第2話 命中率低下の弓
低級装備ガチャの小屋は、外縁区の門前広場にあった。
小屋と言っても、半分は荷台で、半分は見世物台だ。装具商会の旗が垂れ、木箱の中には粗悪な武器や防具が詰め込まれている。
ギルドの窓口は、広場を挟んだ向かいにあった。ガチャで借金を作った冒険者が、そのまま配置変更の書類に拇印を押す。外縁区では珍しくない光景だった。
「一回、銀貨三枚だ」
商会鑑定士が、レクの顔を見て口端を上げた。
「武器一つ、小物一つの抱き合わせ。外縁区の死体回収屋でも払える、ありがたい救済装備だぞ」
周囲の冒険者が笑った。
レクはロトの回収報酬を台に置いた。
銀貨が三枚。
ロト一人ぶんの識別札と、腐った装備の引き渡しで得た金だった。
鑑定士が硬貨を数える。
「片目でガチャとは景気がいいな」
「今度は自分の残った目でも売るのか?」
「やめとけよ。見えないやつが装備を選んでも死ぬだけだ」
「片目なら盾でも引いとけ。前が見えなくても隠れられるぞ」
レクは黙っていた。
右目で木箱を見る。左目の義眼で、箱の隙間に沈む装備を見る。
文字はほとんどぼやけている。
《対象:粗悪な短剣》
《表評価:表示不能》
《隠し効果:なし》
《条件:なし》
《対象:歪んだ兜》
《表評価:表示不能》
《副作用:装着者の平衡感覚を阻害》
《条件:装着時》
本当にゴミだ。
壊れた義眼は、当たり装備を見つけてくれるわけではない。高い装備も分からない。市場でいくらになるかも分からない。
見えるのは、捨てられた情報だけ。
商会が見ない情報。鑑定士が弾く情報。普通なら欠陥として処理される文字。
レクは箱の奥に目を止めた。
曲がった短弓。
弓身が歪み、弦の張りも悪い。普通なら矢がまっすぐ飛ばない。札には大きく赤文字で「命中率低下」と書かれている。
その隣に、曇った眼帯があった。
古い革に白い膜が張りつき、視界を邪魔するだけに見える。札は「視界悪化」「命中率低下」。
笑いを取るために混ぜられたようなハズレ二つ。
レクの義眼に、細い文字が浮く。
《対象:曲がった短弓》
《表評価:命中率低下》
《隠し効果:外れた矢が硬質面で跳弾》
《条件:直接命中しないこと》
《対象:曇った眼帯》
《表評価:視界悪化/命中率低下》
《隠し効果:直接狙わない投射に補正》
《条件:照準対象外》
レクは短く息を吐いた。
単体ではハズレだ。
狙うほど外れる弓。
見えにくくなる眼帯。
だが、二つを重ねると、意味が変わる。
直接狙わない。
外れた矢を跳ねさせる。
狙うほど下がる命中を、狙わない攻撃の補正へ変える。
ただし、それでも足りない。
跳ねた矢がどこへ飛ぶかは分からない。壁で跳ねた後、敵へ吸われるわけではない。味方がいれば味方に刺さる。
レクの義眼の奥で、文字が途切れた。
《跳弾:発生》
《非照準補正:発生》
《誘導:未接続》
足りない。
「引く」
レクが言うと、鑑定士は木箱を揺らした。中から粗悪な武器を一つ、小物を一つ掴み上げ、台に投げる。
曲がった短弓。
曇った眼帯。
広場が一瞬静まり、それから笑いが弾けた。
「出たぞ! 命中率低下の弓!」
「小物も命中率低下だ。片目の死体回収屋にはちょうどいいな!」
「おいおい、弓を引く前に敵が見えねえだろ」
朝から笑っていた槍持ちの冒険者が、腹を抱えた。
「それで当てられたら、俺が小鬼に頭下げてやるよ」
レクは短弓を拾った。弓身は確かに曲がっている。弦も古く、少し引いただけで指に嫌な振動が返ってきた。
曇った眼帯を左の義眼の上に重ねると、世界がさらに濁った。通常視界は悪くなる。義眼の文字だけが、薄い膜の奥で浮かぶ。
悪くない。
いや、単体では最悪だ。
だから使える。
レクは弓と眼帯を背負い、広場を出ようとした。
その時、向かいのギルド窓口が騒がしくなった。
「離してください! 私は弓使いです!」
女の声だった。
レクが振り向くと、二人のギルド職員に腕を掴まれた少女がいた。肩に弓を掛けているが、指先が震えている。
ミラ。
外縁区の弓使いだ。
何度か回収現場で見たことがある。死体ではなく、生きている状態で。矢筒を抱えて、いつも周囲の目を気にしていた。
職員が書類を振る。
「前線班から苦情が来ている。味方の足元に矢を撃ち込んだ。二度目だ」
「狙ったわけじゃありません!」
「狙って外す弓使いより悪い。狙ってないなら、いつ味方に当たるか分からない」
周囲の冒険者が笑う。
「誤射持ちだ」
「あいつの前に立つくらいなら、小鬼の前に立つ方がマシだな」
ミラの顔が赤くなり、次に青くなった。弓を握る手は震え続けている。怒りではない。恐怖だ。弓を持つほど、当てなければと思うほど、手が震える。
ギルド職員は淡々と言った。
「明日から囮班だ。弓は預かる。狙えない弓使いに、弓を持たせる意味があるか?」
その言葉に、レクの左目が疼いた。
囮班。
ロトが送られそうになっていた場所。
生還率の低い者、装備の悪い者、能力値の低い者が、魔物の注意を引くために前へ出される。仕事の名はある。役割もある。だが実態は、死ぬ順番を早める札だ。
レクは歩き出していた。
「その弓、返してやれ」
職員がこちらを見る。
「死体回収屋が口を出すな」
「囮班に回すなら、俺が使う」
「お前が?」
職員だけでなく、周囲も笑った。
レクはミラの前に、曲がった短弓を差し出した。
ミラはそれを見て、唇を震わせた。
「……馬鹿にしてるんですか」
「してない」
「私は、普通の弓でも当てられないんです。それなのに、命中率が下がる弓なんて」
「普通の弓だから当たらない」
ミラがレクを睨んだ。目尻に涙が溜まっている。
「分かったようなことを言わないでください。あなたに何が――」
レクの手が、一瞬止まった。
ロトに装備を渡した時の手と、今の手が重なった。
これなら死なない。
そう思って渡した。
だから、今回は言わない。
「安全だとは言わない」
ミラが黙った。
「その弓はハズレだ。眼帯もハズレだ。使い方を間違えれば、味方に刺さる。俺にも刺さる」
「じゃあ、なぜ」
「お前は狙うと外す。なら、狙わない攻撃に変える」
ミラは理解できない顔をした。
当然だ。
レクだって、まだ完成形は見えていない。足りない枠がある。跳ねた矢を敵に吸わせる何かがない。
それでも、囮班に行かせるよりは勝ち筋がある。
レクは短く言った。
「狙うな。外せ」
ミラの震える手が、曲がった短弓に触れた。
その瞬間、周囲の笑い声が大きくなる。
「誤射持ちに命中低下の弓!」
「最高の組み合わせだな!」
「次は誰に当てるんだ?」
レクは振り返らなかった。
笑わせておけばいい。
結果が出るまで、説明はいらない。
問題は、どこで試すかだ。
壁があり、天井があり、硬い骨があり、小鬼がいる場所。
外縁区の北に、廃坑がある。
小鬼の巣が噂されている、死体回収屋でも近づかない穴だ。
ミラは短弓を抱えたまま、かすれた声で聞いた。
「本当に……狙わなくていいんですか」
レクは廃坑の方角を見た。
「狙ったら外れる」
「外したら?」
「跳ねる」
「跳ねた後は?」
レクは答えなかった。
左目に浮かぶ不足を見ながら、言う。
「それを、今から探す」




