↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姿なき英雄の帰る場所 ~鬱ゲー世界のかませ悪役になった俺は、原作知識と鍛えた力で破滅の運命をぶっ壊す~  作者: ふわふわらいどう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第5話 術比べ

「それでは――五影堂天青様と、斎賀千奈津様による交流試合を始める!」


 外から放たれた声が、結界に反響して耳を打つ。


 合図の直後、俺は息をひとつ吐いた。


(……さて、お手並み拝見といくか)


 本来ならここで、千奈津は前衛傀儡を前に出し、中距離から呪術と神術でひたすら嫌らしくサポートする――それがゲームでの基本ムーブだ。


 だが。


 千奈津は、一歩も動かなかった。


 腰の短刀を抜きもせず、式符を構えもせず、ただ静かに構えを取る。

 右足を半歩引き、体重をわずかに落としただけの、簡素な立ち姿。


 結界の外から「おや?」とざわめきが起こった。


(……様子見、か。それとも)


 弱い者いじめは好まない、って顔だな。

 怪我をさせないように、まずは“本気を出さない範囲”で相手をするつもりか。


 悪い話じゃない。こっちにとっても、向こうの出方を探る時間は欲しい。


 けれど――


「……舐めるなよ」


 小さく呟き、足元に目を落とす。


 砂利に落ちた自分の影が、さざ波のように揺れた。


 指先を、影の端に滑らせる。


 ぬるり、と冷たい感触が指に絡みついたかと思うと、黒い闇の中から長いものが押し出される。


 刃引きした刀――この日のために修繕しておいた練習用の一振りだ。


 刃は完全に潰してある。人を斬ることはできない。

 だが、重さもバランスも、実戦用に限りなく近づけてある。


 俺は片手でそれを受け取り、小さく振って感触を確かめた。


 ざわり、と周囲の気配が濃くなる。


「影から……武器を?」


「若様っ……!?」


 ジジイの慌てた声を、軽く肩をすくめて切り捨てる。


「刃は潰してある。せいぜい痣が増えるくらいだ。……問題ないだろ」


 乾いた笑いをこぼしながら、今度は自分の身体に意識を沈める。


「〈自動操演〉……簡易、出力七割」


 小さく宣言した瞬間、視界の輪郭が僅かに変わった気がした。


 内側から筋肉を動かすのではなく、糸が俺の考える”理想の動き”へと関節ごと引っ張る。

 その違和感を飲み込みながら、一歩前に出る。


 糸が走る。


 手首から肘、肩、腰、膝――体の節々に巻き付いた見えない線が、俺の「こう動きたい」というイメージに合わせて一斉に引き絞られる。


 砂利が、ぱし、と鳴った。


 一歩。

 二歩。

 三歩目には、もう千奈津の間合いの縁だ。


 反射的に、千奈津の瞳が見開かれる。


 その手が腰の短刀にかかりかけ――


「遅い」


 刃引きした刀の峰が、その手の甲を打ち払った。


 甲高い金属音。

 弾かれた短刀が、半ば抜けかけた鞘に戻る。


 千奈津は即座に半歩下がって体勢を立て直す。

 足運びは悪くない。むしろ、よく鍛えられたそれだ。


 それでも、反応が一歩遅れている。


 俺の実力を下と見てか、最初から間合いの内側に入られる想定をしていなかった。


 糸の出力を、少しだけ上げる。


 足首と腰を結ぶラインが、きゅっと軋む感覚。

 膝が自然と沈み込み、地を蹴る角度が変わる。


 斬りかかるわけじゃない。

 あくまで、殴り飛ばす寸前で止められる速度で。

 刃引きした刀の、重さだけを全力でぶつけるイメージで。


 右から、左から。

 肩口、肘、手首。

 ガードするべき場所を狙って、立て続けに打ち込む。


 千奈津は、その全てを“ギリギリ”で受けていた。


 短刀は抜かない。抜けない。

 呪力を纏った手甲で、あるいは足さばきで、ぎりぎりで逸らし、滑らせ、かわしていく。


 (ほう)


 ちゃんと強い。


 適当に振ったんじゃない。

 〈自動操演〉で「効率だけを考えた最短距離」を叩き込んでいるのに、それを何とか殺している。

 武術としての基礎は、確かに俺より上だ。


 だが――


「どうした。さっきまでの余裕はどこ行った、斎賀の姫君?」


 あえて、口を動かす余裕を見せてやる。

 千奈津の眉が、ぴくりと揺れた。


「……っ」


 感情を押し殺した顔のまま、低く息を吐く。

 今度は彼女の方から懐に入ってきた。


 膝を沈め、体を半身にして、掌底を俺の胸元へ。


 いい選択だ。


 刀のリーチに付き合わず、あえて密着距離まで踏み込んでくる。


 だが――


「読むのが甘い」


 胸元に迫る掌底の軌道に合わせて、俺の体が勝手に沈んだ。


 糸だ。


 胸から腰、膝にかけて走らせていた呪糸が、俺の意識より半拍早く「最適な回避位置」に地面と身体とをつないで引きずり込む。


 肩口をかすめていく掌底。

 服だけが音を立ててはためき、実際には一寸も当たっていない。


 ただ、攻撃の回避としてはどうしても大きな動きになってしまい、気が付けば千奈津はバックステップで距離を再び取っていた。


 砂利がざり、と鳴る。


 額に、うっすらと汗。

 呼吸は乱れていない。だが、さっきまでの「若様の相手をしてあげている」余裕は、そこにはもうない。


 千奈津の目が、ふっと細くなる。


「……そうですか。では、少しだけ」


 右手が、腰の脇にぶら下げていた小さな箱に触れた。


 蓋が跳ね上がる。

 中から飛び出したのは、手のひらほどの木製の人形――


「起きなさい、《木槌》」


 短い詠唱とともに、地面に落ちたそれが、ぼこり、と膨らんだ。


 骨組みが伸び、木片が組み替わり、関節部から淡い光が漏れる。

 瞬きする間に、人ひとり分ほどの大きさの絡繰傀儡が立ち上がっていた。


 簡素な鎧武者のような形状。

 両腕に取り付けられた木製の盾。

 その目にあたる部分が、ぎらりと光る。


 観客席から、どよめきが上がった。


「斎賀のお嬢様、本気の絡繰りを……」

「まだ入学前だぞ、あのサイズを動かすのか」


(へえ)


 俺の口元が、自然に吊り上がる。


 前に出るのは傀儡。

 本人はその後ろから、呪術と神術でひたすらこちらを削る。


 ――ゲームで何度も見た、斎賀千奈津の「安全でいやらしい戦い方」だ。

 オーソドックスな後衛技能と素のスペックの高さゆえの近接適正。バランスがよく、それぞれの能力が高いので器用貧乏では終わらない。


 ゲームの中だけで言えば俺の完全上位互換だ。


 (さて。こっちはどう崩すか)


 傀儡が、ぎしり、と一歩前に出た。

 関節の軋む音とともに、木の手足が振り上がる。


 千奈津が、短い呪を紡ぐ。


「〈補強〉〈加速〉」


 薄い光の輪が、傀儡の足元を走った。

 その動きが一段階鋭くなる。


 木の盾が、俺の胸元目がけて叩きつけられた。


 重い。まともに受ければ、肋骨くらいはいく。


 だが――


「そこ」


 足元の影が、滑るように伸びた。


 盾を振り下ろそうとした傀儡の影に、黒い棘が突き立つ。


「〈影縫い〉」


 木の脚が、床に縫いつけられた。

 膝から下が一瞬遅れて止まり、上体だけが勢いのまま前に倒れかける。


 そこへ俺が一歩踏み込み、刀の峰で傀儡の首を殴りつける。


 鈍い音。

 関節部が軋み、頭部がかくんと傾いた。


 だが、落ちない。


 頭部に刻まれた術式が、ぎりぎりで機能を保っている。


「さすが、簡単には壊れないか」


 舌打ちをひとつ。


 すぐさま、背後から冷たい気配。


「――〈足枷〉」


 千奈津の呪声が飛ぶ。


 足元の砂利が、不自然に沈んだ。

 地面が液状化したかのように、足首の周りがぬるりと絡みついてくる。


 そのまま脚ごと引きずり込まれれば、動きが止まる。


(足を止めて、傀儡に殴らせるつもりか)


「甘いな」


 足元に絡みつく闇より濃い影を、自分から踏み込むようにして上書きする。

 自分の影の中に足を押し込んでしまうイメージ。


 ぬる、とした感触が、逆に「手応え」のように足裏に伝わった。


「〈影渡り〉、半歩」


 視界が、一瞬だけぶれる。


 次の瞬間には、足首を絡め取ろうとしていた地面の外側に、俺の足が着地していた。


 足枷の呪術が、空を噛む。


「なっ……」


 千奈津の瞳が、わずかに揺らぐ。


 間髪入れずに、二発目。


「〈力萎え〉」


 今度は空気そのものが重くなった。


 肺に吸い込んだ息が、鉛のように胸の内側に沈む。

 筋肉を走る力が、じわじわと削られていく感覚。


 不意を突かれていれば、そのまま膝をついていたかもしれない。


(この感じ……ゲームで散々やられたやつだな)


 俺は軽く舌打ちし、袖に仕込んでいた小さな札を指で弾いた。


「〈微浄〉」


 薄い光が、胸の内側からじわりと広がっていく。


 全部は消えない。

 しかしその影響を最大限薄める。


(……なるほど。まだ重いが、動けないほどじゃない)


 自分の体感として、「どこまでなら耐えられるか」を刻み込む。


 千奈津の呪術は、確かにいやらしく、精度も高い。

 だが――

 

 「そんな簡単なコンボ、知り尽くしてるんだよっ!」


 思わず口から出た本音に、千奈津がきょとんと目を見開いた。


 意味は分からないだろう。

 だが、今の一言で彼女の集中が一瞬だけ削れたのが分かる。


 その瞬間を――


「もらう」


 俺は見逃さない。


 糸の出力を、さらに一段階上げる。


「〈自動操演〉、出力九割」


 骨が軋むような感覚。

 筋肉のきしみを、糸が無理やり「正しい位置」に矯正していく。


 足が、勝手に地を蹴った。


 傀儡の盾が、反射的に振り上がる。

 その軌道の外側ぎりぎりを滑り抜けるように、影が伸びる。


「っ……!」


 千奈津の足元の影と、俺の影が一瞬だけ重なった。


 ――そこだ。


「〈影縫い〉」


 千奈津の足元から、黒い棘が突き上がる。


 足裏ではなく、踝のすぐ横。

 致命にはならないが、バランスを崩すには十分な位置だ。


 千奈津の身体が、一瞬だけ揺れた。


 そこへ――


「はああっ!」


 腹の底から、息を吐き出す。


 刃引きした刀を、

 自分の持てる限りの速度と重量で――


 振り下ろした。


 ごう、と空気が鳴った気がした。


 咄嗟に短刀を抜いて構えようとした千奈津の動きは、半拍遅かった。

 伸び上がる前に、刀の峰がその短刀ごと叩き落とす。


 金属と木がぶつかり合う、耳に刺さるような音。

 短刀がはじき飛ばされ、砂利の上を転がる。


 同時に、刀の峰が千奈津の肩口をとらえた。


 鈍い衝撃。

 ぐ、と歯を食いしばる気配。


 結界の内側で、千奈津の身体が数歩分後ろに吹っ飛び、そのまま片膝をつく。


 静寂。


 結界の外が、ひと呼吸遅れてざわつき始めた。


「若様が……押し切った?」

「斎賀のお嬢様が、膝を……?」


 遠巻きの声が、やけに遠く聞こえる。


 俺は荒い息を整えながら、刀を肩に担いだ。


 膝が笑っている。

 筋肉は悲鳴を上げている。

 〈自動操演〉をこの出力で回したツケが、じわじわと関節に回ってきていた。


(……っつーか、普通にやばいなこれ。やりすぎると後で歩けなくなる)


 それでも、立っていられる。

 倒れてはいない。


 千奈津は、肩を押さえたまま顔を上げた。


 その瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。


 そこには、さっきまでの冷えた軽蔑はない。


 代わりにあるのは――驚きと、悔しさと、ほんの少しの興味。


 そう思った、その瞬間だった。


 ぞわり、と。


 皮膚の上を、冷たいものが撫でた。


(――っ?)


 嫌な悪寒。

 戦闘中とは違う質の、肌を逆撫でするような圧。


 視線を千奈津に向ける。


 彼女はまだ片膝をついたまま。

 だが、その指先に、さっきとは違う札が挟まれていた。


 黒い墨で描かれた複雑な紋様。

 そこから立ち上る、獣じみた気配。


「……斎賀」


 思わず、名を呼んでいた。


「だから――ここからは、私個人のわがままです」


 札が、ひらりと宙に舞う。


 砂利の上に落ちる前に、彼女の声が響いた。


「来なさい、《剛鬼》」


 空気が、一瞬で変わった。


 結界の中の気温が数度下がったかのような錯覚。

 地の底から、何かが這い出てくるような圧。


 札が地面に触れると同時に、そこから黒い霧が噴き上がる。


 霧の中から伸びたのは、太い腕だった。


 人間の胴体を軽く握りつぶせそうな、節だらけの腕。

 皮膚のようにも、岩のようにも見える表面。

 その表面を、鎖がいくつも絡みつくように巻き付いている。


 霧が裂け、巨躯が姿を現した。


 角。

 牙。

 ぎらぎらと輝く、赤い双眸。


 鬼。


 式神として契約された、束縛鎖付きの鬼だ。


 結界の外が、悲鳴混じりのざわめきで満ちる。


「なっ、斎賀殿!? この場でそれを呼ぶのは――」

「千奈津! やめ――」


 宗次の制止も、誰かの叫びも、その瞬間には届いていなかった。


 鬼が、こちらを見た。


 理性の欠片もない、飢えた獣の目。

 だが、鎖に繋がれているせいで、その動きは一定範囲内に制限されている。


 千奈津は片膝をついたまま、その鎖の一本を握りしめていた。


「若様」


 彼女の声が、妙に澄んで聞こえた。


「さっきの一撃――とても、格好良かったです」


「…………は?」


「だから、もう一度だけ。全力で、ぶつかってきてください」


 言っていることの意味が分からない。


 こっちはさっきので、もうだいぶ限界だ。

 自動操演の出力を落とさなければ、本当に足が壊れる。


 そう思った瞬間身体は自動的に防御態勢をとった。


 鬼の拳が、視界を埋めた。


「おいバカッ、シャレにならなっ――」


 ドゴォッ、と鈍い衝撃音が頭蓋骨の内側で響いた。


 世界が、横に回転する。


 結界の壁が視界の端を流れ、空と地面がぐるぐると入れ替わる。


 その途中で、千奈津の顔が一瞬見えた。


(……ああ。そういうことか)


 千奈津は。


 辛くて苦しそうな、そして何か期待するような。

 そして……、負けず嫌いの顔をしていた。


(く、クソガキ……っ)


 理解が、意識に追いつく前に。


 闇が、視界を覆い尽くした。







 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。