第3話 約束――【柵の無い世界へ】
ロリエッタは、魔王直属の近衛師団を去り、今は、こうしてアルテナと共に人里離れた魔獣が多く生息する、ペルムの森と呼ばれる深い森に、ふたりで住んでいた。
そんな勝手が許されるのか?
と、聞かれれば、それは、ロリエッタだから!と、しか言いようが無い。
この、ペルム大森林は、魔獣が多く生息し、活性化が頻発するとことでも有名で、別名、『魔獣の森』と呼ばれている。
魔獣は、その名の通り魔法を使う獣のことで、活性化する理由は分からないが、共闘し群となって近くの集落を襲って来ることが知られている。
あの一件の後、アルテナが住んでいた村からテーベの砦に向かい、夜が明けた次の日、王都へと戻ったロリエッタは、魔王グレンに報告する為、魔王宮殿へと帰還していた。
◇
ロリエッタは、魔王が執務を行う部屋で魔王グレンと話をしている―――。
「―――、!!何っ?!その半魔の娘とふたりで、ペルムの森に住むだと?正気か!?」
驚きの声を上げるグレンの声が、部屋中に響いた。
「無論じゃ!」
ロリエッタは、そう言ってドカリとソファに座るその態度は、おおよそ家臣として似つかわしくない。
だが、グレンは気にする様子もなく、テーブルに少し小さ目のグラスをふたつ並べると飲み物を注ぎ入れ、そのひとつをロリエッタへと差し出した。
「親を失った半魔の娘に、何を今更。いったい何を考えおる?親心でもついたか?」
グレンは、訝しげにそう尋ねた。
「フン、そんなんでは、ないわ!」
ロリエッタはプイっと横を向いて、雨が伝い落ちる窓を見ている。
「師団長の役目は、どうする?」
彼は、ロリエッタの向かいに座ると飲み物をカッと飲み干し、空いたグラスにまた飲み物を注ぎ入れた。
「何、わしがおらんでも、ジニアとサルセがおるゆえに、まぁ、問題無かろう?」
「そんな勝手な!あ奴らはまだ若い。師団を率いるには、経験が浅すぎる!」
「安心せい、グレンよ。あ奴らは、魔法とは何か?術式とはどう構成されておるのか?それらを幼い時から剣術と共に、わしがいちから叩き込んだ。既に自考する力も持っておる。役を与えれば、似合う働きをする故、任せるが良いわ」
ニヤリとするロリエッタに、グレンは舌打ちをした後、大きくため息を吐いた。
「師団長は、よいとしても、ババには魔導師として、これからもこの国を支えてもらわんと困る!」
グレンがそう言ったのはロリエッタが、この国の魔導師として既に数え切れないほどの魔王に仕えてきたからだ。
当然ながら現魔王のグレンも、ロリエッタの元で魔法を学び育ったのだ。
彼女は、文字通り彼ら王族達の魔法の師であり、導き手なのである。
長く続いた人族との戦争も、表向きは和平に向けた対話の余地を示す一方、本音は両者の経済的な理由で継続困難な状態であった。
千年以上続くこの戦いが一時停戦状態となった今は、自分が前線に立ち活躍する場面も無いと、ロリエッタが言い出したのが、そもそもの発端である―――。
「ババよ。何故、それほどまでに半魔に肩入れする?その村も、ババが造り用意したと聞く。我には、まるで生き急ぐようにもみえるが、ババなら、そんな必要も無いであろうに」
「まぁ、確かに……なっ」
ロリエッタは、ほんの少し飲み物に口をつけ片肘を付くと、そのまま頬を乗せ、また、窓を見つめ語り始めた。
「なぁ、グレンよ。わしは長い間人族との戦いに、この身を置いてきた。幾人もの同胞たちを見送り、戦争と言う名を借り数えきれないほどの人族を殺してきた。もう、この目に涙は流れなくなり、この手は血で染まりきっている。そんなわしが、平和を謳ったところで、誰が耳を貸す?誰が憎しみを抑え、受け入れる?」
黙って話を聞くグレンをロリエッタは、横目でチラリと見ると目を伏せ話を綴った。
「―――平和を口にしていいのは、人族と魔族のどちらでもあり、どちらでも無い、半魔だけだ!我ら魔族と人族との間に子が成せるのなら、きっと分かり合い、共に歩むことが出来るはず。戦いに明け暮れていた日々を捨て、この不毛な戦いに終止符を打ち、この先産まれくる子らの未来を明るい方へと導くのは、今いるわしらの勤めじゃと……。わしは、そう、思うのじゃ」
静かな、けれど熱を帯びたロリエッタの独白に、グレンもつられ窓を見た。
「そう、だが……。簡単に割り切れる程、この戦いの根は浅くない。それは、ババが一番分かっているだろう?」
「あぁ、そうじゃ!この戦争は、何故終わらん?わしらは何故、戦う方へと引っ張られる?その問いの答えを、わしは、随分前から探しておる……」
ロリエッタは、徐に立ち上がると窓へと向かい、そこから見える中庭を見下ろした。
目線の先には、しとしと降る雨の中、あの少女がうつむき、城壁を背に膝を抱え座っているのが見えた。
彼女の前には衛兵ふたりがいて、矛先を向け監視している。
グレンは、ロリエッタの背中を目で追い、腕組をすると、そのままソファの背もたれに背を預けて口を開いた。
「わかった……。そこまで言うなら許可しよう。但し、条件を出す」
「条件?」
ロリエッタは、窓ガラスに反射したグレンを見る。
「ひとつは、ぺルム大森林における『魔獣の活性化』は、全て、ババが抑えてくれ」
「はぁ?わし、ひとりでか?!」
「そうだ!こちらは、魔獣討伐の手が空く。それで師団長解任を許可しよう」
「……、ん〜〜っ、まぁ、よかろう。やれやれ、魔獣の森全体ともなれば、探知結界を張るだけでも一体何カ月かかることやら」
ロリエッタは、頭をかきながらため息を吐くと、ソファにまたドカリと座った。
「もうひとつは、末の息子、ブラントに魔法を享受してやってくれ」
「ブラント?、あぁ!あの頭でっかちの小僧か」
「あ奴には、まだであったろう?」
「そうだな。ブラントは、余りある素質がありながら、まだ基礎の基礎ができておらんからのぉ。わしが今、教えても意味がない。そうじゃな、せめて魔獣の森のわしの所まで、ひとりで来ることができるようになったら、よかろう」
「それで構わん!なら、魔導師としての責務は、一時的に保留とする」
「一時的か!?う~ん……まぁ~、よいじゃろ」
「最後に、―――」
「何じゃ?まだあるのか?!」
グレンは、苦虫を噛み潰したような顔のロリエッタに、ニタりと笑った。
「たまにで良い。我の元に顔を見せに来てくれ」
「……」
照れ隠しに横を向いたグレンは、手にしていたグラスをロリエッタの方へと突き出した。
「フッ、わかった」
ロリエッタはそう言うと、彼のグラスに手にしていたグラスを軽く合わせた。
小気味良いグラスの音が、静かな部屋に鳴った―――。
◇
雨の降る中、アルテナは壁の際で小さくなって座っている。
濡れた彼女の髪からは、絶え間なく雨が雫となって伝い落ちてゆき、うつむくアルテナは、それをぼんやりと見ていた。
「フン!半魔人が汚らわしい!」
ひとりの兵士がボソりと、つぶやいた。
アルテナは、兵士の吐いた言葉に、うつむいたままピクリと反応した。
「全くだ!人族の血が半分流れているなんて、考えただけでも吐き気がする!」
もうひとりの兵士は、地面に唾を吐きアルテナを睨んだ。
「……」
そんな衛兵達の容赦ない暴言に対し、アルテナは何も言い返すことはなかった。
ただ、呆然と地面を見つめたまま、時折意図せず震えだす自分の体をギュッと強く抱きしめている。
「やれやれ、抵抗もしていない、こんな幼子に刃を向けるとは、―――」
衛兵達の後ろから気配も無く、ロリエッタの声がした。
「「し、師団長!!」」
衛兵の驚く声に、アルテナは、ゆっくりと顔を上げた。
「お前達、それでも戦士か?!」
ギロリと、睨みを利かせたロリエッタは、衛兵ふたりの間を通ろうと歩みを進める。
「そこを退け。お前たちみたいに浅慮な輩の、その汚れた矛先で、わしの連れを汚すでないわ」
「「……」」
ロリエッタは、磨き上げられた鈍く光る矛先を射抜くような眼光で、そう切り捨てた。
衛兵ふたりは何も言えずに、ばつの悪い顔をして矛先を天へと戻し、ロリエッタに道をあけた。
「それで、体を拭け。着替えたら出発だ」
ロリエッタは、そう言うと、アルテナに優しい言葉ひとつかけることなく、そっけない態度で懐から出した白い布を渡した。
アルテナはゆっくりと立ち上がり、まだロリエッタの暖かさが残るその白く綺麗な布を頬へと押し当てた。
それで、充分だった……。
布を握りしめたままの動こうとしないアルテナに、痺れを切らせたロリエッタは、くるりと背を向け歩き出す。
「ほれ、さっさと行くぞ!」
歩き出したロリエッタの背中を、アルテナは、必死に追いかける。
「ど、どこへ?」
ツカツカと歩くロリエッタに、アルテナは、その小さな歩幅で合わせながらついて行く。
歩みを少し緩めたロリエッタは、横目でアルテナを見ると、ほんの少しだけ不器用に口角を上げた。
「そうじゃな、人のいない世界じゃ」
「しがらみ?」
聞いたことの無い言葉に、アルテナは不思議そうにロリエッタの顔を見上げた―――。
◇
そして、惨劇の、あの夜から数年の時が過ぎ、
―――深い森の中で、半魔の娘は、強く、美しい少女へと成長してゆく。




