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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
7.

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再会⑤

「殿下、ステラシア。ついでに叔母上」


「なんだ。わたしはついでか」


 頬を染めたままアルトラシオンの腕のなかで悶えていたステラシアの元へ、ソファから立ち上がったエミールが近づいてくる。

 その彼の後ろには、まだ鼻を啜ったままのスターリアが途方に暮れた様子でくっ付いている。


「殿下、このたびは叔母を見つけてくださり感謝申し上げます。それから、妹たちのことも」


 アルトラシオンに向かい綺麗に腰を折るエミールを、第一王子は手のひらを向けることで制止した。


「良い。気にしないでくれアクルークス伯爵。ステラに関わることだからな。私は私のなにを使っても構わないと思っている」


「出し惜しみはしないということですか。まったく、畏れ多いことですね、総括団長様」


 なにやら、ステラシアの預かり知らぬところで色々決まっていたようだ。

 もうひとつ、離れたところでもなにかが決まっていっているような気がするけれども、クリフォードやウィルフレッドたちに向けた意識は、袖を引っ張られる感覚に霧散してしまう。

 エミールの背後から、スターリアが手を伸ばしていた。鼻水を啜り目元を真っ赤にしながら、スターリアのドレスの袖を指先で摘んでいる。


「……スターリア」


 流れて止まらない涙を、自身のドレスの袖でなんども擦るから、ステラシアが引っ叩いただけではない擦過傷で、目元も頬も真っ赤だ。瞳は綺麗な金色に戻っている。


「お゙、ね゙え、ざま……っ」


 泣きすぎてガサガサの声音で呼びかけられ、ステラシアは苦笑した。

 エミールも似たような顔で苦笑して、スターリアの背に手を当てる。そのまま、ステラシアの前へと容赦なく押し出した。


「ほら、スターリア」


 嗚咽を漏らしながらまたもや泣き出すスターリアを見て、アルトラシオンが小さく息を吐く。その腕の中から抜け出して、ステラシアは自身の片割れと向き合った。


「うっ、ひっく……お、ねぇさま……ご、ごめん、な、さい……」

 

 途切れ途切れの謝罪は、無様なことこの上ない。グシャグシャの顔は、令嬢にあるまじき姿だ。けれど、スターリアが、いま必死に勇気を出して言葉にしていることを、ステラシアはやっぱりわかってしまうのだ。

 「ごめんなさい」ただそのひと言だけで許せることなどあるわけないというのに、記憶の奥底に押し込めたはずの幼いステラシアが「もういいよ」と言ってしまいそうになる。

 目を閉じて、息を吸った。大きく吐き出せば、スターリアの肩が大げさなほどに跳ねる。

 口元に苦い笑みが浮かぶ。それは、諦めにも似ていた。

 ステラシアの手が、スターリアの真っ赤に腫れた頬へと伸ばされる。ぐっしょり濡れたそこを包みこんで、目元をそっと拭った。

 ぽわ……と淡い光がスターリアの頬に触れる。体内の力を意識して、ステラシアがスターリアの頬を癒していく。

 アルトラシオンが遠征に出ていた間、それから軟禁されていた間、ステラシアはさんざん力のコントロールに勤しんできたのだ。

 いつかアルトラシオンの力になれるように。必要としてもらえるように。

 それを、妹に使うことになるとは思わなかったけれど。

 体内で、封印された力が少しずつ外へと押し出されていく。


「おねぇ、さま……?」


「……正直、あなたがしたことをすぐに許すなんて、わたしにはできない。失ったものだってたくさんあるし、なによりわたしの心は傷ついたから」


 新しく手に入れたものもたくさんあるけれど。


「……っぅ……」


「でも……でもね。これから少しずつ、お話しをして、あなたのことを知っていけたらいいなって、そう……思うよ」


 ジワジワと、スターリアの頬が白く滑らかな肌へと戻っていく。

 こうやって、離れ離れにならず小さい頃からずっと一緒にいられたなら、こんなふうに傷つけ合うこともなかったのかもしれない。

 ふたりで笑い合って、ふたりで分け合って、良いことは楽しんで、悪いことはちゃんと叱り合って、兄と三人笑顔でいられたのかもしれない。


「叩いてごめんね、スターリア」


「お姉さまぁ……ごめ、ごめんなさい……わたくし……ごめ……ひっ、ぅ」


 再び泣き出したスターリアが、勢いよくステラシアへと抱きついた。その傍らでエミールが腕を広げ、ふたりをまとめて抱きしめる。


「こうやって……ふたり同時に抱きしめるのが、夢だった」


「お、お兄ちゃん……」


「お兄さま……」


 ぎゅうぎゅうと抱き合う三兄妹を眺め、アルトラシオンが小さく笑った。ステラシアを取られても、仕方ないなというような表情だ。

 そんなステラシアの頭をアステールがくしゃくしゃと撫で回す。せっかくマリンが綺麗に仕上げた髪型も、それであっという間に崩れてしまう。

 エミールの腕から解放されたステラシアが、不満げな目を師匠に向ければ、ニヤリとした顔を向けられる。


「ふふっ……逃げるのやめたんだ?」


 からかうような口調に悔しくなりながらも、ステラシアは頷いた。


「師匠が言ったんでしょ。逃げて逃げて疲れたら、最後は『向き合え』って。……わたし、もう逃げないから」


「……うん。それでこそ、わたしの弟子だ」


 くしゃりと、また髪の毛をかき回される。頭を撫でられ、ステラシアは髪型について文句を言うことを諦めた。そもそも、なにを言ったって、この人は改めないだろう。自分の好きなように生きているから。


「それにしても。あなたが王子殿下? わたしを呼んだのあなたでしょ? ふぅん……これはまた、みごとに封印を破ったねぇ」


「あ、ああ。私が第一王子、アルトラシオン・ディア=ポーラリアスだ」


「うんうん。王妃さまにそっくりだ。んじゃ、そっちが王女殿下かな?」


 いきなり話を振られたにも拘らず、ローゼリアはほんわりと微笑んでみせる。


「ローゼリア・シエラ=ポーラリアスよ」


「ああ、うん。あなたも王妃さまにそっくりだねぇ」


 顎に手を当てうんうんと頷くアステールを、唖然とした顔で見ていたのはエミールたちの父であるレナートだった。

 ズカズカとアステールに近づくと、彼女の細い二の腕をつかんでアルトラシオンから遠ざける。


「アステール! おまえ、殿下方に向かってなんだその態度は……というか、なんだその蓮っ葉な喋り方は!?」


 唾を飛ばさんばかりに捲し立てるレナートに、アステールがげんなりしたような顔を向ける。視線が、ステラシアが今まで見たこともないほどに冷え切って、レナートを見返した。


「はぁ……わたくしがどのような喋り方をしていようと、お兄様には関係ないでしょう? そもそも、ステラシアをここまで育てたのはわたくしです。子どもひとり育てられず見放したお兄様にとやかく言われる筋合いはございません」


「おま……っ」


「ああ……お兄様だけではなく、あなたにもわたくしに口を挟む権利はありませんよ? お義姉(ねえ)様」


 アステールの冷え切った言葉に、フローリアナの全身がビクリと跳ね上がる。


「託宣に踊らされて自分の子どもを捨てるなんて、言語道断です。お父様ですらそこまではしなかった。わたくしは自分から家を出たのですからね。このこと、お父様やお兄様たちは、ご存じなのかしら?」


 ステラシアはたしかに愛されて生まれてきた。それが翌々日には切り捨てる対象となったことを突きつけられると、やはり胸がズキリと痛みだす。

 そういえば、レナート・ジョン=アクルークスは、入り婿だったな、と。ステラシアはアルトラシオンに施された詰め込み式夜会準備のときの資料を思い出す。

 あの人は、元々ガクルック伯爵家の次男だ。師匠の……アステールの兄にあたる。

 

「フィオナ……あの」


 躊躇いがちに、フローリアナがアステールの中間名を口にした。

 それを、当の本人が一刀両断する。


「やめてください。あなたにその名を呼んでいいと言った覚えはありません」


 いつも飄々としたようなアステールが、ここまで相手に嫌悪を剥き出しにするのは珍しい。

 ステラシアに教育を施すと言ったときのアステールとはまた違う冷えた声音に、心臓を掴まれたように感じてしまう。

 パシン、とレナートに掴まれていた腕をアステールが振りほどいた。再び、腕を掴もうとするレナートを、壁際に控えていたクリフォードが遮って制す。

 横目で見れば、アルトラシオンがなにか指示を出していた。


「アステール殿は、我々に対しどのような話し方でも構わない。あなたは、長らくいないとされていた耀星(ようせい)の乙女だろう?」


「えっ!?」


 アルトラシオンの隣でステラシアが声を上げる。その隣でエミールとスターリアも同様に声を上げた。

 驚きを音に出すことは抑えられても、室内にいる全員が瞠目してアステールを見ていた。

 レナートとフローリアナは口をパクパクしたがら、アステールからよろめくように距離をとる。

 唯一、当の本人だけは、髪をかきあげめんどくさそうに溜め息を吐いた。


「はぁあ……そこでバラすのどうかと思う。というか、たしかに後継に指名されたけど、わたしは嫌だって言って逃げたんだからさぁ……それに、ステラシアの力の封印でだいぶ星の力持ってかれたし……。そんな言うほどの力、わたしにはもう残ってないよ」


「その封印は、母上が私に施したものと同じか?」


「あー……まあ、そうだねぇ。ただ、あの時よりは改良してだいぶ消耗する力は抑えられるようになったんだよなぁ。だから、シエナ先輩ほど大ごとにはならなかったって言うか……まあ、あなた方のお母様には申し訳ないことしたとは思うけど。――ねぇ、先輩?」


 ぶつぶつと言い訳じみたことを呟いていたアステールが、不意に、部屋の隅の扉へと声をかけた。

 その扉は、手のひらほどの隙間を開けていた。そして、音もなく大きく広がっていく。


「フィオナ……!」


 その扉の向こうは、お手洗いか浴室だとステラシアは思っていたのだが、そうではなかった。扉の奥にまた別の部屋が見える。

 ふたつの応接間が扉を通じて繋がっていたようだ。

 そこから現れたのは、輝く銀の髪を結い上げた紫の瞳の美しい人。アルトラシオンと同じ銀混じりの紫眼に、ドキリとする。

 クリスティア・シエナ=ポーラリアス。この国の王妃で、アルトラシオンとローゼリアの母親でもある。

 その彼女の後ろから、バツが悪そうに顔を覗かせたのは、この国の国王と第二王子だ。ふたりとも似たような表情である。さすが親子。


「シエナ先輩お久しぶりですね。ああ〜本当に星の力がスッカスカ……いやぁ、わたしの術式が未熟だったせいで面目ない」


「そんなことはどうでもいいのよ! どうしてなにも言わずに消えたの!? あなたの力の片鱗のある子をアルトラシオンが連れてきたから、どういうことかと思って鳥を飛ばしたのに、辿り着けなくて戻ってきてしまうし! わたくし心配したのだから……!」


 突然現れた国王を前にして、室内にいた全員が慌てて頭を下げる。

 ただひとり、アルトラシオンだけは早々に顔を上げ、複雑な表情でクリスティアを見つめた。


「どうでもいいって、母上……」


 アルトラシオンの呟きに、ステラシアはスカートを摘む指先にきゅっと力を込めた。


「みな、頭を上げてくれ。私のことは気にしなくていい」


 その言葉に、周りの人間の衣擦れの音が響く。ステラシアも、おずおずと顔を上げた。

 そして、傍らで目を伏せるアルトラシオンの袖をそっと摘む。

 ハッとしたような顔のアルトラシオンが、ステラシアを見下ろした。

 王妃の言葉で揺れた心を必死に取り繕おうとしているのが、手に取るようにわかる。

 そんな彼に「きっと大丈夫ですよ」と小声で伝えて、ステラシアは淡く微笑んで見せた。


「んー……でも先輩、魔力も微弱、星の力も微弱じゃあ生きるのがやっとなんじゃない? 見たところ、自分より力の強い殿下に封印を施した影響で、力を溜めるための器から日々星の力が漏れ出してるみたいだし……。まあ、修復するだけなら、わたしでもなんとかなりますけど」


「修復したらどうなるのかしら?」


「そりゃあ、漏れ出す力が溜まることになるから、必要分の星の力は戻るんじゃないですか? 前と同等の力はたぶん無理だろうけど」


「それは、本当か? アステール殿」


 袖を摘むステラシアの指先をぎゅっと握りながら、アルトラシオンが声を上げた。

 クリスティアが驚いたように彼を見る。息子の必死な様子に、紫の瞳を大きく見開いた。


「そうだねぇ……そんなにすぐには無理だけど」


「それでも構わない。頼む。母上の力を取り戻してくれ……っ」


「シオン……あなた」


 アステールに第一王子が頭を下げていた。

 クリスティアが、アルトラシオンに近寄って、その肩にそっと手を当てる。

 触れる温もりに顔を上げたアルトラシオンは、母を見下ろして顔を歪ませた。

 普段から表情の変わらない息子とは思えない表情に、クリスティアが瞳を潤ませる。


「私は、ずっと母上に申し訳ないと思っていました。私のせいで、あなたの力が弱まってしまった。ローゼリア以降、子ができないのも、私のせいだと、ずっと……。だから、母上の力を取り戻せるなら、私はなんでもします。どうにかできるのなら、誰に頭を下げることだって厭わない」


 アルトラシオンの決意に、クリスティアは馬鹿ねと呟いた。

 決して涙を流すことはないけれど、いまにも泣いてしまいそうな息子の目元に、細い指先を静かに滑らせる。


「わたくしは、後悔なんてしていなかったわ。子どもだって、息子二人に、娘を一人授かったのよ? こんなに立派に三人とも育って……自慢の子どもたちなんだから。あなたがそんなに気にすること、なかったのですよ。……でも、ごめんなさいね、シオン。こんなにも貴女が気にしていたなんて……そこまで気が付かないわたくしは、駄目な母親ね」


「そんなこと……!」


「そうですよーシエナ先輩。ここに子どものことなんてなぁんにもわかっちゃいない愚かな親がいるんですから、シエナ先輩はものすごくまともな親ですって」


「アステール……ッ」


 茶化すようなアステールの台詞に、吐き出そうとした言葉を遮られ、アルトラシオンは虚を突かれたように黙り込む。

 そんなアステールをレナートが忌々しげに睨みつけているが、内容が内容だけに名前を呼ぶ以上のことはなにも言えないようだ。

 当然だろう。それが事実なのだから。ここにいる人間は誰もがみなそのことを知らされてしまったのだから。


「ま、いいよ。シエナ先輩には不完全な術式で迷惑かけた負い目もあるし、殿下はステラシアのことを助けてくれたみたいだし。本来なら法外な値段ふっかけるところだけど、無償で引き受けてあげる」


「師匠……自分で法外とか言っちゃ駄目だよ……」


 呆れたように呟くステラシアの言葉に、アルトラシオンとクリスティアがおかしそうに吹き出した。

 その笑いは周囲に伝播し、国王まで大声で笑い出す。

 逆に笑うことができないでいたのは、レナートとフローリアナのふたりだけだった。


 そうして、一部を除いて和やかな雰囲気になった室内に、突如、下から突き上げるような衝撃が襲ったのだ。

 そして慌てたように、開いていた扉から騎士がひとり飛び込んでくる。

 黒い団服。魔獣討伐騎士団だ。

 どうした、とアルトラシオンが口を開く前に、彼は口を開いた。顔色が真っ青だ。


「団長!! 哨戒の騎士から通達です! 魔獣が大量発生して、王都に向かってきているとのことです! このままでは城下が飲み込まれます……っ」


 和やかな雰囲気は、一瞬で霧散した。

 ピリッと引き締まった空気に、スターリアとステラシアだけが息を呑む。

 アルトラシオンの「わかった」という声が静かに部屋に落ちていった。

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