【Side:Asteir】
泣きそうになりながらも走り去る小さく細い背中を見送って、アステールは肺の奥から息を吐き出した。
視界の端で大事な弟子のあとを追いかけようとする魔獣を捉え、チッと高らかに舌を打つ。
まったく持って貴族らしくない。そんな自分に笑いそうになる。
「――わたしを無視するんじゃないわよ。獣風情が」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、アステールは横をすり抜けた一体に星野力で練り上げた雷を落とした。
聞くに耐えない断末魔が上がる。吐き気を催すような臭気が焦げ臭さとともに辺りに漂い、消滅と同時に溢れ出した瘴気が空気を汚していく。
「……これ以上は、行かせないよ」
いくらアステールの力が強いとはいえ、この魔獣の数。普通なら、ひとりで対応するものではない。あるいは、アステールの本来の力量であれば、まだ――。
と、そこまで考えて、彼女は苦笑した。
そんなことはもう、いまさらどうしようもないことだ。
「ま、わたしは師匠だし。弟子のために、一肌脱がなくちゃね」
バチバチとアステールの周りを薄い雷が覆っていく。
アステールは弟子がいないと困るのだ。なにせあの姪っ子がいないと、彼女の生活はままならない。
最後に見たステラシアの澄んだ瞳を思い出しながら、アステールは体のなかにある星の力を全力で解放した。
「……はぁ、は……どこか、別の場所へ行かないとね……」
ツツ……とこめかみから流れるものを服の袖で拭う。汗とともに、こびり付いていた血が滲んで袖口を汚した。
全盛期よりもだいぶ衰えてしまった力のせいで、かなり時間がかかってしまった。それでもまだ、陽は完全に沈みきらない。
いくら森のなかで薄暗いとはいえ、まだ陽のある時間帯。それなのに魔獣が十数体も現れた事実に、アステールは眉を寄せる。
こんなことは、いままでなかったはずだ。
(それとも、いまのいままで凶星が生きているから、かなぁ……歴史書を見ても、凶星――魔獣の乙女だか、陰り星の乙女だかって、幼い頃にみーんな殺されてるみたいだし)
空を見て、目を細め、そしてクラリと視界がブレて、地面に膝をついた。
「ああ……力使いすぎたぁ」
星の力だけではなく、魔力もだいぶ使ってしまった。
「シエナ先輩に教えたときよりも改良したとはいえ、封印術にはやっぱり大量に星の力が必要なんだよね……」
星の力とは、生命力。いっきに大量に使えば、力を溜めておく機能が低下する。要するに、袋が裂けて水が漏れ出し小さくなるのと一緒だ。
それでもあのとき、アステールの星の力の消費は王妃よりも抑えられたし、いまだって息が上がるだけで倒れるほどではない。
「とりあえず、森をひとりで歩くのはマズイわね……大丈夫かなぁ、ステラシア……」
ヨロヨロと屋敷に戻り、適当に服を着替える。研究室化している自室の机の上にあった瓶を開け、薄緑色をした液体を飲み干した。
すぐに、体に変化が現れる。少しだけ目眩を起こす。
華奢な体ががっしりと変わった頃に、アステールはそのへんにあった鞄に必要な薬草を詰め込んでいき、ふらりと屋敷を出た。
「んー……辻馬車拾って、東隣の男爵家にでも行くかなぁ。あそこに確か学園時代の男友達がいた気がするんだよね。たしかセラン男爵の息子だっけ? まあ……男になってちょうどいいし」
呟く声は、少し高いくらいの男の声に変わっていた。
薬は一日一回服用しなければ、すぐに戻ってしまう。
魔獣に襲われる直前に完成していて良かったと思いながら、アステールはどんどん傾いていく太陽の下、森のなかの道なき道を歩き出した。
立派に跡を継いでいた元男爵家の息子が、突然訪ねてきたアステールに泡を吹いて倒れ、なおかつ破天荒なアステール(男)に振り回されるのは、また別の話である。
セラン男爵は、アステールに気に入られた、肝が小さくて小太りでお人好しなただのモブ貴族オジサンです。かわいそう。
だから、戦勝会で魔獣に重症を負わされるし、スターリアの力を誇示するためだけの役回りになっちゃうんですよね。かわいそ。




