28時間目:勉強漬けと再会
ティルの夏休みも2日目。ノエルは、慌てていた。
「ティル?あのね?グレゴリオは、将来の為に勉強しなさいって言ったけど、ムキになってやらなくてもいいのよ?」
ノエルの言葉の横で、ティルは前日に引き続き、ひたすら問題集に向き合っていた。
「大丈夫だよ。お母さん」
ノエルは、ティルの頭を撫でた。
「私も、グレゴリオの言葉は、正しいとは思うけど、ティルにはきつかったようね?グレゴリオの代わりに謝るから、無理しないで?体壊しちゃうわ」
「大丈夫だよ。お母さん」
(だって、前もやったけど平気だったし。って言うか、すねてるように見えちゃうんだ。困ったなぁ)
ティルは、一旦問題集から離れた。
「でも、ちょっと休む!お母さん、お菓子食べたい!!」
ノエルは、ほっとした様子で、台所へ。そして、飲み物と共に山のようなお菓子を持ち、ティルの所へ戻って来た。
「わー!美味しそう!!」
そして、ティルはお菓子を頬張った。
「んー!美味しい!この焼き菓子!!」
そのティルの言葉に、ようやくノエルの笑顔が戻った。そんな顔をティルは見つめ言った。
「宿題、あとは明日にする」
「そうして?」
(お母さんに辛い思いさせちゃ駄目だよね)
「うん!!」
努めて明るく返事をするティル。ニッと笑うその視線は、だんだんやり残した問題集へ。
(毎回同じ問題だから、毎回同じ答えを書かなきゃいけない。本当に面倒。どこかのイテラリピティでやった問題集、取ってこれないかな?)
その夜、グレゴリオは少し遅めに帰宅した。その手には、紙袋が。
「おかえりなさい!お父さん!!」
「ティル、これ、仕事帰りに買ってきたんだ」
「何?何?」
紙袋を開けると、6歳向けの市販の問題集が何冊か入っていた。
(わぁ!なんだか楽しそう!!)
変わり映えしない学校からの問題集より、それはティルにとって魅力的だった。キラキラし始めるティルの目を見て、グレゴリオは言った。
「夏休み中、これを予習復習に使って勉強の遅れを取り戻して欲しい」
「うん!ありがとう!!」
そんな光景に、ノエルは慌て、グレゴリオに耳打ちした。
「ティル、ムキになって、夏休みの宿題やり続けてるのよ。そんな問題集やらせたら、無理しちゃうわ」
グレゴリオは、ノエルに視線を合わせる。
「そうだったのかい」
そして、ティルに向き合う。
「これは、夏休みの宿題をティルのペースでやった後でいいからね?」
「うん!」
ティルは、グレゴリオからの問題集を胸に抱きしめた。
その夜、ティルは翌日やる予定だった学校からの問題集を開いた。まだ開いていないグレゴリオからの問題集をチラチラ見ながらそれを最後まで終わらせた。そして、寝床に入る。
(どんな問題集なんだろう?楽しみ!)
翌日。グレゴリオが出勤した後、初めてグレゴリオからの問題集を開く。
(わー!見たことない問題!!)
ひとつ、ひとつ問題を解き始める。しかし、未知が故、ところどころ間違う。
(久しぶりに間違ってる!わー!お父さん、楽しいよ!!)
「うー、解けない」
そんな呟きを漏らすティル。ノエルが家事の合間に見に来てくれた。
「どれ?」
「これ!」
ノエルは、自分なりの言葉で、やり方を教える。
「こうやるんだ。ありがとう!お母さん!!」
「解けてよかったわね?でも、無理は駄目よ?」
「うん!」
ティルは、問題集をほどほどにやり、昼食の時間を迎えた。食事中、ティルはこんな声を上げた。
「そうだ!エリンちゃんと夏休み遊ぶ約束したんだ!!」
「あら、そうなの?」
「ね!遊びに行っていい?」
「そうね。勉強ばっかりだったものね。気晴らしにいってらっしゃい。でも、エリンちゃん、お家にいるかしら?」
「いると思うけど」
「お昼終わったら連絡して訊いてみるわ」
「お願い!」
そして、昼食後、ノエルはこう唱えた。
「ティエ、エレエ、エッフェオ、エンネア、エーレエ。エマヌエーラ・フレンツェルさんへ」
少しの沈黙の後、ノエルは再び話し始める。
「フレンツェルさん、今ご自宅にエリンちゃんいますか?」
ノエルは、何度か首を縦に振る。
「ティルが遊びたいって言ってるんですけど、伺っていいですか?」
再び少し沈黙するノエル。その後、こう言った。
「それじゃ、今からティルをそちらに行かせます。よろしくお願いします」
それから、間髪入れずノエルはティルに向き合った。
「エリンちゃん、お家にいるって。いってらっしゃい。ご迷惑にならないようにね?」
「うん!」
それを受け、ティルは表に繰り出した。その手には、グレゴリオからの問題集があった。動く歩道を使いながらエリンの家へ行くティルの顔を、燦々と太陽が照らしていた。やがて、エリンの家に辿り着く。すると、表でエリンが待っていた。
「ティルちゃん!」
「エリンちゃん!」
お互い手を振る。しかし、エリンの目は、ティルの問題集に釘付けになった。
「何それ?」
「お父さんに買ってもらったんだ!とっても楽しくて、持ってきちゃった!!」
「変なの!でも、私、宿題あんまりやってなかった。ティルちゃんと一緒なら出来そう!」
「うん!宿題やろう!!」
それから、ティルはエリンとの勉強会を楽しんだ。
「って言うか、ティルちゃん、学校の宿題は?」
「一学期の成績、お父さんに怒られたから、頑張って終わらせちゃった」
(って事にしよう)
「ティルちゃん、凄い!!」
それから、定期的にティルの家かエリンの家で勉強会をやり、ティルはグレゴリオからの問題集、エリンは学校からの問題集をやり進めていった。そんな頑張りにティルとエリンの両親も加わり、勉強会は、親が子に授業をする家庭内塾のような様相を呈した。
そんな8月のある日。グレゴリオとノエルがティルとエリンの勉強を見ている時だった。
(あ、あれ。お母さん、苦しそう)
ティルの耳に、ノエルの荒い息の音が届いた。
「お母さん?」
「ノエル?」
ティルとグレゴリオの声がほぼ同時にノエルにかけられた。
「ご、こめん。グレゴリオ、ティル。それに、エリンちゃん。私、病院に行かなきゃ」
エリンは、戸惑った。
「え?」
ティルは、それに返す。
「エリンちゃん、もしかしたら、私の弟産まれるかも!」
「ええっ!!どうしよう?」
グレゴリオは軽く頭を下げ、こう言った。
「ごめんね。エリンちゃん、1人で帰れる?」
「だ、駄目よ、グレゴリオ。エリンちゃんを送ってきて。私は、その後でいいから」
「ノエル。わかった」
急遽、エリンはグレゴリオの瞬間移動で帰宅する事に。
「ごめんね?エリンちゃん!」
「ううん!いいの!ティルちゃん!」
そう言って、ティルとエリンは別れた。残されたティルは、ノエルに寄り添った。
「お母さん、痛い?」
「少し、落ち着いたわ」
ノエルの額には、痛みから来る汗が滲んでいるようだった。
(リノともうすぐ会えるのはいいけど、何回お母さんが痛がるの見ればいいんだろう?)
ティルは、後ろから小さな手でノエルの背中を撫で続ける。
「ありがとう、ティル」
「う」
ティルの目は潤んでいた。間もなく帰宅したグレゴリオの働きによって、ノエルは産科医院に運ばれた。残されたグレゴリオは、ティルの涙に気づく。
「ティル、きっとお母さんとティルが言う弟は大丈夫。泣かないで」
「お父さんっ。お母さんっ!!」
ティルは、グレゴリオにしがみつき泣いた。
(お母さん、辛そうだったよぉ!!)
やがて、ティルは自分の気持ちを抑える事に成功。グレゴリオは、それを認めると、こう言った。
「ノエルと、赤ちゃん、いや、ティルの『弟』を応援しに行こうね?」
「うん!」
ティルとグレゴリオが産科医院に到着すると、今しがたノエルは分娩室へと運ばれたとの事だった。
「頑張って!お母さん!!」
ティルは、分娩室の前に着くと、グレゴリオの隣で叫ぶように言った。
(リノも頑張って!!)
グレゴリオは、ティルの頭を撫でつつ、懐から首輪を出す。
「ああ、母さん、ノエルを、僕達の子を守って!」
祈りの沈黙は、しばらく続いたが、それを元気な産声が破った。
「産まれたか!」
「うん!産まれたね!!」
(リノ!!)
グレゴリオは、ティルを抱き上げてくれた。そうして、喜びを交換し合った。




