104時間目:会いに行きたい
6月。ティルは、ある日の放課後、学園長室にいた。
「おとといの運動会は、盛況だったな、ノヴァ・テンポーレ」
「せいきょう?わかんないです」
「ああ、盛り上がったという事だ」
「そうですか。学園長先生って、難しい言葉、いっぱい言いますね」
「すまない、私の癖だ」
「でも、大人の言葉の勉強になります」
「そうか」
それからしばらく笑い合った後、ティルは話を続けた。
「学園長先生、私、やりたい事が出来たんです」
「何だ?」
「あの、エルドレッドさんに会いに行きたいです」
イヴァンは立ち上がる。
「あの危険な男に、会いに行くというのか?駄目だ!」
「ちょっとしか見てませんでしたけど、こわい人だっていう事はわかってます。だけど、会いに行きたいです」
「何故!」
「エルドレッドさん言ってた。1人が嫌だったから世界を壊したくなったって。私が会いに行ったら、1人じゃなくなる。だから、会いに行きたいです」
イヴァンは、目を瞑る。
「確かに。そうすれば、エルドレッド・ペルシュマンの破壊衝動は、和らぐかもしれない。しかし」
開けられたイヴァンの目が、心配そうにティルに向けられる。
「エルドレッド・ペルシュマンは強過ぎる抗削魔法を持っているとあの男自身が言っていた。それが本当で、その力を振りかざされたら、君はただでは済まない。やはり、駄目だ」
「駄目ですか?」
「ああ、駄目だ。考え直せ」
「でも、今すぐには会えないでしょ?エルドレッドさんは、未来の人みたいだから」
イヴァンは、動きを止めた。ティルは、話を続ける。
「ここで、メビラ学園で、沢山魔法とかを勉強して、大きくなったら会うんです。それでも、駄目なんですか?」
「なるほど。そういうことならば、君をエルドレッド・ペルシュマンの元へと送り出せるかもしれないが、問題は、この分岐した新たな時間の先にいるかどうかだ」
「あっ」
「この新たな時間は、ノヴァ・テンポーレが作った時間軸。この先の未来、エルドレッド・ペルシュマンは普通に産まれ、世界を壊そうとしないかもしれない。だから、あえて君が危険な真似をする事もない」
「そうなんですか」
ティルはうなだれた。
「学園長先生のイテラリピティは、凄く、凄く、嫌な物だったけど、ありがとうって思ってる事、前、言いましたよね?」
「その感謝の気持ちはありがたいが、今の話とは関係ない話だ」
「関係ないかもしれません。けど、いっぱい、いっぱい、イテラリピティをして、世界を守ろうって頑張った学園長先生が守りたかった時間も、助けたくなったんです」
ティルは顔を上げる。その視線の先でイヴァンは、再び目を瞑っていた。
「学園長先生?」
「そこまで、考えてくれたのか。しかし、私は、元々君を排除、いや、邪魔者扱いしていた。そんな私に寄り添う事はない」
「そうでしたね。でも、今は?今は、お友達になってくれたじゃないですか」
「と、友に」
「だから、何かしたいって思っただけです」
「そうか。そういう事ならば、気持ちだけもらおう」
イヴァンは、立ちっぱなしのティルに歩み寄る。そして、しゃがみながらこう言った。
「ノヴァ・テンポーレ、今日はいい話を聞かせてもらった。感謝する。話はここまでにしよう。あまり遅くなると、親御さんが心配するだろう」
「お父さんとお母さんにはお友達と遊んでくるって言って来たから、大丈夫だけど、そうですね、そろそろ帰ります」
「気をつけて下校するようにな」
「はい。学園長先生、さようなら」
「さようなら、ノヴァ・テンポーレ」
ティルは、下校して行った。
「エルドレッドさんに会うの、駄目かぁ」
その後の時間は、転がるように過ぎて行った。夏休みに入り、リノが産まれ、二学期が始まる。始業式の日の放課後、ティルはモニカに声をかけられた。
「あの、ラーナーさん?」
「はい」
「学園長が、何かお話があるそうなんです。明日の放課後、学園長室に行けますか?」
「大丈夫です」
「では、学園長に伝えておきますね」
翌朝。登校するティルにノエルがこう言った。
「今日は遅くなるのね?気をつけてね?」
「うん!いってきます!!」
ティルは、ノエルとノエルに抱っこされているリノに手を振りながら登校して行った。
「おはよう!」
教室に入ると、ティルは元気に挨拶をした。それから、ティルは二学期初日の授業を受け、放課後を迎える。ティルは教室を出て、学園長室へと向かった。
(学園長先生、何だろう?)
辿り着いた学園長室へ入ると、イヴァンは窓の外を見ていた。
「学園長先生」
イヴァンはティルを振り返る。
「ノヴァ・テンポーレ、来てくれて感謝する」
「今日は、何の話ですか?」
すると、イヴァンはティルを応接スペースに座らせ、自らも対面するように座った。
「6月の話を覚えているか?」
「はい」
「今も、エルドレッド・ペルシュマンと会いたい気持ちはあるか?」
「あります」
「そうか。なら、やれる方法を考えた」
「本当ですか?」
そのティルの返答を聞きながら、イヴァンは魔法で大きな紙と4色のペンを出した。そして、更に唱える。
「エッセチエーレイ、ヴエ、エーレエ」
すると、紙に黒の一本線から枝分かれする赤と青の線が描かれた。更に赤の線の先に、緑色のバツ印と棒人形が描かれる。イヴァンは、赤と青の線が分かれる辺りを指差しながら言った。
「ここが、いつかのエスパランタ1535年だ」
「はい」
イヴァンの指は、赤の線をなぞるように移動し、バツ印を越えて棒人形で止まる。
「私達が元々いた時間の先で、エルドレッド・ペルシュマンは産まれ、孤独で絶望し、世界を壊した」
頷くティルの様子を見ながら、イヴァンの指は青い線へと移る。
「そして、こちらが私達が今いる、ノヴァ・テンポーレが作った時間だ。この時間は、生まれたばかりで力はあるが、大きな不安材料がある」
「何ですか?」
「世界がノヴァ・テンポーレを何かの理由で失う事があった際に、時間が自然に消えてしまう心配が最近出て来たのだ」
「えっ、それって」
「世界は結局壊れるという事だ」
「わ、私が、天国に行ったら、皆も一緒に連れて行っちゃう?」
ティルは、足元がぐらつく感覚を覚えた。そんな中、イヴァンは話を続ける。
「それをしない為には、やはり永久にイテラリピティを続けなければならないが、苦しんだノヴァ・テンポーレをもうイテラリピティの地獄に落としたくもない」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
ティルの震える目が、イヴァンを見る。イヴァンは言った。
「ひとつだけ、解決する方法がある。私が守りたかった時間と、ノヴァ・テンポーレが作った時間を統合し、新たな時間を作るんだ。きっと、強い時間が作れる筈だ」
「とうごう?」
「混ぜてしまうという事だ」
「時間を混ぜる?」
イヴァンは、力強く頷く。そして、再び緑色の棒人形を差す。
「そうすれば、君は、エルドレッド・ペルシュマンと会える。そして、君にこの話をしたのは、君がこの時間の代表だからだ。私が守りたかった時間と混ぜてしまう事への許しを得たかったんだ」
「そう、そうですか」
(なんだか、とっても重い。けれど、きっとこれしか道はないんだ)
「わかりました。私の時間を、新しい時間にあげます」
「よく言った。ノヴァ・テンポーレ。しかしだな、もうひとつ、許してもらわなければならない事がある」
「なんですか?」
「時間を混ぜた後、一度だけイテラリピティを起こすという事だ」
「な、なんでですか?」
イヴァンの指は、赤と青の線を何度も撫でる。
「私の心配の範囲で収まればいいが、時間を混ぜた副作用的な事として、私とノヴァ・テンポーレ以外の全ての人々に、20回行ったイテラリピティの記憶が一気に襲って来てしまうかもしれないと考えているんだよ」
「それ、辛いです」
「だから、その記憶を消してやる為に、新しい時間を、エスパランタ1535年4月1日から始めたい」
「わ、わかりました。最後のイテラリピティなら、我慢します」
「何から何まで、感謝する。ノヴァ・テンポーレ」
イヴァンは頭を下げた。ティルも思わず頭を下げた。
「私も、ありがとうございます。エルドレッドさんに会いたいっていう私のわがままを叶えてくれて」
「いいや、礼には及ばない。この作戦は、この年度中に行う。その時は、声をかける。立ち会ってくれ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」




