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銀座のパフューマー 香りの記憶  作者: 昼間 ネル
第ニ章 九条失踪 編

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第15話 ボニファシオ海峡の向こう側

運命は、時に残酷なほど速いスピードで私たちを追い越していきます。

ファルコが差し出したアトマイザーから漂うのは、冷徹なまでに澄み切った、死の島・コルシカの予感。

「調香ではない。あれは――呪いだ」

その言葉が胸に刺さります。

ナギが自らを焼き尽くそうとしている白い断崖へ、私は漆黒の翼に乗って飛び立ちました。

五感を失う恐怖よりも、彼がいない世界で生きる空虚の方が、今の私には耐えがたいものだったから。

夜の海を切り裂き、物語はついに、祈りと炎が交差する絶壁の頂へと向かいます

ファルコが差し出したアトマイザーから放たれたのは、先ほどの腐敗臭ではなく、驚くほど澄み切った**「冷たい石の匂い」と「潮の飛沫しぶき」、そして微かな「レモンの花の苦味」**でした。


「彼はこの島を捨てた。今頃は、サルデーニャの北端……ボニファシオ海峡を渡り、フランス領のコルシカ島へ向かっているはずだ。」


「そこには、地中海で最も美しいと言われる断崖の街がある。ナギはそこで、自分の『過去』をすべて焼き尽くすつもりだ。彼を止めるには、船をチャーターして追うしかないが……朝を待てば、もう手遅れだろう。」


「急ぐよ!向日葵くん。コルシカの風に香りが混ざる前に。……それと、これは師匠の一番弟子としての忠告だ。ナギが纏っているのは、もう『調香』ではない。あれは**『呪い』**だ。近づけば、君の心は、二度と元の香りを感じられなくなるかもしれないぞ!」


「いいえ、私は先生を助けに来たので、大丈夫です。」


ファルコが指を鳴らすと、断崖の向こうから眩いサーチライトの光が溢れ出し、一台の漆黒のヘリコプターが舞い上がってきます。


バタッバタッ!轟音が響き渡る。


それは、かつて九条の父の一番弟子として、世界の香料市場を裏で動かしてきた彼の実力を象徴するような、圧倒的な光景でした。


「向日葵くん。コルシカまで、最短距離で送り届けてやる」


ファルコの黒いコートが、ローターの巻き起こす猛烈な風に激しく翻ります。彼はまるで、自らが放った「死の運命」から向日葵が逃げ切れるかどうかを試す、冷徹な観測者のようでもありました。


ヘリはボニファシオ海峡を越え、コルシカ島の最南端へと差し掛かります。月光に照らされた白い石灰岩の絶壁が、まるで巨大な幽霊のように海から突き出していました。


「見て、あそこだ。」


ファルコが指差した先。絶壁の頂、今にも崩れそうな古城の跡に、一本の揺らめく炎。

それはナギが、自身の過去や調香記録を燃やしている合図なのか、あるいは……。


ヘリが古城近くの平地にホバリングを始めます。


「これ以上は近づけない。風が強すぎる。」ファルコはハッチを開け、向日葵を促します。


「九条はあの火の中にいる。向日葵、君が持っている『マキアの枝』と、その折れない心こそが、今夜のナギにとって唯一の解毒剤になるだろう。」


向日葵は、強風に煽られながらもヘリのステップに足をかけました。手にはファルコから託されたアトマイザー、そして心にはナギへの消えない想いが漂っていました。

第15話を最後まで読んで頂きありがとうございます。


今回、向日葵はファルコからの恐ろしい警告を真正面から受け止め、それを自らの意志で撥ね除けました。彼女の「大丈夫です」という言葉は、自分自身への誓いでもあります。

月光に照らされたコルシカの白い絶壁、そしてその頂で燃える不吉な炎。

物理的な距離を超え、ヘリで一気にクライマックスの舞台へと乗り込む展開に、筆を走らせる私自身も鼓動が速まるのを感じました。

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