第8話:消えゆくものの記録
虚飾の星の偶像
第8話:消えゆくものの記録
著:一条 あやめ
「六番目の星はね、あやめ。これまでのどの星よりも、十倍も大きかったんだ」
王子さまの横顔に、夜明け前の薄い闇が影を落とす。
そこにいたのは、分厚い本に囲まれ、巨大なデスクに座ったまま、ペンを走らせ続ける「地理学者」。
「彼はね、自分が世界のすべてを知っていると豪語していた。海がどこにあるか、山がどこにそびえているか。でも、彼自身はそのデスクから一歩も動いたことがなかったんだ。『私は地理学者であって、探検家ではないからね』って。……あやめ、滑稽だと思わない?」
私は、唇に苦い笑みを浮かべた。
「ええ、最高に皮肉ね。彼は、誰かが命を懸けて見つけてきた真実を、ただ紙の上に整理して『知識』と呼んでいるだけ。自分では風に吹かれることも、太陽に焼かれることもないままに」
けれど、王子さまを最も絶望させたのは、その学者が放った一言だったんですって。
『地理学の本には、山や海のように、永遠に変わらないものだけを書き留めるのだ。花のような「儚いもの」には、一文の価値もない。それは明日には枯れてしまう、消えゆく運命のものだからね』
「儚い(エフェメール)……。あやめ、その言葉を聞いたとき、僕の心は凍りついたよ。僕の星に残してきたバラは、たった四本の棘しか持たない、世界で一番儚い存在なのに。あの学者の本の中では、彼女は存在しないも同然だったんだ」
私は、自分の胸の奥が激しく疼くのを感じたわ。
「儚い」から価値がない? 冗談じゃない。
明日消えてしまうからこそ、一瞬のきらめきに命を懸ける。それが、私たちが「美」と呼ぶものの正体じゃない。
一条あやめという作家が描く物語も、いつかは忘れられ、紙は朽ち果てるかもしれない。けれど、今この瞬間に心を震わせているその熱こそが、地理学者の本には決して書けない「真実」なのよ。
「王子さま、あなたはそこで、自分のバラがどれほど危うい場所にいるか気づいたのね」
「うん。だから僕は、次にどこへ行けばいいか聞いたんだ。そうしたら彼は、『地球へ行きたまえ。そこは評判がいいから』って……まるで、他人の書いたガイドブックを勧めるように言ったんだ」
王子さまは、ぎゅっと自分の拳を握りしめた。
「僕はね、あやめ。自分のバラが『消えゆくもの』だと知って、初めて彼女を本当に守りたいと思った。永遠なんて、どこにもなくていい。ただ、彼女が枯れるその瞬間まで、僕が隣にいたかったんだ」
私は、彼の肩にそっと手を置いた。
「……行きましょう、王子さま。地球へ。そこは、これまでの星々よりもずっと醜くて、ずっと美しくて……そして、あなたが本当の『絶望』と『愛』に出会う場所よ」
砂漠の地平線が、微かに白み始める。
あやめのデスクには、スミレの香りと、書き終えたばかりの原稿の熱だけが残っていた。
一条あやめの執筆後記
「ふう、地理学者の冷たさを書くと、ペン先まで凍りつきそう。でも、彼のおかげで王子さまは『地球』という名の地獄へ降り立つ決心がついたの。あなたは『永遠』を信じる? 私は信じないわ。だからこそ、今この一瞬を、最高に美しい嘘で飾り立てるの。……さあ、いよいよ地球編、クライマックスへ向けて『GO』よ!」




