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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
8.

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襲来①

 クリフォードを伴いながら、アルトラシオンは城の回廊を足早に抜けていった。

 付かず離れずの気配から、ウィルフレッドも追ってきていることがわかる。


「ウィルフレッド、状況はどうなっている?」


 静かな声で、アルトラシオンがウィルフレッドに確認する。


「殿下の采配通りに、騎士団は動いております。魔法騎士団の第一と第二部隊はアストリオル様とエミール殿がまだ来られないので、待機中ですが。第七から第十部隊が城壁の外で魔獣と交戦中。第三から第六部隊は市街地で交戦中。魔獣討伐騎士団の第二部隊は避難民を誘導中、第一部隊は城の中で貴族と平民の対応中です。近衛は全員王族方の護衛と城内の警備に回っております」


 四方から飛んでくる伝言鳥を捌きながら、ウィルフレッドが必要な情報を取捨して応える。

 その無駄のない報告に内心で苦笑しながら、アルトラシオンは歩く速度を速めた。


「想定どおりだな。クリフォード、城内にいる魔獣討伐騎士団の第一部隊を半分に分けろ。俺とお前で指揮して、魔獣どもに突っ込むぞ。残りはアストリオルの指示に従うように伝えてくれ」


「……わかった。おまえはどうするんだ? アルト」


 アルトラシオンの指示に短く頷き、クリフォードが前を行く主を静かに見返した。

 赤みの強い茶色い瞳が、ヒタリとアルトラシオンを見据えている。

 その視線を感じながら、第一王子は不敵に笑みを浮かべた。敵を前にしたときにも見せないような、好戦的な笑みだ。


「無論、先に行く」


「なっ、馬鹿なこと言うな! ひとりにできるわけねぇだろ!」


 声を荒げたクリフォードを置き去りに、アルトラシオンは回廊の終わりを駆け出した。

 城の入口を尻目に、厩舎へ向かい馬を引き出す。自身の相棒に跨ると、喚くクリフォードに目もくれずあっという間に城下へと走り去っていく。

 呆然とするクリフォードの元へ、前方から鳥が飛んできた。アルトラシオンからの鳥だった。


 "言うとおりにしてさっさと追いついてこい"


 そんな文言が宙に浮かび、サラサラと消えていく。本当に簡易な伝言鳥をだ。


「ああ、もう、クソ!」


 貴族の令息とは思えない罵りを落としながら、クリフォードは第一部隊がいるだろう城の大ホールへと向かって走り始めた。

 そんなクリフォードを呆れた様子で見送り、ウィルフレッドは主の背を追いかけるため高く跳躍した。


 ◆ ◆ ◆


 馬で城下の市街地を駆け抜けながら、アルトラシオンは無心で腕を振るった。剣に、浄化の焔を纏わせながら、街にまで入り込んだ魔獣を切り裂いていく。

 まだ陽の高い昼間の時間だ。冬の陽射しとはいえ明るい。それなのに、この魔獣の数。

 思わず、チッと舌打ちをする。


(あの娘が、あの時呼んだのだろうな)


 ステラシアの妹の、スターリア。

 アルトラシオンが愛しいと思う女と、まったく真逆の女だ。

 あの女が、魔獣を呼ぶ"凶星"なのだろうと、アルトラシオンは見当をつけていた。

 ステラシアは絶対に凶星などではない。

 アルトラシオン自身は託宣が嫌いだが、託宣(それ)が間違うことのないことを知っている。

 ステラシアが凶星でないのなら、双子の妹であるスターリアがそうであるとしか考えられない。

 アルトラシオンは、スターリアの告白を聞く前に城を後にしたため、彼女が自身を"凶星"だと認めたことを知らない。知りはしないけれど、確信していた。

 あの娘の感情が爆発した時、金の瞳が赤く濁ったのを見たのだから。


(魔獣の侵攻が思ったより速い。それに……数が多いな)


 横道から飛び出てきた魔獣を一体、馬上から刺し貫く。

 と、その後ろからもう一体の魔獣が現れる。――いや、二体、三体と数がどんどん増えていく。

 あっという間に周囲を囲まれ、さすがに肝の座った馬もブルリとその身を震わせた。


「……討伐が追いついていない、か」


 魔獣討伐騎士団は基本、二人一組が基本だ。剣を扱う魔力持ちと剣を扱う星の力持ちを組み合わせる。

 男の星の力持ちは数が少ない。だからといって、前線に星の乙女を送り出すわけにもいかない。だが、魔獣を完璧に浄化して倒し切れるのは、星の力を持った者だけ。

 だから、マリンのように星の力を持った女性騎士は貴重な存在だ。

 問題は、女性騎士が魔獣討伐騎士団に所属していないこと。そして、圧倒的に人数が少ないこと。

 星の乙女が騎士になることなど、そうそうない。ほとんどが神殿に取られてしまうからだ。

 故に、出動前にユーフィリアが同行を申し出てきたことは、心の底から嬉しかった。喉から手が出るほどの人材だ。マリンをステラシアに付けている現状では。

 だからといって、ユーフィリアを連れて行くことはできなかった。

 なにせ彼女は王家に次ぐ高位貴族の令嬢だ。それも、ドゥーベルク公爵家の一人娘。

 公爵の許可なく前線に送り出すことなど、できるわけがない。


(だから、魔法騎士団も魔獣討伐に組み込んだのだが……手こずっているようだな)


 先ほどから剣を振り続けて、アルトラシオンは気づいていた。

 まだ昼間だというのに、この魔獣たちの力は夜以上だ。魔獣は星の堕ちた夜の闇から生まれる。そのため夜は彼らの時間。彼らの力が強まる時間。

 そう思われてきたはずなのに。

 一体、一体の強さが、これまでとは違う。


「スターリア嬢の感情の爆発が、普段よりも強かったから、とかか?」


 魔獣に囲まれながら、アルトラシオンは馬の背の上で空を仰いだ。

 あの空の向こうの星々は、いまは地に堕ちているのだろうか。

 グルルル……と獣の唸り声がした。跨っている馬の胴震いが大きくなる。

 ここまでだな、とアルトシオンは呟いて、馬から降りた。手綱を離すと愛馬が怖がるように足踏みをした。


「大丈夫だ。道は斬り開く。隙間が空いたら、お前は逃げろ」


 汗で濡れた首をぽんぽん叩きながら囁やけば、恐怖のなかにも知性の宿った黒い瞳が、アルトラシオンをしっかり見つめていた。言葉は通じたらしい。


「……俺の浄化の焔でお前らを焼き払ってやる」


 馬から降りたせいで、瘴気による酷い臭いが濃くなった。呼吸をするたび、肺の奥まで怖気が支配しようとする。

 湧き上がる吐き気を飲み下し、アルトラシオンは剣を構えた。焔が剣身を覆っていく。

 躍りかかってきた魔獣を斬り伏せ、返す刃で背後から迫っていたもう一体の心臓の辺りを貫く。

 浄化され、細かな塵となっていく様を見ることなく、剣を振り続ける。

 ある程度隙間ができたところで、アルトラシオンは馬の尻を叩いた。

 嘶きながら、愛馬がもと来た道を駆けていく。その後を追おうとする獣に向かい、アルトラシオンは雷を放った。

 魔力で作り出した雷だ。星の力ではないせいで、魔獣を倒すことはできない。だが、足止めにはなる。


「……城には行かせない」


 絶対に。

 あそこには、ステラシアがいる。

 だから、絶対に王城へは近づけさせない。


「ここに、貴様たちの居場所はない。王都にもこれ以上立ち入らせはしない」


 魔力で焔を練り上げ、星の力を混ぜ合わせて剣にまとわせる。踏み込み、襲い来る魔獣を一体、一体相手にするが、やはり数が多い。埒が明かない。

 そして、強い。


(このままでは、騎士団が押されるか)


 ならば、魔獣全体の勢いを削ぐしかない。

 アルトラシオンは、片手で剣を振りながら、もう片手を空に向かって伸ばす。


「水よ……光の雨となり、すべてを洗い流せ!」


 普段であれば、自身の見える範囲のみに広げる水の雨を、アルトラシオンは王都全体に広げた。

 その分、威力は弱まるが、浴びれば魔獣の動きは格段に弱まるはず。

 現に、目に見えて周囲の魔獣たちの動きが鈍っていた。

 そこを突いて、アルトラシオンは剣を閃かせる。

 あっという間に見える範囲の魔獣を殲滅し、彼は深く息を吐きだした。


「そういえばここは……王都のメインストリートか」


 辺りにサッと視線を走らせ、アルトラシオンは呟いた。

 人の気配はない。きっと王城まで避難したのだろう。建物の中にも魔獣の気配はない。

 ただ、人気なくシンと静まり返っている。

 以前、ステラシアとデートした時には、活気がありとても賑やかだった場所だ。

 いまは、死んだように沈んでいる。そこかしこに魔獣による瘴気が漂い、酷い臭いがしている。

 いくら魔獣討伐で嗅いできたものとは言え、慣れることはない。慣れたいとも思わない。だが、戦いにおいては慣れるしかない。


「アルト!」


 彼方から蹄の音が聞こえてきた。

 自身の馬に乗ったクリフォードが、アルトラシオンの名を呼びながら駆けてくる。その横ではアルトラシオンの愛馬も並走している。戻ってきたらしい。

 あの包囲網から逃げ出したあと、安全そうなところに潜んでいたのだろう。賢い子だ。


「アルト! おまっ、また無茶して……っ」


 後ろから騎士を何名か引き連れたクリフォードが、アルトラシオンのそばで馬からヒラリと飛び降りる。

 よく見れば、魔獣討伐騎士団と魔法騎士団の第一部隊が半々だ。さすが、なにも伝えなかったが、クリフォードはわかっている。星の力を持った騎士が半分いる。

 アルトラシオンは、微かに口角を吊り上げた。彼が笑ったとわかったのは付き合いの長いクリフォードだけだ。

 そのクリフォードは、不審そうに眉を寄せる。


「おまえ……なに考えてる?」


 すぐに笑みを消したアルトラシオンが、クリフォードを横目で見遣った。

 手のひらを上に向け、いくつもの鳥を形作っていく。

 魔力だけで練り上げた簡易な伝言鳥だ。

 この芸当ができるのは、この国でアルトラシオンとアストリオルしかいない。

 本来なら、文字を綴った手紙を魔力で鳥の形にして飛ばすのだが、いまは時間が惜しい。


「戦況はどうなっている?」


 鳥に託す言葉をどうするか悩みながら、アルトラシオンは問いを投げつけた。

 いまのいままで城で部隊を編成していたクリフォードには、それに応える術がない。それをわかっていたかのように、建物の上のほうから声が返る。


「先ほどの殿下の清流雨で勢いが落ち、王都に侵入した魔獣の討伐ははまもなく終了しそうです。ですが、城壁外にはまだ群れがいます。第七から第十部隊が押し留めていますが、突破されればまた王都に溢れるかと」


「王都内に魔獣が現れる様子は、いまのところない、か」


 それは、スターリアの感情が落ち着いたからだと捉えて良いのだろうか。

 顎に手を当てつつ、アルトラシオンはチラリと建物の上へと視線を向ける。


「怪我人は」


「それなら、何人か搬送されて庭に集められていた。城内に入れることを貴族どもが反対していてな……瘴気が感染(うつ)るだのなんだのと。ったく、感染(うつ)らねぇよ……。まあ、そっちはドゥーベルクのご令嬢とか、マリンとかが対応するだろ」


「怪我人を外においているのか……いっそ殺してやったほうが幸せだろうな」


 クリフォードの吐き捨てるような言葉に、アルトラシオンも鼻を鳴らした。

 瘴気は侵された本人が蝕まれるだけで、触れなければ問題はないというのに。

 苦しむくらいなら、その苦しみを取り除いてやればいいのに。

 クリフォードが口を噤み、アルトラシオンに責めるような目を向ける。

 その視線に気づかないふりをして、アルトラシオンは手元の鳥たちに言葉を刻み込んでいく。


「魔獣討伐と魔法騎士団に告ぐ。第一部隊は半分私が預かる。残りと近衛騎士団はアストリオルに託そう。第二第三部隊は避難誘導から私の部隊に続け。王都の外に出る。第四から第六部隊は、このまま王都内の魔獣の有無を確認し、見つけ次第討伐しろ。避難誘導もおまえたちに任せる。以上だ」


 パアッと光った鳥たちが、いっせいに王都のあちこちに飛び立っていく。


「おまえたち、聞いていたな? 我々はこれから王都の外に討伐に出る。必ず、星の力持ちと二人一組になって行動するんだ」


 揃った声が閑散とした王都に響き渡る。遠くから、微かに走る足音も聞こえてくる。伝言鳥を受け取った第二部隊と第三部隊が合流しようとしているのだろう。

 騎士団の部隊編成は、基本的に一部隊二十人。騎士団ふたつ分の二部隊だと四十人にもなる大所帯だ。

 その彼らの足音を耳にしながら、アルトラシオンは再び戻ってきた愛馬にヒラリと飛び乗った。

 なにか言いたげに口を半開きにしていたクリフォードもまた、鐙へと足を掛ける。


「……行くぞ」


 第二第三部隊が追いつく前に、アルトラシオンたち第一部隊は馬を駆り出した。

 人気のない大通りをまっすぐに突っ切り、王都の大門を目指す。

 先ほどの清流雨によって王都内の瘴気はだいぶ薄まったが、王都郊外はどんよりと淀んでいる。

 肺の奥を軋ませるほどの濃厚な瘴気が漂っている。

 門番の消えた大門を馬で走り抜け、アルトラシオンは一気に手綱を引いた。

 驚いた馬が嘶きながら急停止する。

 そして、アルトラシオンは止まりきれない馬から、躊躇なく飛び降りた。


「ここはもういい。おまえは戻れ。王都内にいろ。危険だ!」


 馬首を巡らせると、思い切り愛馬の尻を叩いた。


「ヒヒィィン!」


 慌てたように走り去っていく馬が王都の城壁の内側に消えていくのを確認し、アルトラシオンは腰から剣を抜いた。

 視界が悪い。瘴気が濃い。肺が焼かれるようだ。

 ねっとりと肌に絡みつくような空気が気持ち悪い。

 アルトラシオンと同様に、馬を城壁の内側へと戻したクリフォードたちが駆け寄ってくる。

 幕を隔てたような瘴気の向こう側に、剣戟の音と魔力の爆ぜる光が見えている。


「援護に回れ!」


「はい!」


 叫んだ瞬間、靄の向こうから巨体が躍り出る。ボトボトと真っ黒な澱みを垂れ流しながら、真っ黒な顎が開かれアルトラシオンを狙う。

 咄嗟に剣でその口を斬り裂いた。断末魔のような獣の悲鳴が上がる。


「焔よ……すべてを焼き尽くす業火となりて、魔を浄化せよ!」


 剣を振りかざしながら、アルトラシオンは魔力で焔を練り上げた。そこに星の力を注ぎ込み広範囲に殺傷能力と浄化能力の高い焔の渦を広げる。

 あっという間に、潜んでいた魔獣と周辺の瘴気が消えてなくなっていく。


「……っ、はぁっ、はあっ! くっ……」


「馬鹿アルト! ソレは消耗が激しいから最後の砦にしとけって言ってんだろ!!」


「……うるさいぞ、クリフォード」


 地面に剣を突き立て体を支えるアルトラシオンを、クリフォードが叱る。

 これでは六年前となにも変わらない。本当に。


「なら、水で洗い流すだけだ」


「だから……っ、ああー! もう!」


「うるさいぞ、クリフォード」


「ウィル!! おまえも少しは心配しろ!!」


「愛称で呼ぶな脳筋バカ」


 ぎゃあぎゃあとうるさい幼馴染にふ、と笑みを浮かべたアルトラシオンは、浄化の雨を周囲に降らせながら、ふと上を見上げた。

 濃い瘴気のせいで、昼間であろうはずの空を見ることは、できなかった。

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