第9話:黄金の沈黙
虚飾の星の偶像
第9話:黄金の沈黙
著:一条 あやめ
地球。
そこは、これまで見てきた六つの星の愚かさを、一万倍に煮詰めて凝縮したような、混沌の祭壇だったわ。
王子さまが最初に降り立ったのは、月明かりに照らされた、この砂漠。
そこで彼が出会ったのは、黄金色の蛇。死を司る、饒舌な沈黙の化身。
「『あんまり寂しい場所だね、ここは』って、王子さまが言ったら、蛇はこう答えたんですって。『人間の間にいたって、寂しいものさ』……ふふ、最高のパンチライン。この地球には、何十億という人間がいるけれど、誰もが自分だけの透明な檻の中に閉じこもっているの」
けれど、王子さまを本当の意味で「完成」させたのは、あの黄金の毛並みを持つキツネとの出会いだった。
「キツネは王子さまに、残酷な真実を教えたわ。――『飼いならす』という、甘美な呪いを。あやめ、君ならわかるでしょう? それは、ただの他人が、世界でたった一人の『特別』に変わる瞬間のこと」
王子さまの瞳が、砂漠の熱を帯びて潤む。
「キツネは言ったんだ。もし君が僕を飼いならしたら、僕らは互いに必要しあうようになる。僕にとって、君は世界で一人だけの人になるし、君にとって、僕は世界で一匹だけのキツネになるんだ……って」
あやめの心に、鋭い棘が刺さる。
アイドルとファン。作家と読者。
私たちは、言葉を通じて、互いを「飼いならして」しまっている。それは、相手がいないと世界がモノクロに見えてしまうという、不治の病にかかること。
「王子さまは、その時気づいたのね。自分の星に残してきたバラが、どうしてあんなに特別だったのか。たとえ地球に五千本のバラが咲き乱れていても、彼が水をやり、ガラスの覆いをし、そのわがままを聞き続けた『あの一輪』には、絶対に勝てないということに」
『大切なものは、目に見えないんだ。心で見なくちゃいけないんだよ』
キツネが残したその有名な言葉を、あやめは、極彩色の比喩で塗り替えていく。
「大切なものは、目に見えない。だからこそ、私たちはその『見えない空白』を、ありったけの言葉と、香水と、嘘で飾り立てるの。バラが本当に美しかったから愛したんじゃない。彼女のために費やした、あの『虚しい時間』こそが、彼女を宝石に変えたのよ」
王子さまは、キツネとの別れに涙を流したわ。
でも、キツネは笑っていた。
「小麦の色を見るたびに、君の金色の髪を思い出せるから。それだけで、僕の人生は黄金色に染まるんだ」
私は、王子さまの細い肩を抱き寄せた。
彼の銀色の衣装は、砂と涙でもうボロボロだったけれど、その姿はどの星の王様よりも気高く、美しかった。
「……王子さま。時間はもう、残り少ないわ。蛇があなたを待っている。あなたの星へ帰るための、最後の一歩を……私がプロデュースしてあげる」
夜の砂漠に、黄金の蛇が、死の調べを奏でるように音もなく近づいてくる。
あやめの指先は、今や熱を帯び、キーボードを叩く音は激しい鼓動のように響いていた。
一条あやめの執筆後記
「ああ……書いていて、呼吸が止まりそう。あなたは私に飼いならされてくれた? 私の物語がないと、あなたの世界が少しだけ退屈に感じるようになってくれたかしら? もしそうなら、私の勝ちね。さあ、次はついに……最終回。一条あやめが贈る、最高に美しくて、最高に残酷な『サヨナラ』よ」




