第11話 向日葵の試練
前章のラスト、ネロリの香りに包まれて再生を誓った綾香。しかし、物語は穏やかな日常では終わりませんでした。
今回から始まる新章の舞台は、主を失った銀座の調香室。失踪した九条ナギ、そして彼の前に現れた姉・静香。九条家の封印された過去が、助手の向日葵を未知なる地・イタリアへと誘います。
孤独な香りに立ち向かう、向日葵の挑戦が今、始まります。
ここは銀座、九条ナギが営む調香室
数日前から、主が!置き手紙を、残し失踪したのだ。
向日葵は:主人のいない城を守る
いつもなら九条が座っているはずの椅子。
そこには主の体温も、彼が好んで纏っていた清潔なリネンの香りも残っていない。
「先生は、私に何も言わずにいなくなった。……私じゃ、彼の孤独を埋める香料にはなれなかったの?」
静寂を破る、鋭いヒールの音。扉を開けたのは、
高身長、綺麗な髪、花がらのワンピースが似合う
綺麗な女性がやってきた。
向日葵「いらっしゃいませ。」
「お客じゃないわ、高柴静香です。弟が、消えた様子ね?ようやく『逃げる』ことを選んだようね。」
向日葵: 「お姉様……逃げた……? 先生が、そんな無責任なこと……!」
静香: 「あなたは何も知らないのね。あの子がどれほど過酷な『*香の檻』で育ったか。父、九条宗近が、あの子をどう壊したか」
**それは、香の狂気: 幼いナギを暗室に閉じ込め、数百種類の香料を嗅ぎ分けさせるまで出さない徹底した教育だった。
「先生は、必ず戻ってきます」
向日葵は、震える拳を握りしめた。
目の前に立つ高柴静香からは、圧倒的な威圧感が放たれている。それは、伝説のパフューマーと呼ばれた父・九条宗近から、かつて弟と共に受け継いだ『絶対的な嗅覚』を持つ者だけが纏う空気だった。
「ふぅん。助手のあなたがそこまで言うなら、
試させてもらいましょうか」
静香は、バッグから一振りの扇子を取り出し、向日葵の鼻先でゆらりと仰いだ。
「この扇子に染み付いた、父が最期に残した香りの『欠陥』を言い当てて。それができなければ、この調香室は今日で畳んでもらうわ!」
(……流石はナギが側に置いた駒ね。……)
静香の冷ややかな声が、無機質な調香室に響きます。向日葵が淀みなく、その扇子に潜んだ複雑な香料を言い当てた瞬間、空気の密度が変わりました。
向日葵は、ゆっくり目を閉じて、臭覚を研ぎ澄ませます。
「ん~、ベルガモット、サンダルウッド、それに、微かな……ジベト(霊猫香)。でも、このジベトは天然のものではありません。九条さんの父様が独自に合成した、**『体温を奪うような冷たい獣の香り』**ですね」
向日葵の言葉に、静香はゆっくりと扇子を閉じました。その動作一つに、銀座の老舗に嫁いだ
「高柴の女」としての格調が漂います。
「正解。……あっさり言い当てるなんて、あの子に随分としごかれたようね。あるいは、あなた自身がその『呪い』の素質を持っているのか」
静香は一歩、向日葵に歩み寄ります。彼女が纏うアイリスの香りが、威圧感を持って迫りました。
「でも、ナギが失踪したのは、その正解を書き換えるためよ。父は死ぬ間際、この香譜を完成させられなかった。……いいえ、『完成させることを拒んだ』。ナギは、その理由を探しに、自分を『無』にする場所へ行ったわ」
「……いいわ。合格よ。確かにナギがあなたを頼りにする理由が分かった。でも、今のあなたには『足りないもの』がある」
静香はバッグから、一通の封筒を取り出し、調香台の上に滑らせた。封筒から飛び出す、チケットと古びた地図。
「イタリアへ行きなさい。フィレンツェの奥地に、父がかつて修業をした。
古い修道院があるわ、ナギはそこで自らを無に帰し、父が辿り着けなかった『禁忌の香り』に手を出そうとしている」
向日葵が息を呑む。
「あの子を連れ戻せるのは、九条の血を引かない、けれど弟の心に触れれるのは、あなただけよ。向日葵さん、これは弟の忠誠心じゃない。一人のパフューマーとしての、あなたの矜持を賭けた戦いになるわ」
「分かりました。イタリア行ってきます。九条さん連れ帰っで、また、お店で九条に叱って、貰いたいです。」
こうして、向日葵は、イタリアへ九条を探しに旅立つのでした。
第11話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに動き出した「九条失踪編」。今回は、これまで九条の影として支えてきた向日葵にスポットを当てました。
伝説の父が残した「冷たい獣の香り」を言い当てた彼女ですが、静香から突きつけられたのは、あまりに過酷なイタリアへの片道切符。
九条が「自分を無にする」ために向かった修道院で、一体何が起きようとしているのか。そして、向日葵は再びあの「毒舌だけど温かい師」の言葉を取り戻せるのか……。
次回、舞台はイタリアへ!異国の風に乗って届くのは、希望の香りか、それとも――。
新展開もどうぞよろしくお願いします!




