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第4話   魔獣の森【魔法に愛された師】




ここは、ぺルム大森林のほぼ中央に位置していて、近くには小さな川も流れている。


深い森の中なのに、ここだけは地面に陽の光が十分な広さで当たる程、開けていた。


時折、遠くから獣らしき鳴き声が聞こえてくるが、ロリエッタとアルテナは、ここで毎日の日課である魔法の鍛錬(たんれん)をおこなっている―――。


「は~あぁぁぁぁぁぁっ!!」


アルテナは、少し距離のあるふたつの岩に付けられた印、目がけて『火』と『水』の魔法を放った。


「やった!」


アルテナの放った魔法は、見事にどちらの印にも当たり、アルテナは右手をグッと握ると、得意気に鼻を鳴らした。


「何がやった!じゃ?このバカ弟子が!!」


ロリエッタは、アルテナの頭を杖でポカリと叩くと、軽く首を振りながら溜めていた息を一気に吐いた。


「痛っ!えぇ~?でも、ちゃんと当たったじゃん!」

「わしは、同時に出せと、言ったんじゃ!今のは、素早く、ひとつずつ出しただけじゃろ?!それに、魔力も無駄に使いよって。なっとらん!もう一度」


アルテナは、「ぷ~っ」と、頬を膨らませはしたが、ロリエッタの言ったことに間違いがなく、それ以上、言い返すことはしなかった―――。



ふたりの生活は、ここ数年あまり変化が無い。


当前だが、こんな魔獣の多く住む森の奥深くに来る者など、いるはずも無いうえに、やることと言えば魔法の鍛錬(たんれん)のみ。


朝日が昇れば起き、食料を森に入って、とって来る。


それが終われば、天候に関係なく魔法の鍛錬(たんれん)を日が暮れるまでおこなう。


陽が落ちれば、家で教養に磨きをかける為の時間にしている。


そして、眠くなったら寝る!―――を、繰り返しているのだ。


一見すれば、規則正しい生活を送っているようにも思えるが充実とは程遠く、単純で退屈この上ない。


けれど、アルテナにとっては、そうでなかった。


ぺルムの森という柵に守られ偏見など一切ない、この世界では、自分が半魔であることですら忘れてしまうほどだったからだ。


ロリエッタとの生活は、それは厳しいもので、毎日が修行と言っていいだろう。


いや、苦行と言ってもいいかもしれない。


けれど、アルテナは、そんな彼女との生活を辛いと感じたことは、一度もなかった。


アルテナは、魔族と人族とのハーフ。


半魔人はんまじん』=半魔はんまと呼ばれ、魔族からも人族からも忌み嫌われる存在なのだ。


そんな彼女をロリエッタは、蔑視(べっし)することなく、逆に守り受け入れてくれた。


今でこそ、しなくなったがアルテナが小さい時は、よく夜中に起きては、こっそりロリエッタのベッドへと潜り込むくらいに、彼女を信頼している。


それは、アルテナにとって『安心』と『演じる必要のない』という生活する上では、あたり前で最も重要なものを彼女から(もら)っていたからだ―――。



『私だって、集中すれば!』


そう思い、印のついた岩の正面に立つと、アルテナは、静かに目を閉じ呼吸を整えた。


『感知魔法を展開しつつ、ふたつの属性が違う魔法を同時に、―――』


カッ!っと目を見開き、アルテナが、まさに打ち放つ瞬間だった。


「アルテナ!少し待て!!」


突然、ロリエッタが森の奥を見つめたままアルテナに声を掛けた。


「えっ?あっ?ちょっ!!」


術に集中していたものだから、アルテナは、その言葉に混乱した。


すると、火と水の魔法を同時に撃ち放とうとした時だったものだから、火魔法はその場で暴発し、水魔法もその場で弾けてしまった。


「ボン」と鈍い音を放ち、集中して作り上げたアルテナの魔法は、無残にも目の前で爆散した。


「あっ、あっち!!やだもぅ!びしょびしょになっちゃった〜。何よ、先生っ!!」

「シッ!静かに」


いつになく真剣なロリエッタの言葉に、アルテナも周りの森が静寂に包まれていて、雰囲気がどことなくいつもと違うように感じられた。


「!!先生、これって、もしかして……」

「うむ、活性化じゃな」


「えぇ~!!また?!」

「ふむ、前回からさほど経っていないのに―――、中規模か?じゃが、わりと近いな!」


「どうしよう?先生!私、いつもみたいに家に戻っておこうか?」

そう聞かれ、ロリエッタは、顎に手を当て杖を担ぐとアルテナの方を見た。


「いや。中程度の身体強化ならどのくらいの時間使える?」

「私?ん~、10分程度かな?」


「なら問題ない。いい機会じゃ、ついてこい!」


こんな時、いつもならロリエッタが魔獣の活性化を鎮圧するまでの間、アルテナは、家でじっとしているように言われていたが、今日は違った。


アルテナは、困惑したものの、ロリエッタが使う練習とは違う魔法を初めて見ることができると、やや興奮してきた―――。



鍛錬(たんれん)を行っていた所から魔獣の一群が見渡せる場所へと移動したふたりは、岩陰からその様子を(うかが)った。


「なんだ。思ってたよりも大したこと無さそうじゃな」

「えっ?!でも、凄い数じゃない?まだ、集まって来てるよ」


「まぁ、そこからよ~く見ておれ。ただし、空にいる鳥獣には、気をつけろよ!あ奴らは目が良いでな」


ロリエッタは、そう言い捨てると(おもむろ)に立ち上がり、岩から飛び降り走り出した。 


「―――、身体強化!」


愛用の杖『チェリ』を構え、疾風となって地上の魔獣群へと突っ込んでいく。


ぐんぐんスピードを上げると、あっという間に魔獣の一群へと近き、ロリエッタは、音と光で魔獣達の気を引き付ける。


岩陰に身を潜めたアルテナは、目を瞬かせた。


「あれが、ヘイト魔法なの?!初めて見た!!」


次々と繰り出される見たことない魔法は、一瞬も見逃せないアルテナを釘付けにする。


群れた魔獣は一丸となり、ロリエッタの方へと向かってゆく。


だが、ロリエッタは、突然立ち止まり、杖を横に向け構えた。


すると、地面から杖の高さまで、丸みを帯びた土の壁がせり上がり、それを覆うように魔法障壁が現れてきた。


「えっと、2、‥、5?ううん、違う!もっとだ!!先生は、一体いくつ同時に展開してるの?!」


時間を要さず、ロリエッタから凄まじい閃光が放たれた。


『カアァァァァァァッ!!』


地鳴りと共に爆風が後を追うようにして、遠く離れたアルテナの所まで届く。


アルテナは、その風圧に思わず身を屈めたが、ロリエッタが気になり再び身を乗り出して覗き込んだ。


爆心の中央は、地形が変わるほどに(えぐ)れている。


あまりにも強烈(きょうれつ)だったために、死骸すら残っていないが、おそらく最初の一撃で魔獣の数は、元の三分の一以下になっただろう。


ロリエッタは、自身を包んでいた障壁を取り払うと、再び魔獣の群れへと走り出した。


ジグザグに進んだと思いきや、くるりと反転したりと、その動きに迷いは無い。


それは、まるでステージで舞う踊り子の様だ。


その素早さは、獲物を目がけ急降下する鷹の様に―――、


その身のこなしは、しなやかに動く猫の様に―――、


その力強さは、猛牛の様にと、次々魔獣をなぎ払ってゆく―――。


少し離れた小高い丘にある大きな岩の上から、覗き込むように見ていたアルテナは、その舞踊るかの様なロリエッタの動きに目を奪われた。


「す、凄い!これが、世界一の魔法使い……。ロリエッタ=フェレーラ『魔法に愛された少女』と呼ばれる先生なんだ!」


視線の先でロリエッタが振るう杖『チェリ』の軌跡が、鮮やかな魔力の奔流となって戦場を支配している。


流れるような体術と、詠唱すら介さぬ高密度な魔術の行使。


そのあまりの美しさと規格外な暴力に、アルテナは思わず戦況の分析を忘れ、師の勇姿に見惚れていた。


ロリエッタが、戦いをしかけてから、あっという間だった。


すでにロリエッタの近くで動く魔獣はいなくなり、遠くから様子を(うかが)っていた魔獣達も、活性化の狂乱から覚め、まるで蜘蛛の子を散らすかのように森の奥へと逃げ去っていく。


ロリエッタも、その状況を把握し、それ以上の深追いはせず、アルテナの方へと歩みを向けた。


「凄い……本当に、たった一人であの数の魔獣を……」


安堵と歓喜がアルテナを突き動かした。


彼女は岩陰から飛び出し、戦場の中央に立つロリエッタへ向けて、大きく、何度も手を振った。


魔獣の活性化は、治まった―――。


だが、その瞬間……。


空を覆う雲を切り裂き、音もなく急降下してくる巨大な影と、不自然な静寂―――。


ロリエッタの顔が、恐怖に似た驚愕に歪んだ。




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