第12話 イタリアのマキア
師・ナギの足跡を追い、ミラノへ降り立った向日葵。
冷徹な大理石の香りが漂うこの街で、欧州のカリスマ・マルコが「通行料」として突きつけたのは、喪失感に沈む貴婦人を救う香りを作ること。
銀座の温室を出た向日葵の感性は、異国の地で通用するのでしょうか。
向日葵は、静香から受け取った。地図を頼りにミラノまで来ていた。その地図には、サルディーニャ半島がマークされて、向かう道中。
ここは、大聖堂を形作る大理石が湿り気を帯びた時の、少し硬くてひんやりとしたメタリックな香りがする。
その後、サルデーニャ行きのフェリーを待つ間。
向日葵は、立寄る場所があった。
それは、メルカンティ広場、ドゥオーモ近くの
老舗の格式高い調香室、完全会員制の香水サロンに立ち寄っていた。
そこで向日葵を待ち構えていたのは、九条宗近の元弟子であり、現在は欧州香粧界のカリスマと呼ばれる男、マルコ・ベルリーニョ。
静香の計らいで、マルコと会うことが出来た。
向日葵は臆すことなく声をかけた。
「あの〜九条ナギは、こちらに寄りませんでしたか?」
「知らんな?静香の紹介で、会ったのに残念だ。」
残念そうな表情だった。
たが向日葵(……この人嘘付いている臭いがする。)
「貴方、嘘付いてるでしょ!?臭いで分かった!」
「ほう、ナギの居場所を知りたいか? お嬢さん。だが、今の君から漂うのは、銀座の温室で甘やかされた『模倣』の匂いだ」
マルコは冷笑しながら、無造さに、無色透明な硝子瓶を数個並べた。
「この街では、実力のない者に情報は渡さない。
今からこのサロンに、『ミラノの貴婦人』がやってくる。彼女は今、人生で最も残酷な喪失感を抱えている。彼女を満足させる香りを、今ここにある香料だけで即興で作ってみせろ。それが君の通行料だ」
やってきたのは、全身を黒いヴェールで包んだ老婦人。彼女からは、高価な香水の奥に、隠しきれない「深い悲しみと後悔」の震えが感じられた。
向日葵は、ナギから教わった「心の隙間を埋めるピ
ース」という言葉を反芻する。
彼女は、並べられた香料の中から、あえて誰もが避けるような**「苦味のあるアルテミシア(ヨモギ)」と、「湿った土の香りのパチョリ」**を手に取った。
マルコが眉をひそめる。
「葬儀の香りを再現するつもりか?」
「いいえ。……思い出を『過去』にするための香りです」
向日葵は、そこに一滴だけ、ミラノの街角で買ったばかりの**「焼きたてのパネトーネ(菓子)の香気」**を隠し味として加えた。
するとパネトーネからイタリアの朝を象徴する、バターとドライフルーツの甘く香ばしい香りが、石造りの冷たいサロンの中に「魔法のように広がった」
その香りを嗅いだ瞬間、老婦人の肩の力がふっと抜けた。
絶望の淵にいた彼女の脳裏に浮かんだのは、亡き夫と過ごした幸福な朝の食卓の光景。悲しみを否定するのではなく、温かな記憶として昇華させる香りに、彼女の目から一筋の涙がこぼれた。
「……素晴らしいわ。今の私に必要なのは、天国の花園ではなく、彼との、記憶あるキッチンの匂いだったのね!」
夫人は幸せそうな笑みを見せ、店を後にした。
マルコは黙って、サルデーニャ行きのフェリーのチケットと、古びた鍵を向日葵に差し出した。
「フッ合格だ。……だが、気をつけろ。ナギが求めているのは、救済ではない。彼は今、自らを焼き尽くすような『純粋な悪』の香りに取り憑かれている」
果たして、九条に隠された。純粋な悪とは?一体。
こうして、フェリーに乗り、地中海から吹いてくる風に、銀座でもミラノでも嗅いだことのない「野生の植物」の香りを感じ、島へ向かうのでした。
「生活の匂い」で貴婦人の心を溶かし、試練を突破した向日葵。
しかし、ナギが追うのは「純粋な悪」だという不穏な言葉を託されます。
手には古びた鍵、鼻先には野生の植物「マキア」の香り。
物語の舞台は、ついに禁忌が眠る島・サルデーニャへ――。




