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店舗日誌 五

「きゅい……」

「きゅいぃぃ……」

 本の虫さん達を患者が眠る部屋に案内します。

 扉を開けるなり隙間から次々と入っていきます。

 眠る仲間に駆け寄った本の虫さん達はその小さな手で心配そうに手や顔に触れています。

 中には涙ぐんでいる子さえいました。

 特に昨日の騒ぎに居合わせた子達は直接彼らの疲れ果てた姿を見ていた分心配が大きかったようです。

 しかし、静かなでも大きな安堵を本の虫さん達が抱いているのが見ているだけのわたくしにも十分に伝わってきます。

昨日の騒ぎが一体どのように本の虫さん達に伝わっているのか気になりますね。倒れた本の虫さん達を里の方で預かったのはあまりにも人数が多かったからで重体で動かせなかったからとかではないのですが……ちゃんと正確に伝わってますよね?

 そんなちょっとした不安をわたくしが抱いている間に本の虫さん達は実際に健やかに眠る本人達を見てようやく安心したのかほっとした顔になり、眠りを妨げないためかお互いにしーと口を手で押さえています。

「きゅい」

「きゅいきゅい」

 声を潜め何事かと喋るとわたくしに頭を下げてから一人二人と帰っていきます。

 ぴょんと飛び降りて歩いていく姿が可愛いです。

 本の虫さん達にほのぼの癒されて……うん?あれ?

 

 なにか、変、です。

 

 帰っていく本の虫さん達に違和感を感じとり目を凝らしてみます。

 何が可笑しいのでしょうか?

 しばらく本の虫さん達の帰宅ラッシュを見守り……それに気付いてわたくしは我が目を疑いました。


 あの……あなた達、明らかに途中で消えていませんか?


 部屋の扉も窓も開いていません。閉まっています。

 それなのにてくてくてくと歩いていた本の虫さんの姿は忽然と消えます。

「きゅいきゅい」

 小声で「ばいばい」と手を振る本の虫さん達の姿はほのぼので可愛らしいですが(動揺していても思わず笑顔で手を振り返してしまうぐらいに)三歩ほど進むと姿がありません。


「きゅいきゅい」

 てくてく。

 忽然と消える。


 これが何度も何度もわたくしの目の前で繰り返されていきます。

 ええ~~!となるわたくしの気持ち、きっとわかっていただけると思います!


 気付いてからは本の虫さん達を凝視し、動きを見逃さないようにしていたのですが気付くと姿が見えなくなっています。

 何度見ても同じ。消えます。当たり前のように姿がぶれることもなく気付くと誰もいなくなっています。

 驚くわたくしをよそに本の虫さん達は慣れたもので誰一人として動揺していらっしゃいません。

 常識?

 これが異世界の常識?

 密室から三歩で消え失せるのが異世界での常識なんですか?

 驚いているわたくしの方が非常識なんでしょうか!

 というか異世界トリップ者の心臓に少しは配慮を下さい!

 わたくしの動揺は部屋の中に本日お仕事の本の虫さん達だけになるまで続きました。


 驚き疲れてカウンターで水揚げされたマグロのようになっているわたくしに本の虫さん達が心配げに声をかけてくださっていますが……残念ながら疲れの原因はあなた方の不思議生態のせいなのですよ。

 なんてことは言えません。

 言えないから日本人の得意技を駆使して曖昧に笑ってごまかしました。


 しかし疲れました。

 何かこう、一生とは言いませんが一年分ぐらいの驚きを朝のひと時で味わった気分ですよ。

「はにゃ……疲れた~~」

 ああ、頬に感じるカウンターの冷たさが気持ちいいです~~。

 だらけきったわたくしを叱咤するようにドアベルがからんと鳴りました。

「こんにちは~~っておよよ?店員さんお疲れだね?」

 一目で火竜の方と分かるほど見事な緋髪をポニーテールにした見た目十八歳ぐらいの少女が元気良く来店されて、カウンターの上で疲れ果てているわたくしに首を傾げられました。

 わたくしは顔だけ上げて親しくさせていただいていた方だったので失礼ながらそのままご挨拶だけ申し上げました。

「いらっしゃいませ~~」

 気が抜けているのはご勘弁を。

 緋髪のお客様……里でも人気の食堂「竜の火吹き亭」の看板娘であるリリシャさんはくるくるとよく変わる暖炉の火のような暖かい瞳に驚きを宿しながらカウンターからわたくしを覗きこんでこられました。

「本当にどしたの?店員さんが客の前でだらけているだなんて珍しい。ねぇ?」

「…………」

 気配一つさせずリリシャさんの背後に立っていた白い髪の秀麗な顔をした青年が無言で頷かれます。

 無表情に佇む青年に気付いた本の虫さん達がぎょっとしたように震えていました。

 わかります。わかりますよ。その気持ち。

 わたくしも知り合ってこの方この方の接近に気付いたことってありませんからね。

 突然現われたように感じて驚いてしまうのですよ。

 あれは本当に驚きます。

 彼の名前はドークさん。無口無表情が標準装備の竜の火吹き亭の接客係り兼料理人見習い兼リリシャさんの幼馴染の白竜の青年です。

「ドークさん。相変らず気配を感じさせませんね……」

 わたくしの言葉にもドークさんは特になんの反応も返さずに涼やか……いえ、無表情でリリシャさんの傍に佇んでいらっしゃいます。

 いつものことですのでわたくしも返事が返ってくるとは期待しておりません。

 それにしても相変わらずの気配のなさ。

 リリシャさんと一緒に来店されたはずなのに彼女が声を掛けるまでいることに気付きませんでした。

 わたくしの言葉にうんうんとリリシャさんが力強く頷いていらっしゃいます。

「存在感がないのよね~~うちの従業員は異常に存在感があるか異常に存在感がないかの二択で極端なのよ~~」

 因みに異常に存在感があるのは竜の火吹き亭の店長であり料理人であるリリシャさんの母親のことです。

 リリシャさんと同じ火竜である店長さんは気風のいい姉御肌で生命力を無駄に外に放出しているようなお方です。

 存在感がないのは……言わずもがな、です。

「今じゃ数が少なくなっている白龍ってだけで目立ちそうなものなのにねぇ」

「…………」

「その無口無表情も存在感のなさを助長していると思うんだけど……」

「…………」

「困った顔しない。別に無理矢理笑えとか言わないから」

「…………」

「あからさまに安心した顔しない。まったく!無表情で無口なくせに態度がわかりやすいのよ!」

 いえ、全くわかりやすくありませんよ!

 ドークさんの無口無表情と会話が成立するのはリリシャさんだけですから。

 前出の会話においてドークさんは全く喋らず顔も変わらずただ微妙に動いていただけで素人には彼の心情を読み取ることは不可能でした。

 リリシャさん本人は自分がどれほど困難なことをやってのけているのか全く自覚されていないのが不思議です。


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