第56話 密室豪華ツアー雌豚付
どうやら俺は恨みを買ってしまった陽キャ(?)達に体育館に閉じ込められてしまったらしい。
31泊、32日の地獄ツアーが開催され、パニックになっているところでアサシンみたく、背後から彩芽が現れた。
「彩芽、なにしてんだ?」
「授業の後片付け。先生に頼まれた」
そりゃまぁ倉庫にいるんだからそうだわな。
「というかそれはこっちのセリフ。ドアをガンガンして……まさか閉じ込められた、とか?」
この子は察しが良いみたい。
「そのまさかだ」
「そう」
察しは良いが表情は変わらず、無表情のまま重なったマットの上に座る。焦っている様子は伺えない。まるで今から午後のティータイムでも楽しむかのような余裕すら感じる。
「そう、って、閉じ込められたんだぞ!! 今日で授業は終わりなんだぞ!! 夏休みまで誰もが来ないんだぞ!! 31泊、32日の地獄ツアーの開催なんだぞ!!」
こっちのパニックを見ても、彩芽は草原に佇むお嬢様みたいに涼しげな顔をしてやがる。
「自由くんとなら31泊、32日の豪華ツアーだよ?」
なんでこの子はこんなにも余裕なのだろうか。
「でも、残念ながらそんなに宿泊することにはならない。これは日帰りツアーになってしまう」
「は!? なんで……」
「普通に体育館を使用する部活が倉庫を開けるから」
「あ……」
そりゃそうだわな。授業が終わりなだけで部活はあるもんな。体育館を使う部活動がここを開けてくれるわな。
くそっ。俺も陽キャ(?)達もバカ丸出しじゃねーか。
「ぷくく。もしかして自由くん、本気だった?」
こちらの反応を見て、くすくすと笑ってきやがる、この雌豚め。
「うっせーよ。悪かったな、バカで」
「い、いや、別に……」
ぷーくすくすと笑われてしまう。すげー腹立つ。これがドMだったらご褒美なんだろうが、生憎と俺はMじゃねぇからな。
「まぁ、助けが来るまでは自由くんとここで待つことには変わりない」
そのまま彩芽はパタリとマットに寝転んだ。そして、自分の隣を軽く、ポンポンと叩いた。
「自由くんもおいで」
密室で女の子と二人っきりだなんて、意識しかしちまわないから立っていようと思ったが、いつ助けが来るかもわからないのに立ったままというのも辛い。
彩芽に導かれるように俺は彼女の隣に腰を下ろした。
すると、彩芽はいもむしみたいに動き出して俺の膝の上に頭を乗せてくる。
「ちょ!? 彩芽さん!?」
「だめ?」
「い、いや、そういう問題じゃなくて……」
女の子二人から告白されている立場の人間が、その二人以外の女の子を膝枕するだなんて、どちくしょうにも程があるだろ。こんなもん刺されても文句言えんぞ。
しかしだね。彩芽が膝枕してくるのはなんの嫌悪感もない。むしら嬉しいくらいだ。
「……がぅ、ぁぅ……」
こちらが葛藤しているのを知ってか、知らぬか、下から俺を見上げて来やがる彩芽。その綺麗な瞳には俺の壮絶焦っている顔がばっちりと映っている。
「ふふ。私、自由くんの膝枕好き」
「な!?」
こんのドMの雌豚め。今の心理状況でSっ気出してくんじゃねぇよ。もうどうして良いかわかんなくなるだろうが。そんで、こっちが焦ってる様子を見て楽しむなっ。それがお前の綺麗な瞳に映っていて、更に焦っちまうだろうが。
「あ、違った」
「な、なにが?」
「私は自由くんの膝枕が好きなんじゃなくて、自由くんが好き」
唐突な彼女のセリフに焦っていた時が止まった。
いま、あやめは、おれに、なんていった???
こちらの世界は止まっているが、相手側の世界は通常運転みたいだ。
「自由くんが好き」
容赦なく下から上へと放たれる好意の言葉でようやくと俺の時が動き出してくれた。
「ちょ、え? 彩芽?」
「ぷくく。自由くん。顔、真っ赤」
「そ、そりゃ、彩芽がいきなり……」
「告白されて膝まで自由くんのドキドキ伝わってきてるよ?」
「な!?」
「そんなに私でドキドキしてくれているんだね」
嬉しそうに言いながら身体を起き上がらせ、俺の隣に座ってくる。
「ど、えむの、くせし、て、なんでそんなにこーげきてきなんだよ」
嫌味の言葉を発したが、ドキドキしまくっており、自分でもうまく言葉が出せているのか曖昧であった。
「そうだね。多分、恋愛に関しては私、ドMじゃなくてドSなのかも」
あっけらかんと言い放って彩芽がこちらと目を合わせてくる。
「恋愛で受け身だったら他の女の子に負けちゃうから」
彼女の真剣な眼差しに吸い込まれそうになってしまう。
「それって、まさか佳純と有紗のこと──」
最後まで言葉にせずとも彩芽は頷いた。これは彩芽も、佳純と有紗が俺に告白してくれたことを知っている様子である。
「そりゃ体育の授業中にあんなことしてたらわかるよ」
やはり察しの良い子みたいだ。
「自由くんは佳純と有紗に告白されて随分と悩んでいると思う。だけど私はあなたのことに関してはSになる」
そうやってなんだか嬉しそうに笑いならが言ってくる。
「その悩みに私を追加して。私は本気だから」
彩芽まで俺に告白してくれるだなんて……。一体、どうなってんだよ。
「……初めて告白したけど、思っているより恥ずかしくない」
ぽつりとこぼす彩芽はそのまま容赦なく俺の膝に戻って来る。
「お、おい。彩芽……」
「さっき膝枕してくれた時にちょっと罪悪感のある顔だったのは選択肢に私がいなかったから。今は私を選択肢に加えてくれたはずだから遠慮なくできるね」
完全に彩芽に見透かされてしまっている。
「誰か見つけてくれる人が来るまでこのままでいたい。そして見つけた人が噂を流してくれればいいよ。『降井と月影が倉庫でイチャイチャしてた』って」
「なんか腹黒い計画が垣間見えるのだが」
「ガンガン攻めないと」
まったくもってドMの雌豚とは思えない発言。いや、今は俺がドMの豚野郎になっているのか……。
ドキドキする膝の重さ。彩芽のぬくもり。ちょっとだけ汗の混じったシャンプーの香り。
まるでラブコメの主人公みたいな展開に、俺の思考はぐるぐると渦を巻くばかりで、冷静になる暇なんて与えてもらえなかった。
──それでも、嫌じゃなかった。例えばこれが有紗なら? 佳純なら? 多分同じ感想だ。
自分でも気づかないふりをしていた感情が、ゆっくりと形を持ちはじめる。罪悪感と嬉しさ、その狭間でゆらゆらと揺れながら、俺は静かに彼女の重みを受け止めていた。
「ねぇ、自由くん」
「……なんだよ」
「今年の夏休み、きっといろんなことが起きる気がする」
その声は、いたずらな笑みと、ほんの少しの覚悟を孕んでいて──
「……期待してて」




