二十四話「真夜中の作戦会議」
部室のホワイトボードは、数時間前まで真っ白だった。
今では、青と赤のマジックで書かれた「家庭内の課題」から広がっていく文字が、
無秩序な蜘蛛の巣のように広がっている。
「……ダメだ。やっぱり、どれも決定打に欠ける」
小寺先輩はペンを置き、椅子の背もたれに深く沈み込んだ。
ホワイトボードに並んでいるのは、僕たちが絞り出した案の残骸だ。
小寺案:『近助の輪・シェアリング』
地域の学生が家庭のケアを代行するギグワーク。
【黒木の意見】信頼性の担保が不可能。他人が家に入る心理的ハードルが高すぎる。
黒木案:『スマートホーム・ライフログ・マネタイズ』
家庭内にセンサーを配置し、ケアデータをメーカーに売って収益化。
【清水の意見】家がセンサやカメラだらけになるなんて、休まる場所じゃなくなる。
清水案:『ケア・フード・サブスク』
調理の手間を省く栄養価の高い配食サービス。
【小寺の意見】既存の宅食サービスとの差別化ができず、価格競争で即死する。
「家庭の中って絞ったはいいものの……まだまだ幅が広いし、どれもパッとしないね」
小寺先輩が、消えかかったホワイトボードの文字を指でなぞる。
「……お客さんがお金を払ってくれそうなビジョンが見えないですよね」
清水が、自分のノートをぎゅっと握りしめた。
「本当に困ってる家庭はサービスに払うお金がないからね……そこをターゲットにするって決めたけど、慈善事業じゃビジネスにはならないから…難しいなあ……」
沈黙が部室を支配する。
「…ごめん、今日は一度解散しよう。……頭がスッキリしないや」
小寺先輩の力ない声に、僕と清水は黙って頷くしかなかった。
・・・
帰宅した僕を待っていたのは、暗い廊下とリビングのテーブルに置かれたコンビニ弁当の空き殻だった。
母親はまだ仕事から戻っていないか、あるいは疲れ果てて自室で寝ているのだろう。
僕の家には小寺先輩の家のような重苦しさも、清水のような必死さもない。
ただ、空虚な静寂があるだけだ。
自分の部屋に籠り、ベッドに倒れ込んで一息をつく。
ふと、手元でスマートフォンの画面が震えた。清水からのコール画面だった。
「……もしもし」
「……黒木、起きてた?」
受話器越しの清水の声は、部室の時よりもさらに小さく、そして近く感じた。
「……ああ。起きてるよ」
「ごめんね、こんな時間に。……あの、さっきの部室でのことなんだけど……」
「……うん」
「実は三人の共通点が見えただけでも一歩前進できたかなって、少し安心したの」
自信のない声とは裏腹に、清水の言葉には、確かな安堵の色が混じっていた。
「そっか……。僕はやっぱり、次の方向性が見えないことが……正直、辛いかな」
「うん……その気持ちもわかるよ。でも、今の一歩を喜んだ方がいいのかなって」
清水は冷静に今の状況を見つめつつも、ポジティブに捉えたいのだと感じた。
「黒木。……私たち、まだ何も見つけられてないけど。でも、今日黒木がぶつけてくれた思いを、私は忘れないよ。……いつか、黒木の話も聞かせてほしいな」
「……」
「じゃあ、おやすみなさい。……明日も、部室でね」
「うん…おやすみ…」
通話が切れた後の静寂は、さっきまでよりも少しだけ、冷たさが和らいでいる気がした。
(何か突破口が見えればいいのだけれど…)
ビジネスコンテストまであと一か月。
安心したという清水とは裏腹に、刻一刻と時間は迫られていた。




