第7話:一分間の誠実
虚飾の星の偶像
第7話:一分間の誠実
著:一条 あやめ
「五番目の星はね、あやめ。そこは、今までで一番小さくて、一番おかしな星だったよ」
王子さまの銀の髪が、砂漠の夜風に煽られて激しく踊る。
そこにいたのは、一本の街灯と、それを守る「点灯夫」。
その星はあまりに小さくて、一歩歩けば一回転してしまうほど。けれど、そこで行われていたのは、この宇宙で最も残酷で、最も「美しい」ルーティン。
「彼はね、一分ごとに街灯を点け、そして消していたんだ。なぜって? その星の自転がどんどん速くなって、一分が一日に短くなってしまったから」
『おはよう』と言って火を点け、『おやすみ』と言って火を消す。
点灯夫には、一瞬の休息も許されない。眠ることも、夢を見ることも、ただ街灯のスイッチを切り替えるという終わりのない労働の影に消えていく。
「あやめ、彼は言っていたよ。――これが『規則』なんだ、って」
私は、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
「規則……なんて空虚で、なんて強力な呪文。彼は、自分が何のために火を点けているのかさえ、もう思い出せないのかもしれないわね。でも王子さま、あなたは彼を、これまでの王様や自惚れ屋よりも気に入ったんでしょう?」
王子さまは、静かに頷いた。
「うん。だって、彼は自分以外の何かのために、一生懸命だったから。彼の点ける火は、まるで新しい星が生まれるみたいで、消すときは、星が眠りにつくみたいで……それは、とても『意味のある』ことのように見えたんだ」
私は、デスクの上の鏡に映る自分の顔を見た。
「意味がある……。ええ、確かにそうね。でも、それは同時に、自分という存在を磨り潰して、世界という大きな機械の歯車になるということ。彼は誠実だった。でも、その誠実さは、彼自身をどこにも連れて行ってはくれないの」
点灯夫は、王子さまにこう漏らしたんですって。
『私は、休みが欲しい。眠りたいんだ。でも、規則は規則だ……』
「王子さま、彼はね、救われたかったんじゃない。ただ、『誰かに認めてほしかった』だけなのよ。自分がこの孤独な星で、たった一人で光を守っているというその悲劇を、誰かに目撃してほしかった。だから彼は、死ぬまでスイッチを離さない。それが彼のアイデンティティ――彼の『アイドル(偶像)』としての生き様だから」
「あやめ、君はときどき、悲しいことを言うね」
王子さまの青い瞳が、私の虚飾を剥ぎ取っていく。
私も、彼と同じ。
読者の期待という「規則」に従って、一文字一文字、心に火を点けては消し、自分を削りながら物語を編んでいる。それが「一条あやめ」という街灯を守る、私の誠実さなのだから。
「さあ、王子さま。次に行きましょう。次は……自分の足では一歩も動かず、世界のすべてを知ったつもりでいる、傲慢なインテリの星よ」
私たちは、砂漠の静寂を切り裂いて、再び歩き出す。
夜明けはまだ遠く、街灯の光のような記憶だけが、私たちの足元を微かに照らしていた。
一条あやめの執筆後記
「ふう、点灯夫の話を書くと、肩が凝るわ。だって、彼と私は似た者同士なんですもの。あなたも誰かのために、自分を殺して火を灯し続けていない? その光が、いつかあなた自身を焼き尽くさないことを祈っているわ。……さあ、次は、椅子に座ったまま世界を語る『地理学者』の登場よ!」




