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10時間目:夏休みに家族が増えた

夏休み初日が来た。ティルは、朝早くに起きて夏休みの宿題にとりかかる。


「うー、もー、やだー」


 ティルの唸るような声が、朝食の準備をするノエルに届く。そんなノエルの前でティルは問題集を解いていく。


「頑張って。ティル」

「うん」


 ティルとノエルが短いやり取りをしていると、グレゴリオが起きてきた。


「お!ティル、宿題、早速やってるんだ。偉いよ」

「うん」


 ティルの手は止まらない。分厚い問題集に次々と答えを書いていく。やがて、朝食が配膳されるが、ティルはそっちのけで問題集にかじりつく。グレゴリオは出勤前の朝食を普通にとり始めるが、ティルは、出されたパンを口に頬張りながら問題集に向き合う。グレゴリオは、そんなティルを見つめ言った。


「食べる時は、食べる。勉強する時は、勉強する。どっちかにしなさい、ティル。成績はよかったみたいだけど、行儀が悪いのは駄目だよ」

「えー?後だとめんどくさくなるー」

「ティル」


 グレゴリオのまっすぐな視線に、ティルは降伏した。


「うー、ごめんなさい。お父さん」


 そう言うと、ティルは問題集を一旦閉じ、食べかけのパンに集中する。


「よし、それでいい」


 そんな様子を見たノエルがティルに声をかける。


「美味しい?」

「うん!」

「よかった」


 そして、朝食が終わり、グレゴリオは出勤して行った。ティルは、やりかけの問題集に再びとりかかろうとしたが、その手を止めた。


「片付け、私がやるよ」

「ティル、宿題は?」

「後にする」


 ティルはノエルの一際大きくなったお腹に顔を短く擦りつけ、こう言った。


「弟、もうすぐだよね?」

「そうね。気を使わせてごめんね?ティル」

「いいの!」


 ノエルは朝食の後片付けをし始めたティルを見ながらお腹を撫で呟いた。


「ティルは、いいお姉ちゃんね?」


 朝食に使った皿達は、ティルによって綺麗にされた。それを見届けると、ノエルは言った。


「棚に入れるのは、危ないから私がやるわ、ティル。今度こそ、宿題やっていいわよ」

「うん!わかった!!」


 そして、ティルは、問題集に今度こそ集中した。その後、食事の時間を除き、ひたすら手を止める事なく問題集に答えを書き入れていったティルは夜、叫ぶように言った。


「うー、今日は、もう限界!」


 ティルの集中力はあと少しの所で切れた。


「1日で、こんなにやったの?ティル?」

「うん」

「凄いけど、疲れたでしょ?」

「うー、疲れたよー、お母さん」

「無理しないでよかったのに」

「だって、後でやるの、めんどくさいもん」


 ノエルは、心配そうな目でティルを見ながら言った。


「今朝も、面倒って言ってたわね?気持ちはわかる気がするけど、疲れて体壊したら折角の夏休み、つまらなくなっちゃうわよ?」

「そうだね。うん、わかった!後は、明日ゆっくりやる!!」

「そうね。頑張って!」

「うん!」


 そして、翌日の夜。ティルは明るい声を家に響かせた。


「おーわった!!」


 帰宅したばかりのグレゴリオがそれに返した。


「2日で?早いなぁ。大変だったろう?」

「うん。でも、大丈夫!」

「そうか。ちゃんと宿題やって偉いぞ、ティル」

「ありがとう!お父さん!!」

「ティルは、これから、遊び放題だね?」


 ティルは、グレゴリオの問いに、何度か首を傾げ答えた。


「何しよ?」

「うーん、僕の仕事が休みの日は、どこかに遊びに連れてってあげるよ。一学期の勉強と夏休みの宿題頑張ったご褒美!」

「うん!弟が産まれる前に連れてって!!」

「そうだね。わかったよ、ティル」

「約束!!」


 ティルとグレゴリオは笑い合った。


 しかし、グレゴリオは、すぐにその約束を果たす事が出来なかった。学校が休みの為、軒並み青少年の非行が横行。それにグレゴリオは対応する為、休み返上で駆り出される日が続いた。


 ある夜、グレゴリオは夜遅くに帰って来る。ティルはもう既に部屋で寝ていた。グレゴリオは、そんなティルの寝顔を見に行き、こう言った。


「ティル、約束守れなくてごめんな?」


 そして、グレゴリオはティルの部屋から出ていった。ティルは目を開け呟いた。


「私は、気にしないよ?お父さん。だって、お仕事だもん」


 7月いっぱいは、そんな生活を送るティルであった。


 8月に入り、半ばを過ぎた頃、ようやくグレゴリオは仕事から解放された。そして、ティルに言った。


「待たせてごめん!遊ぼう!!約束したからね。ティル、好きな所に連れてってやるよ!!どこがいい?」

「うーん」


 ティルの視線は、少し遠くにいるノエルの方へ。そして、こう答えた。


「近くの公園で遊ぶ」

「そこでいいのかい?」

「うん」

「じゃあ、行こうか」

「お父さんの箒に乗って行きたい!」


 そして、ティルとグレゴリオは箒に乗り、間もなく近所の公園に降り立った。


「ね!お父さん!かくれんぼで遊ぼ!!」

「お!僕はどっちをやればいい?」

「私を探して!お父さん!!」

「よーし!わかった!!」


 ティルは、グレゴリオが目を瞑っている間に木陰に隠れる。そして、大声を上げた。


「お父さん!もういいよ!!」

「どこにいるのかな?ティル?」


 グレゴリオは、それから1分もしないうちに、こう言った。


「見つけた!ティル!!」

「あー!見つかっちゃった!!」

「次、何する?」

「んー、帰る!」

「えっ、つまらなかった?僕、早く見つけ過ぎたかな?」


 ティルは首を横に何度も振る。


「帰りたくなったの!」

「そうかい。じゃ、帰ろうか」

「お父さん、瞬間移動!」

「今度は、そっちかい。しっかり捕まるんだよ?ティル!」

「うん!!」


 一瞬にてティルとグレゴリオは帰宅。家の中へと入ると、ノエルが迎えた。


「おかえり。グレゴリオ、ティル」


 そう言った瞬間、ノエルは表情を歪ませながら座り込む。


「ノエル?」

「お母さんっ?」


 ノエルの右手は、震え、お腹に添えられる。


「ん、痛い。ご、ごめん、お医者さん呼んで。多分、産まれるわ」


 グレゴリオは表情を引き締め、こう言った。


「ティル!お母さんをよろしくね!!」

「うん!」


 近所にある産科の医院までグレゴリオは瞬間移動して行った。


「お母さん、大丈夫?」

「ん、大丈夫。ごめんね?ティル」


 ティルはノエルの背中を撫でる。ノエルは気丈に振る舞いたかったが、痛みがそれを阻む。


「お母さん!!」

「ごめん、ごめんね?ティルっ」


 ティルは今にも泣きそうな顔になる。


「お母さん」


 すると、一旦ノエルの痛みは引いた。それと同時に看護師の男性がグレゴリオと共に瞬間移動にて家に到着。看護師は言った。


「大丈夫ですよ、ラーナーさん。行きましょうね」


 ノエルは、看護師の瞬間移動にて医院に運ばれて行った。ティルは、今までノエルがいた所を見つめながら、グレゴリオの左手の小指を自らの右手で握った。グレゴリオは、ティルに声をかける。


「ノエルの所に行く?」

「うん」


 そして、グレゴリオの瞬間移動にてティルは産科の医院に行った。男性看護師によると、ノエルは既に適切な処置を受け始めているとの事だった。また、家族は待機するように指示があった。グレゴリオは待合室の椅子に座りながらティルに声をかけた。


「ここでノエルを応援しようね」

「うん」


 ティルは、未だ椅子に座らずグレゴリオの前に立った。その目は潤んでいた。グレゴリオは、ティルを椅子に座らせ横から抱きしめながら頭を撫でてくれた。ティルはグレゴリオに抱きつく。


「う、お母さん」

「ノエルは、きっと大丈夫。ティル、安心して」


 しばらくすると、ノエルが分娩室へと運ばれたと男性看護師から知らされた。ティルはグレゴリオに抱っこされながら分娩室の前に辿り着く。すると、部屋の中から、産科医の呪文がわずかに聞こえた。


「ピアエーレ、ティオ。無事の出産を導け」


 同時に、ノエルの声もわずかにティルの耳に届いた。


「ああっ、痛いっ!でも、頑張ります!!」


 ティルは、グレゴリオに抱きつく腕の力を強めて言った。


「お母さんっ、頑張って!!」


 その後の夕方。元気な産声がティルの耳に届いた。


「お母さん!!」

「産まれたか!!」


 グレゴリオも声に力を込め言った。1人の女性看護師が分娩室から出てきた。


「おめでとうございます。元気な男の子です」

「ありがとうございます!」

「弟!産まれた!!」

「ティルの言った通りだったね?男の子だった!!」


 夜。ティルはノエルの病室へグレゴリオと共に通された。寝床に横たわるノエルの傍らには、穏やかに眠るティルの弟がいた。


「弟!私の弟!!」


 そのティルの言葉に、ノエルは疲労を隠せなかったが努めて優しく返した。


「ティル、本当に弟だったわね?これから、お姉ちゃん、よろしくね?」

「うん!」


 グレゴリオは、ノエルの右手を両手で包み、こう言った。


「無事に産んでくれて、ありがとう、ノエル」

「グレゴリオっ」


 ノエルは、夫から伝わる温もりに涙を流した。その涙は、グレゴリオに、そして、ティルにも伝染していった。



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