめた。ノエルは微笑んで静かに言った。
「ティル、これからお姉ちゃん、よろしくね?」
「うん!!」
ティルは、思わず大きな声で返事をしてしまった。ティルは、慌てて右手で自らの口を押さえる。ノエルも目を丸くしてティルを見つめ、それから自らの息子に視線を移す。そんなノエルの目に映ったのは、穏やかな自らの息子の寝顔だった。
「ごめん」
「大丈夫、寝てるわ」
そんな小声のやり取りの中、ノエルは微笑み、ティルは少し縮こまる。そんな母娘の傍らでグレゴリオも産まれたばかりの自らの息子に目を細め、こう呟いた。
「ノエル、ありがとう。凄くかわいい息子だよ。ティル、よかったね?弟で」
ティルは、グレゴリオを柔らかい視線で見上げ、ささやかな声で答えた。
「うん、弟、好き」
(まだリノって呼べないのが、なんだかモヤモヤするけど、もう好きって言っていいよね?リノ!)
それから数日後。ノエルはティルの弟と退院した。
「今日から4人ね」
グレゴリオとティルは、笑顔をノエルに返した。自然とティルの弟の名前を決める話し合いになった。ティルは、グレゴリオとノエルが話し込むのを脇で見守った。
(もうすぐリノって呼べる!)
やがて、グレゴリオとノエルが自動筆記で書いた沢山の名前の案が書かれた紙が、ティルの目の前に差し出された。そこには、他の沢山の候補と共に、「リノ」と書いてあった。
「これがいい!リノ!!」
ティルの指は、迷うことなく「リノ」を指差した。そして、一目散に弟の元へ行った。それを見守りながら、グレゴリオが言った。
「リノに決まりだね」
ノエルは微笑んだ。そうして、ティル、グレゴリオ、ノエルは声を揃え、「リノ」と呼んだ。リノは、小さな寝床の上で、返事代わりと言わんばかりのひときわ強い光を放った。
それからというものの、生活はリノ中心になっていく。まだ体が万全ではないノエルと、そんなノエルを気遣うティルとグレゴリオは、それぞれの全力をリノの為に注いだ。
夏休みは、過ぎ去ろうとしていたが、ある日の朝、グレゴリオは言った。
「ティル、よくリノの面倒見てくれたから、今日1日は、遊んで来なさい。僕にリノとノエルの事は任せて。僕も仕事休みだからさ」
ティルは、グレゴリオとリノを交互に見る。
(リノと離れたくない。けど、ちょっとだけ遊びたい。エリンちゃんとあれから会ってないし)
ノエルも言った。
「急に言われても、決められないわよね?でも、グレゴリオの言葉に甘えていいわよ」
ティルは、ノエルを見上げ、思案顔になる。
「うー、じゃあ、エリンちゃんの所に遊びに行ってくる!」
グレゴリオもノエルも微笑み、後程ティルを送り出してくれた。
「いってきます!」
それから、ティルは動く歩道に乗り、力を増し始めて来た日差しに照らされながらエリンの家を目指す。しかし、途中で自宅の方角を振り返る。
(うー、エリンちゃんと遊びたいけど、リノと離れたら、なんかさびしい)
多少湿り気のある風に頬を撫でられつつ、ティルはエリンの家の方角に向き直った。
(もしかして、これ、わがままな悩みかも)
間もなく、ティルはエリンの家に辿り着く。
「エリンちゃん」
「ティルちゃん!」
「あーそーぼ!!」
「うん!!」
エマヌエーラもティルを迎えてくれた。
「ティルちゃん、いらっしゃい!」
その声に、多少被せるようにエリンは言った。
「ティルちゃん、何して遊ぶ?」
「絵本読もう?家から持ってきたんだ!」
ティルが荷物から取り出した絵本にエリンが食いついた。
「『王子様シリーズ』だ!」
「読む?」
エリンは頷いた後、こう言った。
「これ、家にないから読みたかったんだ!代わりにティルちゃん、家にある絵本読んでいいよ?」
「ありがとう!」
そして、ティルが選んだのは、エリンと同じ「王子様シリーズ」の絵本であった。
黙々と絵本を読み始めるティルとエリン。その顔は、次第に上気する。そして、エリンがため息混じりに呟いた。
「レオ王子、好き」
「そう?私は、ジュリアン王子!」
ティルとエリンの目はとけるような物であった。その目は、再び絵本に落とされる。「王子様シリーズ」とは、主人公の王子様が、将来の妃となるお姫様を探し、魔法をふんだんに使いながら冒険をする物語である。今度は、ティルがため息をついた。
「うー、シャルロット姫になりたいっ」
「ねー!私は、メアリー姫になりたいよ」
そして、眉目秀麗な王子様と、容姿端麗なお姫様が無事に成婚したのを見届け、ティルとエリンは絵本を閉じた。その目は、夢見心地であった。エマヌエーラがその様子を見ながら、ニコッとする。
「ティルちゃんと、エリンの王子様は、どこにいるのかな?」
(いるのかな?私に。って言うか、いてもイテラリピティがあったらいつまでも会えないじゃん)
エリンは、頬を赤く染め、こう言った。
「早く会いたいなぁ、私の王子様。ね?ティルちゃん!」
「う、うん!私の王子様も、どこにいるんだろう?」
(イテラリピティがなかったら、今頃会えてたのかなぁ?)
エマヌエーラは微笑み、別棟のパン屋の方に向かって行く。しばらくすると、大きな紙袋を持って戻って来た。
「そうそう、ティルちゃん、赤ちゃん産まれたんだよね?」
「うん!リノっていうの!弟!!」
「これ、お祝いのサンドイッチよ。持って行って?お母さんに食べさせてあげてね?勿論、ティルちゃんとお父さんの分もあるからね」
「ありがとう!!」
そうして、ティルはエリンの家から帰る事に。紙袋をしっかり持ちつつ、こう言った。
「またね!エリンちゃん!!」
そう言われたエリンは、ティルではなくエマヌエーラの方を見上げた。
「ねぇ、お母さん、ティルちゃんについて行っていい?」
「エリン、もうティルちゃんとは十分遊んだでしょ?」
「赤ちゃん、見たい」
「ご迷惑よ」
ティルは、ニコッとした。
「行こ!私もエリンちゃんにリノを見せたい!!」
そう言ったティルに、「いいの?」というエリンの声と、「駄目よ」というエマヌエーラの声が同時に返る。ティルは、更に言葉を続けた。
「大丈夫!」
エマヌエーラは、心底心配そうに言った。
「いいの?ティルちゃん」
「うん!」
その返答を受け、エマヌエーラは観念したように言った。
「なら、お言葉に甘えようかな?」
そして、エマヌエーラはエリンに向き合う。
「エリン?ちょっと見たら帰って来るのよ?」
「うん!」
ティルは、それを聞き届けると、エリンの手を取った。
「じゃ!リノの所に行こう!!」
「うん!!」
エマヌエーラに見送られながら歩き出したティルとエリンは、動く歩道を経て、ティルの家に着いた。
「ただいま!」
グレゴリオが迎えてくれた。
「おかえり、ティル。と、エリンちゃん!」
ティルは頷く。エリンはその横でこう言った。
「遊びに来たの。リノくん、見たい」
「いいよね?お父さん?」
「勿論だよ。おいで」
グレゴリオに招かれ、エリンはリノの元へ。ティルは、紙袋を持ちながら2人について行く。その先でリノは、ノエルに抱っこされていた。
「あら、エリンちゃん」
「かっ!かわいい!!」
「でしょ!!リノかわいいでしょ!!」
ちょうど授乳が終わった時だったようだ。ノエルは、リノの背中をポンポンと優しく叩く。すると、リノは「ケフッ」と音を立てた。すると、リノは光り、それを見たエリンは声を上げる。
「光った!」
ティル、グレゴリオ、ノエルはそれぞれ柔らかく笑う。そんな中、ティルは紙袋をノエルに見せた。
「これ、エリンちゃんのお母さんから。お祝いのサンドイッチだって」
ノエルは、紙袋とエリンを交互に見ながら言った。
「エリンちゃん、ありがとうね。お母さんにも私が『ありがとう』って言ってた事、伝えてね?」
「うん!」
やがて、リノは寝床へ。それをエリンは追いかける。ティルもエリンについて行く。ノエルに寝かされたリノは、エリンを興味深そうに見つめた。
「リノくん、かわいい!」
ティルは、一度頷いた後、こう言った。
「リノ?私の友達、エリンちゃんだよ!」
リノは、わずかに口角を上げ、ティルとエリンを交互に見た後、目を閉じた。
「あ、リノ寝た」
「寝顔もかわいいね!」
(そうだよ!リノがかわいくない時間なんて1秒もないんだから!!)
その後、エリンはエマヌエーラとの約束通り、わずかな滞在時間を過ごした後、帰宅した。
「今度こそ、またね?エリンちゃん!」
「うん!ティルちゃん、また、遊ぼ!!」
(なんだか、エリンちゃんとも、リノとも今日1日遊べた!いい日だったなぁ)




