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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
8.

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魔獣の乙女/陰り星の乙女

 慌ただしく、騎士が何人も行き来する。

 本来なら、騎士団舎のほうへと向かわなくてはいけないはずのアルトラシオンが、この応接間から出ようとしなかったせいだ。

 高位貴族だけではなく、王家の人間が全員勢揃いしている光景に、入室する騎士たち――主に魔獣討伐騎士団の皆がぎょっとした顔を見せるが、誰も指摘しようとしないのだから致し方ない。

 第一王子宮で顔馴染みとなった近衛の騎士も、何人かステラシアは見かけた。

 魔法騎士団副団長のアストリオルと、第二部隊長であるエミールもこの部屋にいるため、魔法騎士団員の出入りも激しい。

 そもそも、アルトラシオンがこの国の騎士団の総括団長である。全員が彼の言葉を待っている。


「魔獣討伐騎士団と魔法騎士団の、第七から第十までの部隊を王都外の防衛に回せ。第三から第六までの部隊は、王都内で迎撃を。第二部隊は討伐しながら王都民の避難誘導にあたれ。第一部隊は王城で待機。陛下たちの護衛を任せる。父上、構いませんね?」


 アルトラシオンの問いかけに、アルフォレスタがしかつめらしい顔で頷いた。

 アストリオルも、と兄に顔を向けられ、第二王子も迷いなく顎を引く。


「陛下。避難のために、王城の開放を求めます」


 アルトラシオンの言葉に、室内がざわりと揺れる。

 静かに彼へ目を向けた国王が、目だけでその真意を問う。


「どうせ、王都にいる貴族は王城に集まるのでしょう? それならば、平民だろうがなんだろうが全員城に入れてしまえばいい。守るなら、まとまっていてくれたほうが手間が省けます」


「それもそうですね」


 そう同意したのはエミールだった。


「僕は、兄上の決定に従うよ」


 肩を竦めてアストリオルも受け入れる。

 他の騎士たちも、みな揃ってアルトラシオンを見ていた。彼らの従うべきは、上司である総括騎士団長と国の最高峰にいる者の言葉だ。

 アルフォレスタは、暫くアルトラシオンを眺めていたが、重々しく頷いた。


「良いだろう。城の大広間を開放しろ。入れるだけ避難してきたものを受け入れるのだ。大広間に入り切らない者は庭へ誘導を。大規模な結界を張ることを魔法騎士団に要求する。ただし、立ち入れるのは大広間と庭だけだ。それ以外の侵入は許さん」


「はっ!」


 アルフォレスタの低い声に、その場にいた騎士全員が、揃って国王に頭を下げた。


「聞いていたな。王城待機組の第一部隊と、近衛騎士団はすぐに対応しろ! ただし近衛の一部は王族の護衛のために残れ!」


「はい!」


 アルトラシオンの指揮が飛び、騎士たちが廊下を駆け出していく。国王と第一王子の言葉を待機している騎士全員に伝えに行ったのだろう。


「ステラ。俺は、出ないといけない。イアンとマリン嬢を置いていく。無茶を、するなよ」


 ステラシアの目の前で、イアンとマリンが胸に手を当てて頭を下げる。イアンの表情がいつもより強張っているように見え、ステラシアは困惑した。

 そんな彼女の耳元に、アルトラシオンが腰を屈めて口を寄せる。


「イアンに関しては、アイツがなにか言ってきたら認めてやってくれ」


「え……?」


 問い返す前に、アルトラシオンの唇がステラシアの耳へ軽く押し当てられた。ちゅ、という小さな水音が聞こえ、頬に熱が集まってくる。


「ローゼリアとユーフィリア嬢もいる。ここは安全だ。大丈夫だから、心配するな」


 アルトラシオンの手のひらが、ステラシアの髪を撫でる。エミールにも撫でられたから、もう髪型はぐしゃぐしゃだ。

 それでも、ステラシアはそんなこと気にならなかった。

 それよりも、遠くから響いてくる地響きのほうが恐ろしい。

 それから、ステラシアにくっついたまま、青褪め震えているスターリアが気になる。明らかに様子がおかしいのだ。


「アルト様……必ず、ご無事にお戻りください。絶対絶対、怪我なんかしないで……」


 宥めるように頭を撫でるアルトラシオンの手を、ステラシアは両手で握りしめた。祈るように額に押し当てる。

 アルトラシオンの紫眼が微かに見開かれた。次いで、外向けの無表情の仮面が剥がれ落ち、柔らかな笑みが浮かぶ。その変化を、ステラシアが見ることはなかった。

 周囲の息を呑む声に顔を上げた瞬間、アルトラシオンの腕に抱きしめられたから。


「わかった。だが、大丈夫だ。俺は強い。お前は見てただろ?」


「……はい」


 すぐそばから聞こえるアルトラシオンの囁くような声に、ステラシアはなんども頷いた。そのたびに頭の後ろを優しく撫でられ、目の前が熱くなる。


「……ステラ。戻ったら、お前に話したいことがある」


「アルト様?」


「――だから、いい子で俺の帰りを待っていろ」


 耳元で、いつもより強引な声が、低く囁いた。だからステラシアも、アルトラシオンの耳に届くだけの声量で是と返す。

 小さく吐息のような笑い声がステラシアの耳を震わせた。

 体を離した時にはもう、アルトラシオンの顔に浮かんでいただろう笑顔はなかった。

 引き締まった表情で室内を見回し、国王と王妃に頭を下げる。


「父上、母上、行ってまいります。――行くぞ」


 最後にクリフォードとウィルフレッドに声をかけ、扉に向かう。

 イアンと視線を交わし頷いたあと、アルトラシオンは颯爽と部屋から出ていった。

 


「お待ちください殿下! わたくしも参りますわ!」


「えっ、ユーフィリア様!?」


 アルトラシオンが出ていった扉を勢いよく開け、飛び出していったのは豪奢な金髪の少女。

 それまでずっと静観していたユーフィリアだった。


「困ったご令嬢ね。あの子はあれでもこの国でわたくしの次に高位の令嬢なのに。――大丈夫よ、ステラ。シオンお兄様がきっと許さないから」


 驚きの声を上げるステラシアの元へローゼリアが近寄ってきて、上品に微笑む。

 しばらくすればたぶん戻ってくるわ、という王女の言葉に深く息を吐いて頷いた。

 ユーフィリアは心配だが、今はステラシアにくっついたまま青褪めているスターリアが気になる。


「あの、スターリア?」


 服の裾を掴んだままの彼女にステラシアが声をかける。すると、ビクリと大げさに肩が跳ね上がる。

 その肩を背後から優しく包むのは、エミールの大きな手のひらだ。


「スターリア。俺はもう気づいている。だから、話してごらん」


「お兄様……? そんな、まさか……だって、なら、どうして」


 唇を震わせるスターリアに、エミールが困ったような笑みを見せた。


「ずっと言っていただろう? 俺は、きみを守りたいんだって。ステラシアだけじゃない。スターリア、きみのことだって俺は守りたい。だって俺はきみたちふたりの兄だ。……きみは、俺の妹だ。スターリア」


 エミールの言葉が、スターリアの胸にストンと落ちた。それは、初めて兄の言葉が、妹に届いた瞬間だった。

 もう、これ以上泣いたら目が溶けてしまうんじゃないかと心配するほどに、スターリアの瞳にはあとからあとから涙が浮かんでくる。

 それを困ったように拭うのは、ステラシアだ。エミールも、苦笑しながら彼女の目元に指を伸ばす。

 そのふたりの指先を両手でそれぞれ握りしめて、スターリアはしゃくり上げながら言葉を紡ぐ。小さな小さなその声は、ステラシアの耳にも届かない。

 首を傾げるステラシアを、エミールが静かな眼差しで見つめ、スターリアを再度促した。


「スターリア……ほら、いつもみたいにもっと大きな声を出さないと。俺だけじゃなく、誰にも聞こえないよ」


「お兄ちゃん……? あの、なにが……」


 困惑して尋ねるステラシアの前で、エミールが片手の人差し指をそっと口元に当てた。「黙って」と行動で示されて、ステラシアは口を噤む。

 えぐえぐと泣きながら、スターリアがステラシアの肩口に顔を埋めた。


「えっ……?」


「ごめ、なさ……お姉さま、ごめんなさい! ほんと、は……わたくし、わたくしが……っ、凶星(まがつぼし)、なの……! 魔獣の乙女――陰り星の乙女……それが、わたくし、なの……っ」


 ぐしゃぐしゃに泣きながら落とされた告白に、室内がシンと静まり返る。

 呆然とするステラシアの斜め前で、エミールが静かに目を伏せた。

 彼は、知っていた――というよりも、気がついていたと言ったほうが正しいか。

 六年前のあの日。今日と同様に魔獣が溢れ出た日。スターリアを叱咤したエミールは、夜間に危急の報で呼び出され、私設騎士たちとともに領内の魔獣を討伐していた。

 星の力がなければ、魔獣の浄化はできない。いくら斬り伏せ魔法を浴びせたとて、浄化ができなければ魔獣は殺せない。

 目の前で領民が食い殺された。それを見ていることしかできなかった。悔しさで見上げた自邸の窓から、外界を見下ろす赤い瞳があった。

 そこがスターリアの自室だと気づき、エミールは茫然としたのだ。

 赤い瞳の少女の口元が、歪に笑っているように見えたから。

 彼女の本来の瞳は、とても深く濃い金色なのに。

 その後、スターリアの感情が爆発した時は、必ずどこかで魔獣が発生した。空から星が消え、闇が地を覆っていた。

 だからこそ、エミールはスターリアの精神を安定させることばかりに、専念するようになってしまった。

 彼は、そのことをとても後悔している。

 もう少し、スターリアとちゃんと話ができていたらと。


「……ごめんね、スターリア。俺は気づいていたのに」


「どうして、お兄さま……」


「どうにかして、きみを守りたかったんだよ。きみが凶星だって構わない。だけど、知られたら世間が放っておかない。だから、きみが寂しさを紛らわすために貴族の令息にべったりくっついていることも、見て見ぬふりをした。あとで、俺が後始末をすればいいと考えてしまった。……俺の、浅はかさだ」


 応接室は、スターリアの泣く声とエミールの悔いるような声だけで満たされていた。

 そんなことを言われて、ステラシアはどうしていいかわからない。

 だって、その"凶星"だと、当のスターリアから投げつけられ、家も街も追われたのだ。

 それなのに、今さら、そんなことを言われても、やっぱり「はいそうですか」とは納得ができない。


(じゃあ、どうして、わたしはあんなにも痛い思いや淋しい思いをしなくてはいけなかったの)


 縋るように肩口に顔を埋めてくるスターリアを、突き放したくなった。

 細い肩に手を触れて、押しやろうとして。けれど、やっぱりどうしてもできなくて、そのまま彼女の肩に手を置くだけになった。

 嫌々をするようにスターリアが首を振る。触れた指先の下から微かな震えが伝わってくる。


(突き放してしまいたいのに……どうしてなんだろうね)


 やっぱりスターリアを拒絶できない自分にステラシアは呆れた。


「あー、はいはい。やっぱりおまえが凶星よねー。たぶん、殿下だってそう思ってたし、わたしも最初っから、ステラシアが凶星だと思ってなかったしねぇ。この子が凶星じゃないんなら、双子であるおまえが凶星に決まってるわよね」


「叔母上」

  

 静まっていた部屋の中に、それまで黙って成り行きを見守っていたらしいアステールの声が響き渡る。

 周囲では、国王と王妃が難しい顔をしてステラシアたちを見ていた。

 ただ、アストリオルだけは、どこか面白いものを見つけたときのような目で、ステラシアたちを見つめている。


「エミール第二部隊長。きみも早く働きなよ。さっき兄上から通達があっただろ。第ニ部隊は討伐しながら避難民の誘導。星の力持ちは()()には少ないから、魔獣討伐騎士たちと連携取ってよ。僕もまあ、一緒に出てあげなくもないからさ」


「いえ、あなたは副団長なので出てもらわないと困りますよ殿下」


「んー……でも、僕まで前線に出ちゃったら、スペアの意味なくない? というか、僕は第一部隊長兼任だから、城で待機のほうだよ?」

 

 軽口を叩きながらツカツカと近づいてきた第二王子は、エミールの肩を掴んで姉妹から引き剥がした。ステラシアに縋り付くスターリアの顔を、上から覗き込む。


「ふぅん……」


 泣きすぎてぐしゃぐしゃになったスターリアの視線を絡め取り、口元になにを考えているのかわからない笑みを浮かべる。


「きみが魔獣の乙女ねぇ……おもしろそうだから、()()はきみでもいいと思うけどね」


「な、なんですの……」


「……殿下? 淑女の顔をそんなジロジロ見るのは失礼ですよ?」


 あまりにもニヤニヤとアストリオルがスターリアを眺めるものだから、とうとうエミールが横から口を挟む。形の良い眉が微かに不快そうに歪められている。


「まったく。心が狭いんじゃない? おにーチャン」


「……さっさと討伐に出ましょうか殿下」


「うん。いいよ。本当は城待機だけど、行ってあげる。兄上のことも気になるしね。――ああ、すみません()()()。心配いりませんよ。兄上は誰が見ても強い方ですから」


「あ、あね、うえ……?」


 呆然と繰り返すステラシアに向かい、にっこりと笑ったアストリオルは、大げさなほどに優雅な礼をステラシアに向けた。

 すぐに顔を上げると、エミールの腕を掴んで出入り口へと歩き出す。


「父上、母上。僕も行ってきます。ローゼはおとなしくここにいるんだよ。ああそうだ、スターリア嬢。こんど僕とお茶でもしよう。――それじゃあまたあとでね」


 あまりに自由に話し始めるアストリオルに気圧され、スターリアの涙があっという間に引っ込んだ。

 ぱちんと片目を瞑って彼女をお茶に誘う姿が、なんだか妙に様になっている。


「ちょ、殿下!? いえ……副団長! 引っ張らないでいただけますか!? ――スターリア! ステラシア! いい子にしてなさい! わかったね!? あと殿下は勝手にスターリアを口説かないでください。私の妹ですよ!?」


「はいはい。うるさいなぁ」


 ヒラヒラと片手を振って、アストリオルが去っていく。魔獣の大群が押し寄せてきているとは思えないほどにのんびりとした所作だ。

 その第二王子に引っ張られながら部屋を出ていくエミールもまた、妹たちに――いや、主に第二王子に小言を言いながら消えていく。

 その様子を、応接室に残った人間は全員ポカンとして見送ったのだった。

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