伯父様に、出会いました
「はいはい。怪我人はわたしの前に並ばせていいよ。パーッと回復しとくから。あ、そっちのふたりは少し休んでおきな。わたしが代わりにやるからさ」
次々と運ばれてくる怪我人を見て、アステールは仕方がないと溜め息を吐いた。
視界の端では、ステラシアが軽症者の治癒を星の力と薬の併用で行っており、そこそこの重症者をドゥーベルクの長女とマリンという女騎士が引き受けている状態だ。
もうひとりの姪は——と見てみれば、スターリアは姉のそばにピッタリと貼り付いて成り行きを見守っているようだ。
その表情に、「わたくしが手を出していいのかしら……」という不安気な様子が見て取れて、アステールは苦笑した。
(あの短時間でここまで懐くもんかねぇ……)
ハラハラそわそわしながら姉の手つきを見ているスターリアは、どこか微笑ましい。この事態を引き起こしている元凶である彼女を、微笑ましいのひと言で済ませていいとは思わないが。
それでも、親戚の身としては彼女の感情がなんとなくわかってしまうから、厄介なものだな、と思う。
大ホールの扉の外から、騎士がまたひとり怪我人を連れて入ってくる。
その様子に、アステールは僅かに眉を寄せた。
「おねがい、します……」
黒っぽい制服から察するに、魔獣討伐騎士団のどこかの部隊だろう。躊躇いなく怪我人を支えるその腕に、瘴気が纏わりついて渦巻いている。
この騎士は、少量の星の力持ちか。星の力の無い者が魔獣に襲われた者に触れれば、いくらも保たない。
貴族たちはそれをわかっている。だから、怪我人は外に放り出せと騒ぐのだ。たとえ、他者が触れても大丈夫なほどに怪我人が浄化されていても。
健常な者のいる場に魔獣被害者を連れてくる危険を、あの第一王子がわからないはずがない。
だからこその配慮だろうが……このままでは星の力を持つ騎士たちは動けなくなる。
「……はぁ。そこに寝かせなさい。それから、おまえもそこに座りな」
「へ……?」
怪我人を寝かせたあと、すぐに立ち去ろうとした騎士を、アステールは無理矢理床に座らせた。
ついでに、治しきれていない者も近くにまとめて集めるように、手の空いている者に声をかける。
貴族は、動かなかった。代わりに、助けられ動けるようになった平民やどこかの家の使用人が、アステールの指示に従って動き出す。
一瞬、冷ややかな瞳を見せたアステールだが、すぐに彼女の周りでバチバチと雷が走り出す。
瘴気で澱んだ空気を、アステールの雷が裂いて浄化していく。
ホール中の驚いたような視線が、すべてアステールへと向いた。
その中に、ガクルック伯爵家現当主である長兄の姿を見つけ、アステールはそうとわからないほどに顔を顰めた。
「……そこの騎士。アンタに纏わりついてた瘴気、無くなったでしょ? 動けるなら、チンタラしてないで外に行きなさい」
「は、はい……っ!」
どこかピリッとしたアステールの雰囲気に呑まれた騎士が、跳ねる勢いで立ち上がり駆け出していく。
向けられる視線を煩わしそうに振り払い、アステールは「さて、」と呟いた。
「とりあえず、わたしの力が残っている限りは癒してあげる。あ、怪我人以外は入ってくるんじゃないよ。邪魔だから」
どこも怪我をしていない貴族があわよくばと寄ってきたところで、アステールは鋭い釘を刺す。
星の力は、生命力。
たとえ怪我をしていなくとも、癒しの効果は相手に活力を与える。
だが、何度も言うが……生命力なのだ。
星の力を持つ限りは絶えず生命力は補完されるが、自身の生命力を使って他者を癒していることに変わりはない。
それなのに、健康な者に分け与えなくてはいけない道理があるだろうか。
「怪我してないなら元気でしょ。邪魔だからすっこんでな」
容赦のないアステールの言葉に、どこぞかの貴族の男の顔がサッと赤く染まった。
「き、さま……っ、平民の分際で、なんだその口の聞き方は……っ」
勢いよく振り上げられた腕が、同じような勢いで振り下ろされる様子を、アステールは黙って見つめていた。
やるならやればいいと思う。それがどういう結果になり、周りにどう見えていたのかを、あとで知ればいい。
ここには王族も全員集まっているというのに。
(馬鹿らしい……)
「師匠っ!!」
「アステール様!!」
遠くから、焦ったようなステラシアの声が聞こえてきた。疲労で休んでいたユーフィリアとマリンの声も重なって届く。
歯を噛み口を閉ざしながら、アステールは目を閉じなかった。やたら小さな見栄を傷つけられたらしい男の顔を、しっかりと網膜に焼き付ける。あとでどうやって仕返しをしようかと、振り下ろされる痛みを覚悟して考えた。
「ぐぁ……!?」
歯が折れないようにさらに食いしばったアステールの視界の端に、なにかが飛び込んできた。それは男の背後に回ると、振り下ろされかけた腕を掴んで捻り上げる。
さらにアステールは、腕を引かれて後ろへ倒れかけた。背中に、ポヨンとした柔らかな感触がある。
「あ、アステール……! 大丈夫!? なんで逃げないのキミは!?」
「あれ……リック? なに、元気になったの?」
のんびりしたアステールの声に、リックと呼ばれた小太りの男が愕然とした顔をする。
「元気だよ……元気。どこかのお嬢さんが治してくれて、そのあとキミが力を使ってくれて、ボクはとっても元気だ。走って駆けつけられるくらいにはね」
「ふぅ~ん? あ、少し痩せた? 走ったのに息あんまり上がってないみたいじゃない。いい加減、お前も早く結婚できるようにがんばりなよ。セラン男爵家に跡継ぎがいないのは問題じゃない?」
「な!? い、いまそれ関係ないだろ!? だいたい、ボクと結婚したい人なんて、いないんだから! き、キミだって……痩せてるほうがいいんだろ……」
途端にシュンとする男を見て、アステールは目を瞬いた。
「んん? まあ、太ってるよりは痩せてるほうが……というか、鍛えてるほうがいいよね。健康のために」
「け、けんこう……きたえる……」
ボソリと呟いた小太りの男がガクリと項垂れる様子を上から見下ろして、アステールは小さく笑った。
周囲に人が集まってきている。
リックと呼ばれた男は、後ろからやってきた知り合いの男に肩を叩かれ、慰められるようにして去っていく。
(さて……、っ!?)
振り向いたアステールへと、駆け寄ってきたステラシアが飛びついた。抱きつかれ、身動きが取れなくなる。
「し、師匠!? 大丈夫!? 大丈夫なの!? 怪我は……!?」
ペタペタと体中を弟子の手のひらが触れていく。遠慮なく顔まで手のひらで包みこまれ、あっちにこっちに角度を変えられる。
これじゃあ、まるでどちらが師匠と弟子なのかわからない。
そして、この遠慮のなさが、まるで二人で生活していたときと変わらなくて、アステールはクスリと笑った。
ステラシアの手はこんなにも大きくなった。優しくて、柔らかくて、温かい。本当は、いつまででも、この手を独り占めしていたいのに。
「平気だよ、ステラシア。そこの人が助けてくれたからね」
視線を向けた先には、未だに男の腕を掴んでいる別の男の姿がある。
短い金の髪に、紺色の瞳。どことなく、アステールやステラシア、スターリアに似た面差し。
「貴様がいま殴ろうとしたのは、私の妹だが……なにか、言い訳はあるか? と言っても、お前の愚行はこの衆目の中隠しきれるものでもないと思うが」
「ヒッ……が、ガクルック伯爵……!」
ギリッと音がしそうなほどに、貴族の男の腕が捻り上げられる。
痛みに顔を歪める男を一瞥し、ガクルック伯爵はアステールへと目を向けた。抱きついているステラシアを見つめ、ふと目を細める。
そのステラシアにくっついているスターリアにも柔らかく微笑む。
男の腕を握りつぶしそうな勢いとの落差が凄まじい。
「スターリア、久しいな」
「は、はい……伯父さま。お久しぶりです」
スターリアが、ステラシアから離れ挨拶をした。なぜそんなにも緊張しているのかと、ステラシアが首を傾げる。
「それから、お前がステラシアか。会うのは初めてだな。だが、私は昔からお前を知っている。ずいぶん大きくなったようだな」
「え、えっと……ステラシア、です。はじめまして……」
「そう緊張するな。私はこれでもアステールを心配しているんだ。こんどはぜひ我が家に遊びに来るといい。そこの愚妹も連れてな」
口で悪態を吐きながらも、ガクルック伯爵のアステールを見る目は柔らかい。殴られそうになった彼女を伯爵自ら助けに入るくらいには、大事に想っていることがわかる。
(わかる、のに……師匠)
当のアステールは、おもしろくなさそうな顔でそっぽを向いているのだ。
ステラシアは、抱きついていた師匠の体をグイッと前へ押し出した。
「ちょ、ステラシア……っ」
「師匠……助けてくれたんだから、ちゃんとお礼言わなきゃダメだよ」
「う……」
小さく呻いたアステールだったが、いつも弟子に言っていることを自分に返されてはどうすることもできない。
ゆっくりと伯爵の前へ歩み寄り、勢いよく頭を下げた。
「お兄さま! ありがとう!!」
そして、下げたと同じ勢いで顔を上げ、すぐに離れようとする。
その彼女の華奢な肩を、ガクルック伯爵は片腕で抱き寄せた。
片手で男の腕を圧し折りそうなほど握りしめ、もう片手でアステールの髪を柔らかく撫でる。二律背反を表に出しながらも両立させる伯爵の異常さを、きっと誰も気が付かない。
「アステール、無事でよかった。レナードには会ったか? エミールは騎士として城の外に出ていったと聞いた。あの屋敷から出たがらないお前がこんなところで怪我人を治癒している姿を見て……妹も、甥も無茶ばかりする。と、思えば、姪っ子たちまで治療にあたっているなど……私の心臓がいくつあっても足りないくらいだ」
「お、お兄さまの心臓はひとつでも絶っっ対壊れないから、大丈夫だと思うんだけど……」
アステールの返しは、ガクルック伯爵には届かなかった。いや、届いたのだが、薄い笑みのまま素通りされてしまった。
「父上」
「……ああ、ラッセル。この不届き者をどうにかしておいてくれ」
「承知しました。ですが、俺も従姉妹たちと挨拶したいので、あとで時間を作ってくださいね」
「わかったわかった」
ガクルック伯爵の後ろから現れた赤みの強い金髪の青年が、痛みに顔を歪めている男を受け取りどこかへと去っていく。
歩きながら、後ろから男の足を蹴飛ばしているのを、ステラシアだけが見てしまった。
驚いて口を開けるステラシアに気づいたラッセルと呼ばれた青年が、少しだけ振り向いてステラシアへと片目を瞑ってみせる。
口元が、「またあとでね」と動いて優しげな笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
そんなひと騒動があったりもしたが、星の乙女と言われる令嬢たちの治癒は、概ね順調に進んでいった。
ステラシアは、包帯を怪我に巻き付けながら、同時に微かな星の力を送り込む。時間をかければ治せるかもしれないが、今はその時間が惜しい。あとからあとから、王都の人間が運び込まれてくるのだ。
(アルト様……無事でいてください)
けが人の多さに思わず祈りを捧げる。
それから、自分の周りにいま、人がいないことに気がついた。
先ほど、アステールが殴られそうになったとき、駆けつけようとしたステラシアを止めたのは、すぐそばにいたイアンだった。彼は、ひと言「大丈夫ですよ、ステラ様」と言って、成り行きを見守っていた。
そして、あたりを見回して涼やかなその瞳を大きく見開くと、ステラシアの前に跪いたのだ。
『お願いいたします、ステラ様。いちど、お側を離れることのお許しを⋯!』
切羽詰まったその表情に、いちもにもなく頷いた。アルトラシオンに「イアンが望むなら、アイツの好きにさせてやれ」と言われていたからだ。
イアンが足早に駆けていく先には、騎士団員に抱えられて入ってきた一人の女性の姿があった。今にも折れてしまいそうなほどに細い体を、団員から引き受けイアンが支える。その手つきを見て、ステラシアは頬をわずかに赤く染めた。
あまりにも、その人のことが大事なのだと、イアンの手つきからわかってしまったから。
内心の動揺を隠すようにして、あのときアステールに飛びついたのだ。
まさか、あそこで師匠の兄に会うとは思わなかった。師匠——叔母の兄なら、当然、ステラシアの伯父だ。スターリアは彼が苦手なようだが、会ったことはあるらしい。
(まあ、それはそうだよね……)
家から出され隠れるように森で生活していた自分と違い、スターリアはずっと、エミールとともにあの家にいたのだから。
そのスターリアは、とあたりを見回せば、避難民の中に花を大量に抱えていた女性に向かって突進しているところだった。
久々になっちゃった⋯




