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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
8.

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わたしにできることを

 レナードとフローリアナが、アルフォレスタの前から揃って部屋の隅に下がってすぐ、開け放たれたままの扉から騎士がひとり入ってきて膝をついた。

 華やかな制服は近衛騎士団のものだ。

 魔法騎士団であればローブが必須。

 魔獣討伐騎士団は、有事に率先して動けるように装飾を極力排した騎士服を身に着けている。

 アルトラシオンであれば、そこからさらに余計なものを取り除いていて、いたって簡素だ。

 ただし、刺繍と服の生地にはものすごく拘っている。本人ではなく、周りが気を使った結果だとは思うけれど。王子に下級兵よりも目立たない服装をさせるわけにはいかない、という側近たちの……。

 そんな事を考えながらチラリとイアンを見て、ステラシアは小さく頷いた。彼の服装は華やかな近衛騎士のもの。

 護衛騎士とはそのようなものなのかもしれない。

 妙な納得をするステラシアを見下ろしたイアンが、不思議そうに首を傾げていることには気が付かず、彼女は入ってきた騎士の言葉に耳を傾ける。


「陛下、御前失礼いたします!」


「うむ。どうした?」


「はっ、大ホールに中位以下の貴族たちが集まりはじめました。それから王都の民と……怪我人も複数」


 やはり、怪我人がいる。

 逃げるときに転んだとかでできた傷ならまだいい。だが、魔獣に負わされた怪我だと、厄介だ。


「通常の怪我人は、王宮医が見て薬と聖魔法で治癒しております。ですが、瘴気による怪我人も多数おり、手が出せない状態です。魔獣討伐騎士団の星の力持ちが触れられるほどには瘴気を浄化していますが、治癒までは至らず……」


 そこで言葉を濁す騎士に、アルフォレスタが先を促す。

 曰く、魔獣討伐騎士団第二部隊がアルトラシオンの采配通りに、王都に出没した魔獣を倒しながら避難民を王城に誘導しはじめた。

 だが、そのなかには通常の怪我をした者と、魔獣により怪我を負わされた者が混ざり合っていた。

 魔獣による怪我には第二部隊の星の力持ちが瘴気を触れられるほどに浄化した上で大ホールに連れてきたが、王宮医では治癒ができない。もちろん薬などは効くはずもない。

 瘴気による侵食を抑え完全に治癒ができるのは、星の乙女だけだ。星の力は男女関係なく与えられるものではあるが、男女でその力の差には大きな隔たりがある。

 星の乙女以上の星の力を持つアルトラシオンが異例なのだ。

 大ホールに集められた瘴気の侵食に呻く怪我人を、同じく大ホールへと避難してきた貴族たちは疎ましく思ったらしい。


「……瘴気が伝染るからいますぐ外へ放り出せと騒ぎ始めております」


「愚かな」


 呻くようなアルフォレスタの言葉を否定するような者はここにはいない。


「先ほど、エミール第二部隊長が、魔法騎士団第二部隊を率いて王都に降りました」


「……お兄さま」


 ステラシアの腕を掴むスターリの手がカタカタと震えている。


「それから、クリフォード殿が魔獣討伐騎士団と魔法騎士団の第一部隊を半分に分けてこちらも王都に向かいました」


「クリフォード様……」


 ステラシアの後ろで、マリンがポツリと呟いた。

 ステラシアは、視線だけをマリンへと向ける。

 気丈な彼女だけれど、その顔は少し青白い。


「貴族のみなさまの不満が高まっており、危険です。国王陛下ならびに王妃陛下におかれましては、私室への避難を——」


「ならぬ」


「駄目よ」


 騎士の言葉を遮るように、アルフォレスタとクリスティアの言葉が重なった。

 ふたりは視線を交わし合うと、互いに無言で頷いた。


「大ホールに向かうぞ」


「しかし、陛下……!」


「いま、行かないで、いつ行くというの。あなたたち近衛が守ってくれるのでしょう?」


 手にした扇を開きながら、クリスティアが流し目で騎士を見下ろす。そして、そのまま部屋にいる騎士全員を見回した。

 誰かの喉がゴクリと鳴る音が聞こえてきた。いっせいに騎士たちの背がピンと伸びる。


「……あの! わ、わたしたちも行きます!」


 その空気のなか、手を伸ばして声を上げたのはステラシアだった。

 もうすでに王族として父母の後を追おうとしていたローゼリアが驚いたようにステラシアを振り向く。

 困って表情でローゼリアを止めようとしていた、彼女の専属護衛騎士も同じような顔でステラシアたちを見ている。


「ステラ?」


「怪我人がいるんですよね? わ、わたしも、お手伝いします! わたしも、少しは力が使えるようになってきたし——いいよね?」


 ステラシアが確認のために視線を向けたのは、アステールだった。

 弟子に力を使わないようにと制限をかけたのはアステールだ。それは、ステラシアが凶星として覚醒しないようにという、アステールの思いからだったのだが——。

 アステールは、縋るように見てくるステラシアの濃藍色の瞳を見つめ、髪をかき上げた。

 弟子とよく似た紺青色の瞳を細めると、大きく溜め息を吐く。


「おまえはやっぱりそういう子だよねぇ……まあ、いいよ。どうせわたしの封印なんてもうほとんど意味ないし」


「え?」


「もうほぼ解けかけてるってこと。——あとはおまえ次第だ、ステラシア」


 アステールが腕を伸ばす。ぽけっとしているステラシアの額に指を押しつけ、ツン、と弾いた。


「お、お姉さまが行くのなら、わたくしも……い、行きますわ!」


「スターリア」


 濃い金の瞳が、まっすぐにステラシアを見ている。断られることを恐れて揺れながらも、逸らされないそれを見返して、ステラシアもまた頷いた。


「当然、わたしも参りますよ、ステラ様」


「ええ、私も。私には星の力はありませんが、あなたをお守りいたします」


 ステラシアの後ろからマリンとイアンが進み出ると、微笑みながらそう言ってくれる。

 そのふたりの姿に心強さを感じながら、ステラシアもまた彼らに微笑みかける。


「では、全員で大ホールに行きましょう」


 クリスティアの言葉に、全員が動き出す。無論、部屋の隅で存在を消していたアクルークス前伯爵夫妻も、騎士に囲まれて歩き出す。


「しかたないなぁ。わたしの力も貸してやるかぁ」


 頭の後ろで手を組んだまま歩き出すアステールに、ステラシアはクスリと笑った。

 耀星の乙女の力を見せてやるかぁというのんびりした声音に、「シャキッとしなさい」というクリスティアの呆れたような声が廊下に響いた。


 ◆ ◆ ◆


 近衛騎士たちに囲まれながら辿り着いた大ホールは混乱の渦中にあった。

 ホールの床に寝かされた王都民からは、薄く瘴気が立ち昇り、微かに異臭がしていた。これは、魔獣が放つあの臭気だ。ヒトの骨と肉を侵食していく腐った臭いだ。

 王宮医が通常の怪我人を治癒していく聖魔法の光があちこちで上がっている。

 その合間に、赤いドレスで魔獣による怪我人をひとりずつ診ている豪奢な金髪の少女の姿がある。


「ユーフィリア様!」


「ラズリア様、わたしたちも手伝います」


「マリン先輩……ステラ」


 ひとりの瘴気による侵食を治癒したユーフィリアが、顔を上げて額の汗を拭う。

 ステラシアたちが応接室で話をしていた間、アルトラシオンを追いかけていったはずのユーフィリアはどれだけここで治癒をしていたのだろう。

 彼女の白い頬には、少しばかり疲労の色が浮かんでいた。

 いくらユーフィリアが任命されたばかりの明け星の乙女だとしても、ひとりでこの人数を診るのは現実的じゃない。


「助かりましたわ。わたくしより弱いとは言っても、マリン先輩も星の乙女ですもの。いないよりはマシですわね」


「またそういう言い方をして……素直に助けに来てくれてうれしい! と言ってもいいのですよ、ラズリア様」


「なっ、な、な……べ、別にそんなこと! お、思ってます、けど……っ」


 途端に顔を真っ赤にするユーフィリアを見て、マリンが温い笑みを浮かべる。

 本当に、このふたりの関係が謎だと思うステラシアである。

 と、そこへまた新たな魔獣による被害者が運び込まれてくる。


「マリンさん、ユーフィリア様。わたし、あっちを見てきます!」


「あ! ステラ様、お待ちください……!」


 スターリアを腕にぶら下げながら駆け出すステラシアを、マリンが慌てて追おうとする。

 その彼女を片手で制したのは、イアンだった。


「ステラ様には私が付いていきます。あなたはユーフィリア嬢と組んで治癒に当たってください。……くれぐれも、無理だけはしないように」


 そう言い残して主と同じく駆け出すイアンをマリンは見送った。騎士としてはイアンはマリンの上官にあたる。故に、そう言われてしまえば、従うしかない。

 彼女を一瞥したユーフィリアが、「別にあちらに行ってもいいですわよ」と言う声にハッとして、マリンは頭を振った。


「いえ、イアン様は信頼できます。腕も立ちますし、あの方以上にステラ様をお任せできる方はいません。こちらはこちらで治癒に専念しますよ、ラズリア様。……というか、あなたは少し休んでいてください」


「まだいけますけど……わかりましたわ。マリン先輩の意見に従いますわよ」


 不貞腐れたように、それでもマリンが残ったことに嬉しさを隠しきれないユーフィリアに小さく笑いながら、マリンは呻き声を上げる他の怪我人の治癒に集中することにした。


 ◆ ◆ ◆


 大ホールに入った途端駆け出していったステラとマリン、それから姉の腕にぶら下がったままのスターリアの背中を見送って、ローゼリア心を落ち着かせるように息を吐いた。

 目の前には、国王である父と、王妃である母の背中がある。

 いつもは兄ふたりの背中を見て、後を付いていくのだが、いまそのふたりはここにいない。

 ホール中の貴族の視線がいっせいに自分たちに注がれるのを感じて、ローゼリアは微かに身を震わせた。


「殿下、大丈夫ですか?」


 傍らに立つ専属護衛のリカルドがこっそりと話しかけてくる。ドレスの裾で見えないようにしながらそっと手に触れられて、そのぬくもりに震えがスッと引いていった。


「……ありがとう、リカルド」


「いいえ、オレはいつでも姫さまの味方ですよ」


 幼い頃のような呼び方をされ、思わず口元が緩んでしまう。

 いまは、そんな笑っていられるような状況ではないのに。


(困ったものね、恋というものは)


 兄たちのように開き直れないのが少しだけ窮屈だな、と思う。

 それこそそんな場合ではないのに高鳴る鼓動を抑え込み、ローゼリアは薄っすらとした笑みの下に感情をしまい込んだ。


 大ホールの一段高い場所に、王族が顔を出す。それだけで、混乱して喚いていた貴族たちが黙り込む。

 国王が労いの言葉を投げかければ、その場にいる全員が紳士淑女として頭を垂れた。


「いまは非常事態だ。故に、王都の民にも避難所として王城を開放した。これは、第一王子の策であり、国の王たる私が承諾したことである。それでも意見のある者は、この場で名乗り上げるが良い」


 いつもの定位置に、国王と王妃、それが王女が腰掛ける。

 国王の言葉に、王妃も王女も異を唱えない。そのようななかで不平を告げる勇気のある者は下位貴族にいるはずもない。

 なにか発言できるとすれば上位貴族——すなわち星の名を冠する貴族家だろうが、まだ彼らの姿はここにはない。

 いや、いるにはいる。ただし、公爵令嬢であるユーフィリアと筆頭伯爵家に引き取られたマリンは怪我人を治癒して回っており、侯爵令息であるイアンはステラシアの護衛を務めており、辛うじて筆頭伯爵家の令嬢だとスターリアが認識されている。その彼女も、怪我人の間をとある少女にくっついて歩き回っている。

 そのとある少女が、星の名を冠する筆頭伯爵家——アクルークス伯爵家の令嬢だと貴族たちはまだ知らない。

 アステールが同じく耀星の乙女だと知る者も、どこにもいない。


「上位貴族の彼女らが、怪我人を介抱して回っているというのに、なぜそなたらはそこで縮こまっている? 手の空いている者は動くが良い。怪我人は増え続けるぞ」


「はっはっは。陛下、彼らにそれは無理というものでしょうなぁ」


 困ったように顔を見交わす彼らの奥から、緊迫し空気にそぐわない朗らかな声が届く。

 赤みの強い輝くような金髪に、少しふくよかな体型。焦げ茶色の瞳には柔和な光が宿っているが、貴族たちを見渡すそれは少しだけ冷めているようにも見える。


「ドゥーベルク公爵。随分と遅かったな」


「いやぁ~、領地の状況を確認していたら、時間がかかってしまいましてな。あと、外にいた者たちには城への避難を促して、屋敷にいた使用人たちは鍵をかけて籠もっておくように指示を出したりして……まあ、大変だったのですよ」


 はっはっは! と笑うのは、ジェラルド・エスコルノ=ドゥーベルク公爵。大変この空気にそぐわない笑上戸だが、それが貴族たちの緊張を解きほぐしてしまう。


「そなたの娘は随分と貢献してくれている」


 緩んだ空気に石を投じるようにアルフォレスタが言葉を発すれば、貴族たちの顔にまた緊張したものが走る。


「そうでしょう? 私の娘は非常に優秀で、かわいくて、ちょっと性格がアレですけど愛らしいのですよ!」


 チラリとユーフィリアに視線を向けたジェラルドが、胸を張って両手を広げる。

 あまりにも芝居がかったそれを見て、ローゼリアは視線を伏せた。サッと扇で口元を隠す。


「姫さま、笑っちゃダメですよ」


 後ろからリカルドが注意をしつつ腕をつついてくる。そのせいで、細かく震えてしまっていることがバレた。

 おそらくその前からリカルドには気づかれている。


(だ、だって……ユフィがあまりにも不憫でしかたないんだもの……っ)


 扇の内側で囁いた声は、誰にも届かない。リカルドと、少し前にいる国王と王妃以外には。

 こみ上げる笑いを押し殺しながら、ローゼリアは扇の端から大ホールの入り口辺りに目を向ける。

 公爵曰く性格がアレなご令嬢は、いまもまだ怪我人の間をヒラヒラと駆け回っている。

 マリンも、ステラシアも、自分にできることをせいいっぱいやっている。

 ならば自分も、与えられた役割を熟さなくてはいけない。"王女"という枷を、いまはまだ。


「ジェラルド、あのな。そなたの娘も素晴らしいと思うが、やはり俺……ウォッホン、私の娘もまた……な」


「陛下、それ以上は嫌いになりますわ」


「…………ぅ、うむ」


 ドゥーベルク公爵の娘自慢に便乗しようとしたアルフォレスタにだけ凍えるような声音を届け、ローゼリアはまた薄っすらとした笑みを浮かべるのだった。

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