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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
7.

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再会④

 声を上げて泣くスターリアを、エミールがそっと抱きしめた。彼女はこんどこそ、その手を拒まなかった。兄の腕に抱かれ、兄の胸でぐすぐすと泣き声を上げている。

 ステラシアの肩は、横から伸びてきた逞しい腕が抱き寄せた。

 黒い騎士服の胸に頭を抱き込まれ、またほろりと雫が溢れて落ちていく。

 上質な黒い生地に、いくつも濃いシミができて焦るが、少し身じろぎしただけではこの国の騎士団長の腕はびくともしない。

 優美なようで無骨な指先が、ステラシアの目元をそっと拭った。零れ落ちる涙をなんども掬っては、優しい口付けが目元に降ってくる。


「ス、スターリア……」


 やがて、カタンという音とともに、泣きじゃくる妹を呼ぶ声がした。

 入り口の扉が開き、銀に近い金髪に赤みの強い茶色の瞳をした男性が入ってくる。その後ろから、金髪に紫紺の瞳をした女性も続く。

 男性の髪色と女性の瞳の色に、ステラシアは既視感を覚えた。


「父上、母上」


 ヒクヒクと震えるスターリアの背をゆっくりと撫でながら、エミールが顔だけ上げてふたりを呼んだ。スターリアは、エミールの胸に顔を伏せたまま動こうとはしない。

 その呼びかけで、ステラシアはそのふたりがアクルークス伯爵家の前伯爵とその夫人だということを知った。

 つまりは、エミールとスターリアの両親だ。

 幼いステラシアがずっと会いたいと思っていた人たちでもある。

 アルトラシオンの腕の中から、フラフラとした足取りでスターリアとエミールに近づくふたりを見ていた。


「ああ……スターリア。なんてことなの。わたくしたちはあなたをちゃんと愛しているのよ……」


 伯爵夫人が床に膝をついて、スターリアへと手を伸ばす。それを、またスターリアのなにかがパチッと弾く。

 弾かれた手を呆然と見つめながら、伯爵夫人ほ立ち上がった。そして、反対側に目を向ける。自分たちを見つめる濃藍色の瞳に気づき、サッと視線を逸らした。


「……ステラシア。このふたりが、俺たちの両親だよ。父のレナート・ジョン=アクルークスと、母のフローリアナ・エル=アクルークス。きみを守るために俺が追い落として、いまは領地の別邸でおとなしくしてもらっている。監視付きでね」


 エミールの言葉に、前伯爵――レナートがギリリと拳を握りしめた。

 その扱いに、ステラシアも驚いた。まるで囚人のようだ。

 俯くふたりからエミールに目を向けると、先ほどまでのにこやかな表情はどこかへ行っていた。目が合えば、感情を覆い隠すような冷たい笑みを浮かべられる。


(たぶん、すっごく怒ってる……)


 ふだん物腰柔らかな人が本気で怒るととてつもなく怖いんだと、その笑みだけで実感してしまった。それでも、わがまま放題だっただろうスターリアにその笑みを向けていないのだから、忍耐力がものすごい。手を焼いたという感覚しかないのかもしれない。


「あ、あの……ステラシア……その、元気そうで、良かったわ」


 フローリアナがそういった瞬間、ステラシアを抱くアルトラシオンの腕が強張った気がした。「いまさら……っ」という極々小さな声が、ステラシアの上から降ってくる。

 部屋の温度が数段下がった感覚に、ヒッとかすかな悲鳴を漏らしたのは、目の前のふたりだった。


(うん……まあ、たしかにそう。本当に、いまさらなんだけど……でもね)


 ステラシアは、アルトラシオンの背中をポンポンと軽く叩いた。

 離してくださいと言外に伝えても腕の力は強まる一方なので、仕方なく名前を呼ぶ。

 アルト様、と呼びかければ、腕の力がゆるゆると抜けていく。

 離してください。そう言えば、渋々ながらも腕が離れた。

 目の前のふたりは、ステラシアが第一王子に気安く接していることに驚愕していた。

 凶星だと決めつけ離れに押しやった娘が、まさか王子殿下と親密な関係になるなどと思ってもいなかったのだ。そもそも、ここまで成長するなどと――。


「はじめてお目にかかります。前アクルークス伯爵、前アクルークス伯爵夫人。ステラシアと申します」


 ソファから立ち上がり、ステラシアは師匠仕込みの綺麗なカーテシーでレナートとフローリアナに挨拶をした。


「……殿下に随分と勉強させてもらったのね」


 ステラシアの優雅なカーテシーに驚きながら、フローリアナがそんなことを言う。

 それに、ステラシアは自嘲気味な笑みを浮かべた。本当に、自分はこの人たちになにも関心を持たれていないのだと、実感する。してしまう。これは、アルトラシオンではなく、家を出されたステラシアがスパルタに耐えながら身につけたものだというのに。


「ふざけないでもらおう。私はなにもしていない。ああ、貴族家の詳細な情報についてはステラに叩き込んだがな。だが、それだけだ」


 ソファに腰掛け、足も腕も組んだ状態でアルトラシオンが忌々しそうにそう告げる。いまにも舌打ちをしそうな勢いだ。


「そうですね。ステラシアの努力の成果をこんなところで見ることになるなんて、すごく業腹だけど……とても綺麗な所作だ」


 いまだにスターリアを宥めながら、机を挟んだ反対側からエミールがステラシアに微笑んだ。先ほどとは違う、柔らかな笑みだ。眩しそうに目を細めるものだから、ステラシアの頬に熱が集まってくる。


「ふぅん……まぁまぁってところかなぁ」


 頬を押さえながら俯いたステラシアの耳に、聞いたことのない男の声が滑り込んできた。

 開きっぱなしだったらしい扉の向こうから、騎士に連れられた男性が歩いてくる。

 普通の貴族の男性にしてはやや軽装だが――シンプルなズボンにドレスシャツ。辛うじてクラバットと羽織っただけのジャケット。いや、王城に来るにしてはあまりにも軽装だ。

 騎士のうちのひとりが、アルトラシオンの耳元で「お連れしました」と報告をした。身に付けている団服から、近衛の騎士らしい。クリフォードとイアンのものと同じ形と色だ。


「うーん……ちょっとお辞儀の角度がイマイチだったなぁ……あと、スカート持ち上げすぎ。もう少し下げなさい」


 アルトラシオンが連れてきたらしい男性は、ステラシアの周りをウロウロしながら、「はい、もういっかいやってみて」と勝手気ままに喋っている。

 慌てるステラシアなどお構いなしだ。

 赤みの強い短い金髪に、ステラシアを見下ろす紺色の瞳。特徴的なのは、ステラシアと同じくその奥に星のような煌めきがあること。


「し、師匠……?」


「まさか、叔母上?」

 

 容貌がなにもかも違う――というよりも性別すらも違うはずなのに、ステラシアはそれが誰だかわかった。わかってしまった。だって、十年以上も一緒にいたのだ。間違えるはずがない。

 確信した呼びかけに重なるように、エミールも気づいたように声を上げる。


「あー……バレちゃったかぁ〜」


「え、な……ど、どうして、男!?」


「いやぁ~、逃げるのに、女のままだとちょーっとメンドーでさぁ……。ほら、前に部屋爆発させてた性別逆転の薬あったでしょ? アレ、()()()に完成してたんだよね〜。だからまあ、とりあえず男になって、知り合いのところに転がり込んだんだけど」


 ポリポリと頬をかきながら、師匠、叔母上と呼ばれた()が弁明をする。


「ちょっと面倒だからってとりあえずで性別変えたりしないでよ師匠!! なんで出てきてくれなかったの!?」


 思わず叫んだステラシアを、アルトラシオンが驚いたように見つめた。いや、マリンとイアンも、目を大きくしてステラシアを見ている。

 こんなふうに気安く話すステラシアを見るのは初めてだったのだ。

 エミールだけは、素のステラシアを知っていたのか、微笑ましそうににこにこと笑っている。


「いやーなんていうか、男で生活してみたら、案外これが快適でさぁ〜。……戻るの忘れちった☆」


「忘れちった☆ じゃないよもぉぉぉ!! 戻って!! いいから戻って!!……戻れるよね!?」


 いままでのように肩を――揺さぶろうとして、身長が変わったせいで届かなくて。仕方なくステラシアは二の腕を掴んで師匠をガックガクと揺する。なんだか筋肉量も変わってしまったのか、そこまで揺すれないことがすこぶる悔しい。

 あーもうやかましいなぁ……と溜め息を吐いた師匠が、懐から取り出した謎の液体を一気に呷った。

 すると、ステラシアの手の下で筋肉のついた二の腕が細くなっていく。太かった骨格が丸みを帯び、身長が縮む。体格が作り変わっていく様を触れた状態でまざまざとわからせられ、ステラシアはぶるりと背筋を震わせた。

 ちょっと蛇を触っているみたいで気持ち悪かった……とは、口が裂けても言えない。言ったらどうなるかわからないから。


「あ、まずい。服が大きすぎて脱げそう」


「ちょっ、やめてここ家じゃないから!!」


「んー……服のサイズ合わせるから待って。あーでも紐とかあったらそれでいいかも。ズボンが落ちそうなだけだし」


 師匠の言葉に、ステラシアはガシッとその細い腰を掴んだ。


(ひ、紐……! 紐!?)


 きょろきょろとあたりを見渡すが、ここは王城だ。整頓された室内に都合よく紐など落ちているはずもない。


(でも、このままじゃ師匠が王城で下半身露出する変態になっちゃう……!)


 それはさすがに阻止しなくてはいけない。師匠のメンツのためにも……!


「ステラシア様、これを」


 悶々とするステラシアの横から、スッと差し出されたのは、細い紐状のものだった。糸よりは太いけれど、紐と呼ぶには頼りない。

 顔を上げて手の主を見れば、無表情のウィルフレッドがいる。

 紅いひとつ目が、早く受け取れと促している。


「あ、ありがとうございます……。あの、でもこれ、は?」


「別に……ただの仕事道具です。ああ、無くても支障はありませんので、そんな気にしたような顔しないでください」


 面倒そうな声音に恐縮しながら受け取ったそれを、師匠の手がサッと取り上げる。

 マジマジと眺め回してから、ニッと口の端を持ち上げた。


「ふぅん。暗殺用かー。まあ、ありがたく使わせてもらおうかな。あ、お礼にこんど、もっといいモン作ってあげるよ」


 暗殺用という単語に、ビクリとするステラシアを横目に見て、ウィルフレッドは小さく溜息を吐いた。


「人がせっかく濁した部分をなんでわざわざ口にするんだあなたは……」


「えー? だってそういうことだって知っとくべきでしょ。リヴェルだっているんだしさぁ」


 紐を腰に巻き付け、男から女に戻った師匠はステラシアの肩をポンと一度叩いた。

 茫然としながら成り行きを見守っていた一団に近づき、ズボン姿のまま華麗なカーテシーを披露する。

 ふわりと、長い金髪が宙に翻った。


「みなさま、この度はうちの弟子がご迷惑をおかけしました。わたくし、アステール・フィオナ=ガクルックと申します」


「いや、師匠のほうが迷惑……」


 思わず呟いたステラシアの脳天に、師匠――アステールの拳骨が落ちてきたのは言うまでもない。


 ◆ ◆ ◆


 そんなこんなで、探したいと思っていた師匠が、見つかってしまった。

 頭を撫でさすりながらアルトラシオンの元へ向かうステラシアを、立ち上がった彼がそっと抱き寄せる。

 頭頂部の手を退かされたと思えば、熱い吐息が触れた。

 そこから温かく白い光が溢れ出し、ステラシアの全身を包み込む。

 星の力とはまた違う、穏やかな力だった。


「これ、聖魔法……」


 ジンジンしていた頭の痛みが引いていく。なんだか体の奥の重たい感じも晴れていく。ここ二週間ほど寝不足だったことが、たぶんバレていたのだと思う。

 それでもアルトラシオンは、ここまでステラシアのために我慢していたのだろう。


「……ステラ。おまえの報酬はちゃんと用意したぞ」


 囁くようなアルトラシオンの声に、ステラシアは小さく頷いた。


「はい……ありがとうございます」


 アルトラシオンのパートナーとして、彼を満足させられたら報酬として師匠を探し出す。

 期限は一年間。もしも満足させられなかったら、無期限延長。

 それが、ステラシアがアルトラシオンと一緒にいるための契約条件だった。

 一年はもうすぐだった。それよりも前に契約は履行された。


「それならもう、この契約はなにも効力を持たないということで良いな?」


 アルトラシオンの腕の中、ステラシアは小さく顎を引く。


「へぇー……なんかメンドウそうなことしてたのねー。そんなことしなくても、頑張って探してくれたらよかったのに」


 抱き合うふたりのそばまで近づいたアステールが、顎に指を当てながらあっけらかんと笑う。

 ムッとしたステラシアが言い返そうと口を開くよりも早く、アルトラシオンが彼女の頭を胸元へと押し付けた。言葉が厚い胸板に吸い込まれて消えていく。


「ステラは、大怪我をしていた。とてもあなたを探しに行けるような状態ではなかった」


「ふぅん……それ、魔獣に?」


「いや……馬車から投げ出された際に、壊れた木組みで腹を抉ったようだ」


「んん……あのへん、馬車とか通らないはずなんだけど。まあ、魔の森を抜けられるなら隣国に行けるけどね」


「あ! あれは、人買いの馬車で……!」


 ステラシアが声を上げた瞬間、アステールの纏う雰囲気が変わった。


「ステラ……あんた、この国が歴法で自身売買を禁じているの、知ってんでしょ」


「そ、それは……知ってる、けど。でも、背に腹は代えられないかなって!」


 まったく、とアステールが嘆息する。


「リヴェル、ウィルフレッド殿と協力して、その件調べて」


 離れたところでエミールがリヴェルにそう指示を出しているのが聞こえる。一拍遅れて「承知しました」というリヴェルの不承不承な返事も。


「あー、それなら、大体の目星はついてんだ。ウィルだけじゃなくて、そちらさんの影も貸してくれるって言うなら、助かるけど」


「ふふ……そう。それは助かるな。私の妹に手を出した輩はどうなるか思い知らせないといけないからね」


 扉の付近でクリフォードが片手を上げて言った。マリンが駆け寄り、心配そうにクリフォードに手を伸ばす。その手を片手で捕らえ、クリフォードがやたらうれしそうな笑みを見せた。


(ほわぁ……っ、も、もしかして、クリフォードさんとマリンさんて、そそそういう!? いつの間に!?)


 今まで疑問に思っていたふたりの関係を間近で見てしまい、ステラシアは顔を真っ赤にしてアルトラシオンの胸に潜り込んだ。

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