第6話 番(つがい)の邂逅
【魔王宮殿、執務室】
魔王が執務を行う部屋の扉を、騒々しく叩く音がした。
「グレン、わしじゃ!入るぞ」
返事も待たずに入ってきたのは、ロリエッタだった。
彼女は、幼さが残る、そのあどけない顔をひょっこりと覗かせた。
「おぉ!ババか?よく来た、入れ!」
グレンは執務の手を止め、椅子から立ち上がった。
「久しぶりじゃな、グレン。変わりないか?」
「ババも元気そうで―――と、ババにこの質問は、意味が無かったな」
グレンの問いにロリエッタは、フッと苦笑いを浮かべ部屋の中へと入ってきた。
ロリエッタは、ぺルムの森の異常を報告する為に、ここ王都の魔王宮殿に居るグレンを訪ねて来ていたのだった。
◇
「―――、何?ぺルムの森で魔獣の活性化が頻発していると?!」
「うむ、ここ最近は、異常な感じじゃ。お前にも報告しておく方が良かろうと思ってな」
ふたりは、応接用のソファに向かい合って座りながら話しをしていた。
「そう言えばつい最近、単体の魔獣だが、他国の村を襲った話を幾つか耳にした。偶然かと思っていたが、もしかすると何かしらの関連があるかもしれんな。近いうちにまとめてババにも知らせるとしよう」
「うむ、そうしてくれ。わしも活性化の推移をまとめておく。まぁ、原因究明にはならんと思うが、近いうちに、この手の事をよく知る人物に会いに行ってみるわい」
ロリエッタは、差し出されていた、久しぶりに飲む琥珀色の酒に舌鼓を打った。
「それは、助かる。時にババよ、ブラントの様子は、どうだ?魔獣の森に行ってまだ数日だから、―――」
「はぁ?グレン、何の話をしておる?」
噛み合わない話に、ロリエッタは怪訝そうな顔をした。
「何って?ブラントが魔法を学びに、そっちに行ったであろう?」
「いや、来てないぞ。そもそも寝食を行う所には、認識阻害の結界をはっておるから、わしが解除しない限り未熟なブラントひとりでは絶対に辿り着けんはずじゃ」
「そんな、まさか?!ブラントの奴目。ババの許可を得たと言っておったのに、我を謀ったな!!」
計略にかけられた事を知り、グレンは怒りをあらわにした。
「ったく!ブラントの仕出かしはともかく、お前こそ何故わしに裏を取らん?!そういう詰めの甘いところは、お前の父親そっくりじゃな!」
「い、今、父上の話は関係なかろう!それよりどうすればいい?」
グレンは、慌てて自分に矛先が向かわないよう、呆れ顔のロリエッタに問題を投げかけた。
「で?それはいつの話じゃ?」
「五日前の早朝だったから、そうだな……遅くとも昨日のうちには、そっちに着いていると思うが」
「入れ違いになったか?まったく、タイミングの悪い!」
「我の方で捜索隊を組んで向かわせようか?」
ロリエッタは考えを巡らせ、手にしていたグラスをテーブルに置いた。
「いや、それには及ばん。ペルムの森には、わしが探知結界を張り巡らせておるから大人数で森に入られると、かえってブラントを見つけづらくなる。ここはひとつ、わしひとりに任せてくれ」
「ババに頼めるのなら心強いが、良いのか?」
「致し方あるまい。やれやれ、帰りに美味いもんでも食って、ゆっくり帰るつもりでいたが、大急ぎで帰る羽目になってしもうたわい」
「すまない、おババ。この埋め合わせは必ずする。だからブラントを頼む」
大きく溜息をついたロリエッタだったが、親として心配し頭を下げるグレンの肩を、すれ違いざまに何も言わずポンと軽く叩いた。
ロリエッタは、グレンとの話しや別れの挨拶もそこそこに、早馬で魔王宮を飛び出して行った。
通常、王都からぺルムの森までは、馬を使っても三日はかかる。
しかし、早馬を乗り継ぎ、ぺルムの森に一番近い街へと半日で辿り着いたロリエッタは、この先を自身の身体強化で行けば日没までには、辿り着けると踏んでいた。
ぺルムの森へと向かう街道に入り、周りに人気が無いことを確認すると、
「ここから先は、最速で行って良いじゃろう」と呟き、ロリエッタは呼吸を整えた。
◇
その頃―――、
アルテナは、晩飯にする食材を探しに、認識阻害の結界が張ってある外へと来ていた。
「どうして、日持ちする食べ物って、あんなにも美味しくないんだろう?先生もまだ数日は帰ってこないって言ってたし、日没も近いから、別に必死になって探す必要もないんだけどな……あ~ぁ、今夜もひとりか~」
辺りの様子を窺っていたアルテナは、森に溶け込むように草むらの陰に身を潜めていた。
すると、見覚えのある小動物が警戒することなくアルテナの前を横切る。
「バニラット!!ふふっ、ついてる~ぅ。あれ、美味いんだよな」
アルテナは、バニラットの味を想像しただけで出てきたよだれを、じゅるりとすすると袖で拭いつつ息を殺して近づいていった。
「食べちゃうぞ~~~~~っ!」そう言って、潜んでいた草むらから出た瞬間だった。
まったく同じタイミングで、向かいにある草むらの陰から人影が飛び出してきた。
互いの存在に気がついたふたりは驚き、すぐさま距離を取る。
「だ、誰?!」
危険を感じ、咄嗟に身構えたアルテナは、声を荒らげた。
草むらから飛び出したのは、アルテナと同じくらいの年頃の少年でオドオドしながらも剣を抜き、その剣先をアルテナへと素早く向けた。
「お、お前こそ、何者だ?!ぶ、無礼だぞ!!オレは、この国の第七王子なんだぞ!!」
少年は、身分をひけらかしたが、こんな誰も来ない森の中では何の役にも立つはずもない。
「……、第七王子?」
王子が護衛も付けずに、こんな森の奥深くまでひとりで来るなんて、胡散臭いと思った半面、着ている服は汚れてヨレてはいるものの、明らかに良い物だとアルテナでも分かった。
「ここへ、何しに来た?」
「何しにって、この森に住む『ロリエッタ=フェレーラ』に会いに来た」
「先生に?!」
「!、先生だと?」
ふたりは、互いの言葉を聞き、身構えていた姿勢を少し緩めた。
少年は、剣を鞘に戻し名前を名乗った。
「オレは、ブラント。カルヴィナ王国の第七王子で、ここへは、おババ……じゃなかった!ロリエッタに魔法を習いに来た」
「嘘よ!そんなの先生から聞いてない!!」
「お前こそ!!ぺルムの森は、おババ以外に住む者など居ないと、父上から聞いたのに、なぜ、ここに居る?……ん?!その目、右目と左目で違う色?!もしかして、お前!……」
アルテナは、「ハッ」となった。
ロリエッタとの平穏な日々の中で、アルテナは自分が隠すべき『真実』を失念していたのだ。
「ち、違う!!」
首を振りブラントの言葉を遮ると慌てて目を隠すように、くるりと背を向け立ち去ろうとした。
「お前、半魔だな?!」
ブラントのその刃よりも鋭い言葉にギクリ、と全身が凍りつく。
アルテナの顔は、みるみる青ざめ唇を震わせ始めた。
―――『フハハハハッ、やはり、その色違いの目。
お前―――、半魔だな?!』
まだ幼かったあの時、アルテナの心の奥底に刻まれたその言葉が、まるで呪いの様に耳の奥に甦ってきた。
「違う!!」
大きくそう叫ぶと、彼女は頭の中で聞こえてくる声に、必死で否定しだした。
「―――、違う、違う!!違う、違う・・違ぁぁぁぁぁぁうっ!!!」
何かに怯え、耳を塞ぎ、歯はガチガチと音を立てるくらい震わせ、呼吸が荒くなる。
とうとうアルテナは、その場に座り込んでしまった。
「お、おい!どうしたんだ?大丈夫か?」
ただ事でない様子に心配になったブラントは、フラフラしながらも、その場から立ち去ろうしていたアルテナの背中を追いかけた。
だが、自分を追いかける彼のその姿が、逆に、アルテナにとってあの日の夜の事を鮮明に思い出させてしまった。
抗いようのない恐怖に、彼女はみるみる冷静さを失っていった―――。




