107時間目:ひとつの時間
ティルは暗闇の中に投げ出され、浮遊する。
「暗い」
そうティルが短く言った直後、眼下に細い光の線が現れる。それは、伸びていき、分岐した。
「こ、これ、時間の光?」
その問いに答える者はいない。そんな中でも分岐した光の片方は、一定の強さの光で伸びて行く。もう片方は、強い光を放ちながら伸びて行く。
「追いかけよう」
ティルは、ふわふわと光の行く方向に移動して行った。しばらくすると、一定の強さで光る光の線がそれ以上伸びなくなった。
「こっち、学園長先生が守りたかった時間だ。って言う事は?」
もう片方の光は、分岐したばかりと比べて弱い光の線となっていた。
「消えちゃう!でも、分かれたばっかりの時は、とっても元気だった」
ティルは、ふたつの光の線を遠くから見下ろし、優しく撫でるようになぞった。
「止まっちゃった時間に、元気をあげて!私の時間!!」
すると、光が分岐した所から第三の光の線が生えてくる。そこに今まであったふたつの光の線が吸収されていった。そして、1本の一定の光を放つ新たな光の線となった。それは、どこまでもどこまでも伸び続けているように見えた。
「新しい時間、出来た」
そう言ったティルは、光の線に吸い込まれるように落ちて行った。
「わぁっ!」
思わず目をきつく閉じるティル。どこかに軟着陸した感覚におそるおそる目を開けると、目の前には、24歳で絶命した自らの姿があった。イヴァンとの特別授業で見た物と全く同じ荒野の光景ではあったが、肌を刺すような風がティルの頬を撫でていく。
「映像じゃない?」
ティルの視線の先には、24歳のティルから目が離せないグレゴリオ、ノエル、リノの3人がいた。やはり、その3人はティルの死に泣き叫んでいた。
「お父さん、お母さん、リノ、泣かないで」
グレゴリオ、ノエル、リノは一斉に7歳のティルを見た。グレゴリオは目を丸くし、叫んだ。
「ティルが、もう1人?」
ノエルは声が震えた。
「ちっちゃい頃の、ティル」
リノは目を丸くした。
「姉ちゃんの、ちっちゃい頃?」
ティルは笑顔で言った。
「そうだよ、お父さん、お母さん、リノ」
ティルは、ノエルの腕の中のティルにゆっくり近づく。その一挙手一投足をグレゴリオ、ノエル、リノは見つめた。そうして、ティルがティルの所に辿り着くと、ティルは言った。
「今、力をあげるね?私」
7歳のティルは、24歳のティルの両手を両手で握った。
「冷たい、私の手」
すると、7歳のティルは、光に包まれ、24歳のティルに溶け込んでいった。そして、24歳となったティルはゆっくり目を開けた。
「お父さん、お母さん、リノ、心配かけてごめんね」
(私の声、大人になった)
ティルを抱き締めるノエルの腕の力が増す。
「ああっ、ティルよかったわ!」
「ティル!なんて奇跡だ!!」
「姉ちゃん!姉ちゃん!!」
グレゴリオ、ノエル、リノは再び泣きだした。ティルも、いつの間にか落涙した。
「もう、私は、大丈夫だよ。お父さん、お母さん、リノ」
(よかった。時間を混ぜる事が出来て)
自らの感情と、もらい泣きの二重の涙を流すティルの頭の中に、知らない記憶が流れ込んで来た。それは、ティルがノヴァ・テンポーレになる前のエスパランタ1535年4月から1536年3月の記憶と、元の時間で24歳になるまでの記憶であった。
(学園長先生が言ってたあれが心配だったけど、やっぱり来た!!)
そして、しばらくの時間、感動の渦にいたグレゴリオとノエルが頭を抱え始めた。
「なんだい?この記憶!何度もティルの入学式に?」
「私、リノを何回も?」
一方、リノは平気な様子だった。
「僕が何?母さん?それに、どうしたの?父さん」
ティルは、リノを見て言った。
「リノは、あの時赤ちゃんだったから、混ざっちゃう記憶がないんだね」
「何それ?姉ちゃん」
ティルは、ノエルの腕の中から出て、立ち上がる。
(あ、高い。大人って、こんなに高い所から、いつもいろんな物を見てたんだ)
急に大きくなった体をなんとかうまく使いながら、ティルは、両親と弟に語りかけた。
「世界を守りたいと思った優しくて強い人が何度も同じ年を繰り返していたの。私が7歳になる年で、リノが産まれる年をね。それで、私がいたから、時間はふたつになっちゃって、今ね、やっとひとつに混ぜる事が出来たんだ」
ティルは苦笑いする。
「話が長くなっちゃうから、あんまり詳しくは話せないけど。それに、説明下手でごめんね」
(なんか、難しい言葉も、使える。知ってる。大人の知識ってやっぱり凄い)
グレゴリオは未だ流れ込んで来た記憶に戸惑いながらもこう尋ねた。
「ティル、時間が繰り返していた事、知っていたのかい?」
「そうだよ、お父さん」
ノエルは言った。
「どうして?どうして言ってくれなかったの?」
「1回言ったけど、信じてくれなくて。そのうちに、皆の新鮮な気持ちを邪魔したくないって思うようになって、私、7歳をずっとずっと、頑張ってた」
グレゴリオとノエルは、同時に頭を下げた。
「わかってやれなくて、ごめんな?ティル」
「信じなかった事、ごめん。ティル」
ティルは微笑んだ。
「お父さん、お母さん、気にしないで。私も、隠し事みたいな事をしてたから、同じだよ。ごめんね。それに、お父さんとお母さんはいつだって私を大切にしてくれた。だから、大好きだよ!お父さん、お母さん!!」
ティルの視線は、リノへ。
「そして、リノもね!!」
「姉ちゃん」
ラーナー家の親子が話し込んでいるうちに、周囲から混乱の声が聞こえてくる。
(知らない人達の声。あの人達にも、苦しい記憶が流れ込んでるみたい)
「大好きだから、今、沢山の記憶に苦しんでるお父さんとお母さんを助けたい。だから、今からエスパランタ1535年4月に戻って、また親子をしよう?リノとは、しばらくおしゃべり出来なくなるけど、絶対またおしゃべりしよう!」
グレゴリオとノエルは問う。
「出来るのかい?」
「ティル、どうするの?」
ティルは答えた。
「私は、時間の管理者、テンポーレになったの!だから出来るよ!!」
「姉ちゃん、なんか知らないけど、凄い」
「リノ、ありがとう」
(きっと、エリンちゃんも、ハワードくんも、ラインハルトくんも、フェリシアちゃんも、オリーン先生も、その他の人達も、混ざった記憶で苦しんでる。早く楽にしてあげなきゃ)
「お父さん、お母さん、リノ、また会おうね。エスパランタ1535年4月に」
「わかったよ。ティル」
「ティル、わかったわ」
「うん、姉ちゃん」
ティルは、グレゴリオ、ノエル、リノから離れ、手を振りながら唱えた。
「ティエエンメ、ピオ。チイ、チエレオ。エスパランタ1535年4月1日へ!!」
カチカチと時を刻む音が、目の前が真っ暗になったティルの頭の中で鳴り響く。そして、光の線が再び見えた。
(光の線。もしかしたら、学園長先生は、何度も何度もこの光を見たのかもしれない)
ティルは、時を刻む音を聞きながら、過去方面に光の線を辿る。進むにつれ、体がどんどん子供に戻っていった。
(せっかく大人になったけど、子供になっていってる。でも、なんか、やっぱりちょっとずつ大人になっていきたいよ)
そして、ティルは、光の線のとある箇所に吸い込まれていった。同時に聞こえたのは、無機質で性別も判定出来ないようなゆっくりしたこの声であった。
「イテラリピティ」
(うまく、エスパランタ1535年4月1日に行けたかな?)
ティルの意識は途切れた。
燦々と春の朝日が降り注ぐ中、ティルは目を覚ます。ティルはしっかり見開いた目で、暦に目を移す。そうして目に入ったのは、エスパランタ1535年4月の暦であった。
「よかった。皆を助けることが出来たみたい」




