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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
7.

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再会③


「なに……それ……」


 ステラシアの震えた声が小さく部屋に落ちる。

 目の前には、横を向いたまま視線すら合わそうとしないスターリア。

 白い肌に銀に近い金の髪がふわりとかかり、濃い金の瞳は頑なに床の一点だけを見据えている。

 確かに、スターリアは自分によく似ていた。彼女が自分の片割れなのだと、心のどこかがちゃんと理解をしている。

 それなのに、なんでこんなにも境遇が違うのだ。

 ただ、双子として色味が暗いというだけで、どうしてステラシアは見捨てられなくてはいけなかった。


(わたしが、なんでも持っている……? そんなわけない! わたしは……わたしは――!)


「ステラシア……」


 スターリアの様子を気にかけながらも、エミールがステラシアに声をかける。

 その瞳は、「言いたいことがあるならちゃんと言いなさい」と語っているように思える。

 その兄の視線を受け止め続けることができず、ステラシアは小さく唇を噛んだ。

 膝の上で重ねた指先が、細かく震えていた。


(わたし……いつもこうやって、逃げてる……)


 あの日、師匠との日常を壊した魔獣から逃げたように。


『ステラ……逃げなさい。逃げて逃げて逃げて、そして生きなさい。時には逃げることも大事なんだから。お前は逃げたっていいんだ。それで、逃げることに疲れたら……そうしたら――』


 ふと、師匠との最後のやり取りがよみがえる。

 その言葉は、師匠がステラシアにいつも言っていたことだ。

 

 逃げてもいい。

 逃げることだって正義だ。

 自分を守るために逃げろ。

 傷つくばかりが正しいとは限らないよ。


 そう言って、溜め込み続けるステラシアを肯定してくれていた。

 思えば、六年前のあの時も、ステラシアは目の前で糾弾してきたスターリアになにも言えずにただ逃げた。

 今回だってそう。同じような言葉を浴びせたスターリアに、言い返すこともできずただ思考を停止して意識を落とした。

 五歳の時もそうだ。彼女に階段から落とされ、自分を守るために記憶を手放した。そうやって、現実から逃げた。

 ステラシアはいつだって、ずっとずっと、逃げてきた。

 逃げて逃げて逃げて――。そうして最後に残るのは……?


(なにが、残ったんだろう。わたし、ずっと変わらない……変われない)


 変わらない自分が嫌だ。

 変われない自分が嫌いだ。

 いつも逃げ続ける自分が情けない。

 でも――、


 重ねた指先を、強く握り締める。

 白くなるほど力を入れたその上に、横からそっと温かな体温が被せられた。

 ジィンと痺れたように、指先から熱が広がっていく。

 思わず隣を振り仰いだ。

 普段とは違い、淡々とした表情のアルトラシオンがそこにいた。

 夜会や戦勝会の時に見た表情よりも、もっと感情を削ぎ落としたような顔をしている。

 ステラシアといるときはいつも穏やかな表情をしているが、彼はもともと"笑わない第一王子"、"騎士団の死神"と呼ばれているのだ。通り名通りの彼を見て、ステラシアは少しだけ淋しいような感情を覚えた。

 けれど、ステラシアを見つめるその眼差しは、表情や通り名など歯牙にもかけないほど熱く注がれている。


『大丈夫だ』

『お前のしたいようにしろ』


 そんな声が、聞こえてくるようだ。


(お兄ちゃんと、おんなじ……)


 視線を逸らしたはずなのに、まだ前方からエミールが見ているのがわかる。

 兄のその手は、スターリアの肩を守るように抱きしめているけれど。

 それはきっと、ステラシアがなにを言ったとしても、己がスターリアの支えになるから大丈夫だと、伝えているかのよう。

 

 ――なにを言おうか。


 考えながら瞳を閉じて、息を吐く。

 そして口を開いた瞬間、


 ――バンッ!


 勢いよく出入り口の扉が開き、室内の全員が固まった。


「ああ、もう!! そこでためらうんじゃないですわよ!! あなたにはわたくしたちがいるんですから、さっさと言いたいこと言っておやりなさい!!」


「ユフィ……ノックもせずに飛び込むのは、令嬢としてどうかと思うのよ?」


 大きく開け放たれた扉の向こうに現れた見事な金髪に、ステラシアの目が大きく見開かれた。

 彼女は気づいていないが、背後でマリンの口がパカッと開いた。

 隣からは、疲れたようなため息が聞こえてくる。


「……誰だ。ユーフィリア嬢とローゼにこの会談のことを伝えたのは……」

 

 キリリと優美な曲線を描く眉を吊り上げ、ユーフィリアの煌めく紺色の瞳がステラシアを射抜いた。そしてそのまま、スターリアへとその目を向ける。


「スターリア・エル=アクルークスさん。あなたもいい加減、前を向いたらいかが?」


 ユーフィリアの刺すような言葉に、そっぽを向いていたスターリアの金の瞳に鋭い険が宿った。なにかを言おうと口を開きかけ、けれどなにも言わずに唇を噛み締める。

 その姿を見て、ステラシアの胸がきゅっと小さな痛みを告げた。服の上からそこに触れてみる。どうしてなんだろう。あんなにも酷く当たられたはずなのに。

 スターリアを見ていると、胸が騒ぐ。


「ステラ?」


 隣から聞こえてきた低い声に、ステラシアは顔を上げた。

 アルトラシオンの紫の瞳が、心配そうに覗き込んでいる。片手に乗せられた温かな手のひらが、静かに彼女の指先を包み込む。

 表情は相変わらずだけれど、アルトラシオンがステラシアを気遣っているのはわかった。

 その想いがとても嬉しい。

 ステラシアは、アルトラシオンに小さく微笑みかけた。

 彼の紫眼が僅かに見開かれた。

 そして、ステラシアは背後に顔を向ける。すぐそばで、マリンとイアンが彼女を見ていた。大きなヘーゼルの瞳と、薄茶色の瞳が、柔らかくステラシアを包み込む。守られているのだと、感じる。

 それから、扉のほうに目を向ける。クリフォードの赤茶の瞳が、強くステラシアを見ていた。目が合えば、ニッと笑って頷かれる。

 ウィルフレッドの灼眼はさすがになにを考えているのかはわからなかった。彼はずっとアルトラシオンしか見ていないようだ。

 そろそろと、傍らで強烈な存在感を放っているユーフィリアへとステラシアは視線を移動させた。その名の通りの夜明け色の瞳が、ステラシアを鋭く射抜く。けれどそれが自分を疎んでいるからではないと、ステラシアはもう知っている。

 その隣で、ローゼリアがふわりと微笑んだ。アルトラシオンとよく似た、けれどもっと淡い紫色の瞳が、ステラシアを優しく見守っている。

 正面では、エミールの紫紺の瞳が静かにステラシアを見つめていた。それは、彼女にいつでも話をしていいと言ってくれているようだ。その背後ではリヴェルの翠緑色の瞳が、こちらも静かにステラシアを見ている。

 ステラシアは、胸に置いていた手をきゅっと握りしめた。痛んでいた胸の奥が、ほんわりと温かく脈打っている。


(わたし、ひとりじゃ――ない)


 いつか、第一王子宮から抜け出した時に、アルトラシオンに言われたことが、いまならよくわかる。

 逃げて、逃げて、それで残ったものはなにもなかったけれど、新たに手に入れたものはこんなにもたくさんあるのだと。

 いや、兄だけは、最初からステラシアのそばにいてくれたのだ。どんなに逃げても、エミールだけは。それだけが残っていたものなのかもしれない。ステラシアが耐えきれずに忘れてしまっただけで。

 覚悟を決めたように、ステラシアは深呼吸をした。

 スターリア、と自身の片割れの名前を呼ぶ。

 いまだ頑なにこちらを見ようとしない、自分と同じ顔の妹の名を。

 

「どうして……わたしがなにもかも持ってるなんて、言うの……?」


 ステラシアの問いかけに、スターリアの肩が跳ねた。

 床を睨んでいた金の視線が、途端にステラシアへと突き刺さる。


「どうして、ですって……?」


「うん。あなたのほうがなにもかも持ってるじゃない。わたしなんかよりもずっと、たくさんのものを。わたしには与えられなかったものを、あなたは、ぜんぶ持ってた。だから……わからない」


 淡々と、抑えたようにそういうステラシアに対し、スターリアは勢いよく顔を上げる。

 彼女の瞳の色が濃くなった。金から茶へ、そして赤く光る。

 肩を抱くエミールの腕を振り払い、スターリアはステラシアへと手を伸ばす。

 間にあるテーブルに手をついて、片手がステラシアの腕を強く掴む。

 そのあまりの強さに、ステラシアの眉が微かに寄せられた。

 周囲にいた人間が、一気に動く気配がする。それに首を振って、ステラシアは全員の動きを制止した。

 隣から怒気をはらんだような殺気が漂ってくる。

 目の前で焦ったような顔の(エミール)が、スターリアへと手を伸ばした。それを、スターリアの、魔力とは違うなにかがパチリと弾く。

 

「だって……。だって……! お父様も、お母様も、お兄様ですら……っ、いつもお姉さまのことばかり気にしていたわ! わたくしになにもかも与えながら、その実、わたくしだけを見てなんてくれなかった……!」


 スターリアの言葉に、エミールが息を呑む。


「スターリア……俺は、きみと、ステラシアの、ふたりを守りたいんだ。ふたりとも大事な俺の妹だから。そう……ずっと言っていただろう?」


 苦しそうに眉を寄せ、絞り出すような声を出した。

 スターリアの肩がピクリと跳ねる。


「俺にとっては、スターリアも、ステラシアも、大切なんだ。どちらか片方だけを気にかけるなんてできない。どちらも、俺の妹で、だから……」


「お兄ちゃん、ちょっと黙って」


 声を震わせ言い募るエミールを、ステラシアの硬い声音が止める。

 常にないスターリアの強い語気に、エミールが驚いたように目を瞠った。

 その姿を横目に捉えながら、ステラシアはアルトラシオンの手を振りほどく。そして、感情のままにそれを振り下ろした。

 もちろん、スターリアの顔めがけて。

 パンッ! という乾いた音が、室内に響き渡った。

 誰かが驚きなのか息を呑んだようだった。


「ふざけないで。なにが、自分は気にしてもらえない、よ。あなたには……っ。あなたには、ずっとお父さんとお母さんがいたでしょ!? わたしには、いなかった!! あなたがおいしいご飯を食べてるとき、わたしはなにも食べられないか腐ったものしか出てこなかった! あなたが温かな服を着ているとき、わたしにはワンピース一枚しかなかった!! それなのに、わたしはなにもかも持ってる!?――そんなわけないじゃない! わたしだって、お父さんとお母さんに会いたかった!! 抱きしめてもらいたかった!!」


 五歳のときのステラシアはそう願っていた。お誕生日だからおめでとうと、心から祝福して抱きしめて、頭を撫でてもらいたかった。

 父と母がどんなものなのか、知りたかった。

 それなのに、その温もりを享受していたはずの妹が、それを足りないという。


「お父さんとお母さんがいて、お兄ちゃんもいて……それなのに、お兄ちゃんの愛情の半分すら、あなたはわたしにくれようとしないんだね」


 辛くて、悲しい。そして、淋しい。泣きたくもないのに、目から熱いものがどんどん溢れて床へと落ちていく。

 これが、なんでもない相手だったら、なんとも思わなかった。たとえ家族だろうと、関心のない相手であれば、ステラシアはどうとも思うことはなかった。

 それが冷淡で薄情なことはわかっている。

 それでもここまで感情が制御できないのは、スターリアが()だからだ。双子の、()()。自分の()()()


「だ……っ、だって!! そうよ、だって……わたくしだって……わ、わたくし、だって……」


「あなたに、階段から突き落とされたとき、それからそのあと食事を持ってくる人がいなくなったとき。そして、逃げ出した先であなたにまた出会ってみんなから石を投げつけられたとき。……わたしは、死ぬと思った。実際、死ぬところだった」


 淡々と、当時のことを話すステラシアに、スターリアの顔がサッと青褪める。わなわなと唇が震え、赤く染まった瞳から涙があとからあとから零れ落ちる。

 けれど、それを拭おうとする者はこの場にはいなかった。

 まだ、兄であるエミールだけはスターリアに手を差し伸べたかもしれない。だが、それを拒んだのはスターリア自身だ。


「おまえは……ステラシアを殺そうとしたのか? それは立派な犯罪だ。幼少の頃はまだしも、六年前なら分別もついていよう」


 静まりかえる室内に、アルトラシオンの底冷えするような声と、スターリアのしゃくり上げる音だけがこだまする。


「ち、ちがうわ! わたくし……べ、別に、お姉さまを殺したい、などと……お、思ってなかった、わ……っ」


 その言葉を信じた者が、この場にどれくらいいただろう。

 ステラ自身、五歳のスターリアに「死んじゃえばいい」と言われたのだ。幼かったとはいえ、それは明確な殺意だ。

 ヒクッヒクッとスターリアが涙を流す。ステラシアの腕を掴む手には、もう力が入っていない。腕を引けば簡単に外れてしまいそうだ。

 けれど、ステラシアはそうしなかった。

 ――いや。

 そう()()()()()()

 腕を掴む手は震えていた。まるで離したくないと言っているようだった。

 あるいは、縋り付かれていたのか。


「スターリア……」


 ステラシアに叩かれた頬に、金の髪が貼り付いている。涙で濡れたそこは真っ赤になって痛々しい。

 ステラシアはスターリアを許せない。けれど、拒絶できるほどに、この妹という存在のことをよく知らない。

 怖いことも、痛いことも、されてきたのは事実だ。

 けれど、どうしても嫌悪することができないのだ。


(ああそっか……この子、とても――子どもなんだ)


 子どもで……そして、とても甘えんぼう。ひとりぼっちの寂しがりや。

 そう思えば、ストンとなにかが胸の中に落ちてきた。


「ねぇ、スターリア……なら、どうして?」


 どうしてそんなにも、わたしを拒絶するの?

 どうしてそんなにも、わたしから奪おうとするの?

 どうして――どうして?


「わ、わたくし……わたくしは、ただ…………お、お姉さまと、おはなしが、したかったの……っ」


 そう言って、わぁん! と声を上げて泣くスターリアに、なにも言えなかった。


 ◆ ◆ ◆


 乳母に抱かれて、ひらひらと舞う蝶に手を伸ばす。

 その向こうで、こちらを見つめる幼い半身を見た。

 自分と違って、綺麗な服を着て、ふっくらとした薔薇色の頬をして。とても驚いた顔が愛らしくて。

 陽光に煌めく金の髪が眩しくて、ステラシアは可愛らしい妹にそっと微笑みかけたのだった。

 伸ばした手は、彼女には少しも届かなかったけれど。

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