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第7話   深淵の檻



迫りくる恐怖とやり場のない憤りに、少女の理性がドロドロと塗り潰されてゆく。


家の外から聞こえる悲鳴と叫び声、―――。


血が滴り落ちる(なた)を持った男、―――。


()まりに横たわる目を閉じたままの母親、―――。


耳を(ふさ)いでいるはずなのに、ハッキリ聞こえてくる。


目を閉じているはずなのに、鮮明に見える。


「あっ……あっ、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!お、お前が……」


頭を抱え、叫び声を上げたアルテナは、ブラントを肩越しに(にら)みつけた。


悲しみと、怒りと、恐怖でアルテナは―――、


正気を失った!


もはや目の前の少年は映っていない。


ただ殺すべき「敵」だけが映っていた。


「おい!本当に大丈夫か?顔が真っ青だぞ?!」


尋常(じんじょう)じゃないアルテナの様子に、手を差し伸べたブラント。


しかしその手が、あの日、あの(なた)を持った男の残虐な手と重なる。


「お前がぁぁぁっ!!お前が、お母さんをっ!!!!」


振り向いたアルテナは、憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)で、今度は逆にブラントへと向かってきた。


ブラントの右頬を何かが、かすめ飛ぶ。


「!!っつっ!」


頬に痛みを感じたブラントは、アルテナに殺気の様なものを感じ、大きく間合いをとった。


「おい、待て!!オレに敵意はない!!」


咄嗟(とっさ)にそう叫んだが、怒りに(とら)われたアルテナに、その言葉は全く届かない。


まるで、髪を逆立てるかの(ごとく)く、彼女の怒気(どき)(はら)んだ、その表情にブラントは腹をくくるしかなかった。


「待てと言っている!仕方ない。オレだって、ここで成すべきことがある!だから黙ってやられる訳にはいかない!!」


そう言うとブラントは再び剣を抜き、その先をアルテナへと向け構えた。


ブラントには、勝算があった。相手は、自分より少し背が高いが華奢(きゃしゃ)で、同じくらいの年頃。


自分とは違い、戦う武器(えもの)は持ってなさそう。


しかも接近戦。


どうやら、ロリエッタを先生と呼ぶくらいだから魔法使いに違いない。


それに、相手は半魔人。


大した魔法も使えるはずもない。


自分は魔剣士だから、こちらに()がある……と、


しかし―――、


ブラントは、『一気に間合いを詰め、剣の手数で魔法を封じる』そう思い、アルテナがいる方へと地面を蹴り上げた時だった。


突然、土壁が(おお)いかぶさるように目の前に現れた!


「何っ!?」


行く手と視界を遮られ、咄嗟(とっさ)に剣で壁をなぎ払ったがアルテナの姿が見えずに焦るブラント。


右、左と視点を素早く移し見たが、アルテナを見失った。気配を探るブラントが戦慄する。


「?!……しまった!上かっ!!」


ブラントは、気配を察知し上を見上げると、大きな炎と共にアルテナが急降下してきている。


空から迫り来るアルテナに、ブラントは攻撃どころか防戦に転じるしかない。


慌てて魔法障壁(しょうへき)を全面に張り、後ろへと飛び退いたが、アルテナが繰り出したフレイム魔法とブラントの魔法障壁(しょうへき)がぶつかり合い物凄い勢いで爆散した。


ブラントは再びアルテナを見失ったのだ。


「クッ!どこに行った?!」


相手の行動が予測できずに焦ったブラントは、感知魔法でアルテナを捕捉しようとした。


元々、ブラントは、さほど魔法が得意ではなく、それに今更の感知魔法は、展開スピードも感知精度も低い。だから、アルテナを捉えた時は、既に後ろを取られていた。


「!!しまっ―――」


焦って繰り出した剣は、大振りとなって空を切り、アルテナをかすめもせず、反対に大きな隙ができてしまった。


その隙をアルテナが見逃すはずもない。


すかさず、ブラントの横っ腹めがけて風切り弾(エアショット)を放った。


障壁も張れず、まともに喰らったブラントは、受け身すらとれずに吹き飛ばされ、その身を大木の幹へと打ち付けた。


「グハッ!」


ブラントは、大木からずり落ちると、打ち付けられた衝撃で肺の空気が押し出され、痛みで剣を構えていられず、たまらず地に刺した。


「な、なんて奴だ!こんなにも多彩な属性の違う魔法をいとも簡単に、ランクは下級魔法ばかりだが精度が物凄く高く、おまけに……早い!」


じりじりと近づくアルテナに対し、距離を置きたかったブラントは、激痛が走る腹を押さえながらも、地面と空中から無数の氷槍(ひそう)が襲い掛かる術、『アイスランス』放った。


しかし、直線的な攻撃魔法のアイスランスをアルテナは自分に当たりそうなものだけ、その軌道に合わせ魔法障壁で防ぎ他は無視して更に間を詰めて来る。


「格下だと思っていたのに、これでは……手加減なんて言ってる場合じゃないな。殺すつもりでいかなきゃ、こっちがやられる!」


汗で滑る手のひらをズボンで拭い、折れそうな心を叱咤(しった)するように剣を握り直した。


アルテナを睨み、痛みに顔を歪ませながらも、アイスランスで牽制しつつ、数歩前に出る。


そして剣を真っ直ぐに構え呼吸を整えた。


アルテナは、生気を失った目で歩みを止めることなく、右手に『ベルーデ』を練りこみながら、真っ直ぐブラントへと向かっていく。


ブラントは、右足を引いて腰を落とし、「死んでくれるなよ!」と言って、放つ剣技の間合いにアルテナが入って来るのを待っている。


少しづつ、縮まるアルテナとブラントの距離。


日没前の森の木々たちが風に揺れ、まるでふたりの戦いを見て興奮する観客の様に、大きくざわつき始めた―――。


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