再会②
第一王子アルトラシオンとアクルークス伯爵エミール、その他多数のお茶会は、和気あいあいと始まって進んでいった。
カップを傾け、菓子を食べ、ステラシアは首を傾げる。
(あ、あれ? 絶対こんなことのためにお城に連れてきたんじゃないよね……?)
穏やかにイアンの淹れた茶を飲むエミールと、目が合った。にこやかに微笑まれる。
隣に視線を向ければ、淡々とした様子で同じようにカップに口をつけているアルトラシオンがいる。目が合って柔らかく細められる。
腰に回ったアルトラシオンの手は、いまだ離れることなくステラシアを自身に引き寄せ続けている。
その様子に目を留めたエミールの瞳が、こちらは意味深に細められる。
「さて……貴殿とステラをこの場に呼んだ理由だが」
カチャ、と軽くぶつかり合う茶器の音に、ステラシアは意識を隣へと引き戻す。
アルトラシオンが、エミールへと視線を向けた。
「私が、ステラシアに会いたいと要望したから……」
「だけではないな」
ですよね、とエミールも肩をすくめて同意する。
いつの間にか、それぞれの側近たちは壁際に下がっていた。
扉付近にはウィルフレッドとクリフォード。ステラシアとアルトラシオンの背後にはイアンとマリン。エミールの後ろにはリヴェルが、各々の主を守るように立っている。
「……見つかったのですか?」
先に言葉を発したのはエミールだった。なにかを確かめるように、ポツリと。
それを受け、アルトラシオンが「ああ」と頷く。
いきなり始まった話に付いていけないステラシアは目を白黒させながら、ふたりの話を見守った。
「どちらに?」
「東隣の男爵領だな」
「東隣……男爵領はひとつですね。男爵でありながら小さく領地を持ち、それなりに栄えている。セラン男爵……」
そこまで言って、エミールはハッとした顔をした。
アルトラシオンは感情の見えない瞳で彼を見つめている。
主語を除いたふたりの話の内容は、ステラシアになにも情報を寄越さない。
ふたりだけで完結しているものだ。
「それは……なんというか、偶然が過ぎますね」
エミールが苦笑しつつ、口元を手で隠す。きょとんとした顔のステラシアと目が合って、彼は困ったように笑いかけた。
「まあ、確かに偶然、ではあるな」
低く呟くアルトラシオンに、ステラシアは首を傾げた。
セラン男爵領といえば、ステラシアが師匠とともに住んでいたガリア領の東隣に位置する小さな領地だ。織物用の繊維の生産が盛んで、小さくともそれなりに裕福な土地。
「セラン男爵領は確か、ガクルックの分割地……」
思わず口に出てしまったステラシアを、エミールが驚いたように見た。アルトラシオンはその隣で微かに口元に笑みを浮かべている。
「ステラシア……きみはとてもよく勉強しているね。さすがはアクルークスの令嬢、俺の妹だ」
にこりと笑ったエミールに諸手を挙げて褒められ、ステラシアは頬を染めて俯いた。
うっかり、ふたりの会話に割って入ってしまった。
ただ、ステラシアがわかるのはそこまでだ。そこから先、どう繋がるのかはまったくわからない。
それなのに、正面と右隣の男ふたりがステラシアを見て嬉しそうにするのが、少しいたたまれない。
「そうだな……いいかい、ステラシア。先日の戦勝会で、魔獣に食いちぎられていた男爵がいただろう? 彼が、そうだよ」
そう、というのは、彼が"セラン男爵"ということだろうか。
あのとき重症だったのはあの貴族だけ。意識が朦朧としていたが、確かにアルトラシオンが「男爵」と言っていたのは聞こえていた。
そして、彼の大怪我を治したのは、スターリア……。
誰もが、彼女の奇跡を目の当たりにしていた。
ステラシアが"凶星"だと糾弾されていたことも。
セラン男爵領は、ガリア領のすぐ東隣の土地。徒歩では遠くとも、馬車を使えば小一刻もあればたどり着ける場所。さらには、ガクルック領の分割地――つまり、ガクルック伯爵領と縁のある土地。
それは、もしかして。"見つかった"というのは、もしかして――。
「あ、あの! アルト様、お兄ちゃん! もしかして、し……」
アルトラシオンもエミールもなにも言わない。ただ、ステラシアが話すことを待っているように黙ったまま。
そうして答えに辿り着いたステラシアが、問いかけようとした矢先、扉の叩かれる音がした。
ピタリと口を閉じたステラシアを見て、アルトラシオンが仕方なさそうにクリフォードへと視線を向ける。
その視線を受け僅かに頷いた彼は、扉の向こうへと声をかけた。
「お連れしました」
それだけが聞こえてくる。
主に視線だけで問いかけるクリフォードに、アルトラシオンが軽く頷いた。
ゆっくりと開かれていく扉の向こうで、銀に近い金色が窓からの陽光に透けて煌めいて見えた。
「おにい、さま……? どうしてお姉さまといっしょにいるんですの?」
扉が開いて、室内へ視線を走らせたスターリアは、目にした光景に唖然とした。
扉の近くには、黒い眼帯をした赤眼の黒い男と、対照的に真っ赤な髪をした大柄な男が立っている。
背後にはスターリアをここまで連れてきた騎士たちが隙間なく立っており、中に入ることしか選択肢がない。
まあ、それはいい。癪に障るけれど、文句は腹の奥底に沈めてしまう。
けれど、部屋の中にはスターリアの知らない顔がいくつもあった。そして、見知った顔もいくつか。
中央のソファに座っているのは、自分の兄でもあるエミールだ。
その真向かいに腰掛けているのは、寝ても覚めても忘れることのなかった自分とよく似た相貌の女。ステラシア。双子の、姉。
彼女の真横で腰を抱くようにしているのは、この国の第一王子。騎士団の総括団長も務めるアルトラシオン・ディア=ポーラリアス。
その、ステラシアの腰に回っている腕を見て、スターリアの視線が鋭くなる。
「どうしてお姉さまが、そこにいるのよ!?」
部屋に一歩入るなり叫ぶように言うスターリアを、アルトラシオンは冷ややかな瞳で見返した。
この娘は、この状況といまの自分の立場をわかっているのだろうか。
はぁ、と小さく息を吐いたのは、アルトラシオンの対面に座っていたエミールだった。
「スターリア……こちらにおいで」
「でも、お兄さま……!」
「いいから、来なさい」
静かだけれど有無を言わせないエミールの言葉に、スターリアが渋々と従って歩いてくる。
ソファに腰掛ける直前に、アルトラシオンに向かってカーテシーをするところを見るに、必要なことがなにかはわかっていたのだろうと、誰もが考えた。
だとしても、最初の印象は最悪だ。戦勝会からのその印象は払拭されることはない。
「スターリア。この場でいちばん立場が上なのは、第一王子であらせられる殿下だと理解していたね? それならまずきみがすべきことは、俺やステラシアに食って掛かることではなく、殿下へのご挨拶だったということも、当然理解しているね?」
隣に腰掛けたスターリアに、エミールが諭すように言葉をかける。彼の言葉が紡がれるたび、スターリアは拳を握り、唇をかみしめた。
わかっているわと振り絞るような小さな声が聞こえ、エミールは静かにスターリアを見る。
眉を寄せ、兄を見ようともしないスターリアのその頑なさに、エミールはまた小さく息を吐いた。
「殿下、申し訳ありません。教育が行き届いておらず……」
「いや、いい。貴殿の謝ることではない。妹の教育は兄の義務ではないからな。手本を見せる立場ではあるだろうが」
暗に、親の問題だろうと言われ、エミールは口元に苦い笑みを浮かべた。
ひとつ年下のこの上司は存外口が悪い。アクルークス伯爵家の内情も深く知られてしまっているようだと感じる。
エミールは入り口付近へと視線を向けた。そこに立つ黒髪の青年は、自身の背後に立っているリヴェルよりも情報収集能力が高いようだ。単純な戦闘能力であれば、リヴェルには及ばないのだが。いや、小手先の問題か。
「スターリア・エル=アクルークス伯爵令嬢。先日のあなたの対応のおかげで、セラン男爵の命は繋ぎ止められた。その点において、まずはあなたに感謝をしようと思う。男爵からも礼を言ってほしいと言付かっている」
スターリアを冷ややかな眼差しで見つめながらも、アルトラシオンはまずそう口にした。
アルトラシオンの腕のなかで、ステラシアが小さく身じろぎをする。
離れようとする細い腰を、アルトラシオンは決して離さずにむしろ自身へと強く引き寄せた。
その様子に、スターリアの眉が不快そうに顰められるのが、誰の目にも見えた。
「お言葉感謝いたします」
スターリアの返答に、エミールが心配そうな視線を向けた。
たったそれだけではあるのだが、自国の王子に応えるスターリアの態度は、あまり良いとは言えない。
ふん、というようにステラシアから視線を逸らすスターリアの耳に、「だが」というアルトラシオンの言葉が届く。
「あの場でステラシアを糾弾したのはなぜだ?」
アルトラシオンの腕のなかで、ステラシアの体がこんどはビクリと震えるのがわかった。抱いたままの腰を、宥めるように軽く叩く。
「あの場には国内の貴族が大勢いた。陛下も御来席なさっていた。託宣があるとはいえ、あなたにとってステラシアは血を分けた姉ではないのか。長年会っていなかったとしてもだ。ステラシアが、あなたになにをした? 凶星だとあげつらう必要がどこにあった?」
アルトラシオンの言葉は容赦がない。普段、身内判定した相手以外の令嬢と会話する際は、情を廃していると言いつつも穏やかな語り口で応じるアルトラシオンが、いまは抜き身の剣のように鋭くスターリアを斬りつけている。
(普通のご令嬢であれば泣くな……)
自身も冷たい目でスターリアを眺めながら、クリフォードは思った。彼もまた、スターリアに思うところがあった。
あの戦勝会の日、男爵を治癒しようとしたマリンを、彼女は突き飛ばしたのだ。その際、マリンは腕に軽く怪我をした。
本人は大丈夫だと言っていたが――そもそも騎士にとって傷は勲章だと誇っていたが、クリフォードがそんなことで納得するわけがない。
星の名を冠する貴族家に爵位の差はないが、侯爵家の笠を着てでも、マリンに謝罪をさせるつもりでいた。
だが、スターリアは普通のご令嬢ではなかった。というよりも、苛立ちで自身を覆ってしまい、アルトラシオンの鋭い言葉すら彼女には届かないのだ。
「スターリア……」
エミールが横から、スターリアに手を伸ばす。頭に触れようとしたそれを、彼女はパシッと払い除けた。
エミールの背後に立っているリヴェルの眉が、一瞬ピクリと動きすぐに真顔に戻っていく。
その均衡を破れるのはやはり――。
マリンとイアンの視線が、アルトラシオンの隣で縮こまったステラシアへと向く。
当の彼女は、向けられる視線に気づくことなく、しかししっかりと前を向いたまま口を開いた。
「あ、の……スターリア? わたし、あなたになにかした? なんでそんなに嫌うの?」
ステラシアのその言葉に、そっぽを向いていたスターリアの横顔がクシャリと歪むのが見えた。
「どう、して……? だって、わたしたち同じ家に住んでもいなかったのに……」
「……っ」
そこまで口にした瞬間、スターリアの表情が頑ななものからいまにも泣き出しそうなものへと変化した。
「べ、つに……」
静かな部屋に、スターリアの小さな声が落ちる。
遠くでコンコンと扉を叩く音がして、クリフォードが動いたが、ステラシアもスターリアも気が付かない。
「べつに、わたくし……お姉さまのこと嫌いだなんて言ってないわ……っ」
押し殺したような悲鳴が、室内に響き渡った。
それを聞いて、誰もが訝しげな視線をスターリアへと向けた。
戦勝会での言動、ステラシアから聞いた過去の話、エミールが報告を受けている彼女の素行、リヴェルが見続けた彼女の思考。どれをとって考えても、スターリアがステラシアを嫌っていないという証明にはほど遠いのだから。
「なによ……っ」
スターリアは、背けていた顔を伏せ唇を噛み締めた。
スターリアだって、本当はわかっていた。この場が最初から彼女に優しくないところだってことくらい。
だからこそ、彼女は意地を張り巡らせて心を覆ったのだ。
別に、ステラシアのことを嫌いだなんて、彼女は思っていない。でも、ステラシアを見るとどうしようもなく、胸の奥がざわめいてしまう。
本当なら、手を取り合って抱き合って、片割れの存在を噛み締めたいと、そう思うのに。どうあってもスターリアは、嫉妬心が抑えられなくなる。
そう――これは、嫉妬だ。
「お姉さまは……っ、ズルいのよ! お姉さま、なんでも持ってるくせに、みんなみんなみんな! ステラステラステラって、お姉さまのことばかり!!」
悲痛に叫ぶスターリアの言葉に、ステラシアの心の奥でなにかが弾け飛んだ。頭のなかで、耳の奥で、パンッと鈍い音がする。
膝のうえで握りしめた手のひらに、自身の爪が食い込んだ。目の前が、赤く染まっていくようだった。




