二十五話「ライバルとの接触」
教頭室の重厚な扉を開けると、古い紙とわずかな茶葉の香りが僕たちを包んだ。
窓の外からは、放課後の校庭を走る運動部の掛け声が遠く響いている。
この閉ざされた空間だけが、まるで時間が止まっているかのようだった。
「……なるほど。家庭内の課題が共通項ですか」
教頭先生は、僕たちが提出した企画書のラフに視線を落としたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
眼鏡のレンズが、夕刻の斜光を反射して鈍く光る。
「三人とも、この方向性には納得がいっているようですね。雰囲気が少しだけ変わりました」
「……ありがとうございます」
小寺先輩が少しだけ肩の力を抜くのが分かった。
けれど、教頭先生は顔を上げない。
「ですが…肝心のプロダクト・サービスで苦戦していると…」
教頭先生は引き出しから一枚のカードを取り出し、机に滑らせた。
「今夜、駅前のコワーキングスペースで他校との合同勉強会があると聞きました。そこに参加してはいかがでしょうか」
先生が差し出したのは、店舗の場所を指し示すショップカードだった。
藁にもすがるような思いの僕たちは、その提案に迷う余地はなかった。
・・・
駅前のビルの一角にあるコワーキングスペースは、僕たちの部室とは正反対の世界だった。
剥き出しのコンクリート、等間隔に並んだ最新のノートPC。
そして、そこに漂う「野心」の匂い。
「……うーん、高校生はちょっと場違いかも?」
小寺先輩が呟いた一言に、清水が小さく呟いた。
その中の一角に少しだけ雰囲気の違う人たち、
僕たちと同じような制服を着た高校生が集まっていた。
小寺先輩はこの人たちだと確信し、声を掛ける。
「あの!今日の合同勉強会に参加される方々ですか?」
高校生の集団はふっと振り返る。
「ん?その制服…秀央学院の人たち?」
「よかった!そうです、私が副代表の小寺で…」
「えっと…私は清水といいます」
「黒木です」
「小寺さん、清水さん、黒木君ね。そんじゃ今日はよろしく~」
「じゃあこちらも自己紹介をしとこうか…康応大付属第一高校の起業研究サークルで代表をやってる、御子柴っす。そしてこっちが…」
「副代表の田代です、よろしく」
なんだか藤井代表よりもっと軽い印象の代表と、雪村先輩を思わせる切れ者の副代表という第一印象。
「今日はそっちの代表はおらんの?」
御子柴さんはキョロキョロと見渡す。
「え、ええ…実は今回ウチの同好会は二つのチームで出場しているの」
「ええっ!?あんたのとこそんな人数多くないっしょ!?正気?」
「そうね…色々あって…」
「あー…内部分裂?」
「そっ、そんなんじゃ…なくもないけど」
終始ばつの悪そうな表情の小寺先輩と、遠慮なしに聞いてくる御子柴さん。
「おい、御子柴。他校のチームのことをずけずけと聞きすぎだ」
「へーい」
それを気遣ってか、副代表が静止に入る。
この人絶対いい人だ、雪村先輩と似てるなんて言ってすみませんでした。
「ほんじゃあ毎年実績を残されてる秀央学院さんが声を掛けてくれたのは、二軍さんが困ってるからってことなんだねぇ、ちょっとショック」
二軍呼ばわりされた我々は、とてもじゃないが言い返せない。
「すまんな、こいつはいちいち発言が失礼なんだ。いずれ代表職から降ろしてやろうと思ってる」
「またまた~そんなこと言っちゃって~」
冗談のように御子柴さんは受け流しているが、田代さんの目が本気だったことには目を逸らしたい。
・・・
「んでー、君たちが困ってるのはこのプロダクトのところっつーことか」
一通り僕たちの話を聞いた康応大付のメンバーは何とも言えない表情をしていた。
「田代はどう思う?」
「…ここからプロダクトに派生するのはかなり難しいな」
「んー…そうだよなあ…」
御子柴さん、田代さんは頭を抱えてしまう。
「うーん、やっぱ顧客のセグメントが広すぎる気がするわ。こんなに広範囲の家庭内サービスを提供できる包囲網なんて大手でも厳しいっしょ」
御子柴さんはスニーカーの先を揺らしながら、僕たちに向き合う。
「かといって個別に掘り下げていくとそれぞれの専業の会社は既に存在してるから…はっきり言ってチョー厳しいね、コレ」
「それは...わかっています。そこが自分たちの中でも整理がついていなくて...」
小寺先輩は食い下がる。
「うーん...気持ちはわかるんだけどさ...ビジネスの教科書的にはノーチャンの部類だと思うよ?」
少し話始めてわかってきた、御子柴さんは忖度をしない。
僕たちがこだわり始めたビジネスの"嫌な弱点"を的確に突いてくる。
そこに、副部長の田代も割って入る。
「初対面でこいつがズケズケとすまない。だが、内容は俺も同意見だ。はっきり言ってしまえば、狙う市場ごとピボットしてしまった方が良いのではないかと思う」
「ビジコンではこういった社会課題解決系は注目されやすい。ただし、優勝者には開発支援や協力会社の紹介などが与えられるため、本気でスタートアップ設立を目指す学生が参加する場でもある」
「こんな中途半端な立ち位置で入賞したとしても、自分たちが立ち止れなくなるだけだろう。流石に評価する人たちもそんなことは分かっているだろうが...もしもということはあるからな」
御子柴さんは飲みかけのペットボトルのだいぶ滴ってしまった結露を指でなぞり、背もたれに寄りかかった。
「まぁ...俺らから言えるとしたらそんな感じだ、わりぃ。他の学校との勉強会も入ってるから、また今度考え直したら聴かせてくれ」
僕たちは深々とお辞儀をし、そこから立ち去った。
・・・
「おや、お早いお帰りですね」
僕たちがこてんぱんにされた後学校の教頭室へ戻ると、教頭先生は淹れたての緑茶を湯呑みに注いでいた。
窓の外はすでに夕日がすっかり落ちており、校庭の灯りがぽつりぽつりとともり始めている。
小寺先輩は、康応大付属高校との対話内容を、掠れた声で淡々と説明した。
「……私たちのリサーチ不足でした。セグメントも広すぎて、ビジネスモデルとして成立しないって……ボロクソに言われてしまいました」
「そうですか...最初に康応大付と当たってしまいましたか...」
教頭先生は湯呑みを持ち上げ、静かに生徒たちの顔を見渡した。
「彼らは地元の工場の経営者のご子息たちで、その工場の設備や技術を使い高校一年生の時から法人を立ち上げて経営している実力派です」
「少々手厳しい意見もあったかもしれませんが、同年代から正直な意見を貰えるのは良い機会だったと思います」
「今日はもう遅いですから、明日また皆さんで考え直してはいかがでしょうか」
僕たちは静かに頭をさげ、相談室を後にした。




