第20話 守りたいもののために……
師と弟子の間に乾いた風が強く吹き抜けたが、そこに漂う怒りに似た感情は、残ったままだった。
「フン!わざわざ首飾りで確かめるまでも、無かったな……」
「アイギスの首飾り、あんたが持ってるんだ。ふ〜ん、あんたの手に渡る前に奪ってやろうとしたのに」
「お前の目的は何だ?ブラント。いや、―――ガブドル!!」
「おや?オレ様を知っているのか?」
「あぁ、ベルテスから、ある程度は聞いて知った」
「なるほど、そういう……。では、取引だ。このまま、首飾りを置いて帰れば、殺さずに見逃してやる。それにオレ様が魔王になれば、師団長として再び使ってやってもいい……どうだ?」
不遜な笑みを浮かべる弟子の姿をロリエッタは、表情を一切変えずに射抜いた。
「戯言を言うでないわ!貴様こそブラントを元に戻すなら、今回だけは見逃してやる」
「何を上から目線で……調子にのるなよ、このクソがっ!!この世でただひとり、あのお方の寵愛を一身に受けておきながら。……ムカつくんだよ!!お前っ!!」
「はん?『あのお方』?何の話じゃ!」
ガブドルの言葉に虚を突かれ、ロリエッタは眉をひそめた。
「はぁ〜?!、これだから、糸を切って歩き出した人形は―――、無自覚で、無謀で、無作為で、無邪気で、無垢で、無学で、無知で、無頓着で、無関心で、無意識で、無価値だ……もういい、死ね……」
冷ややかな目でガブドルが、そう言葉を吐き捨てた直後だった。
「うぎゃぁぁぁぁっ!!」
悲痛なロリエッタの声が、荒れた大地に響き渡った。
それは、あまりにも一瞬だった―――、
突然、ロリエッタの左腕が、切り飛ばされたのである。
「つっ、あ、あ奴め。わしの左手に仕込んでおいた、要撃魔法に気付いておったのか?!」
ロリエッタは、苦痛に歪む顔をしながらでも、冷静に自分の切られた腕を治療しながら苦笑いを浮かべる。
「―――じゃが、理を無視して、わしの腕を切り飛ばした、あの刀は少々厄介じゃな!……さて、どう、戦おうかのぉ……。フッ、敵を目の前にして震えるのは、久しぶりじゃわ!中身が違うとはいえ、自分で育てた弟子と本気で戦わねばならんとは、何とも皮肉なもんじゃな」
そう、自らに言い聞かせるように口にし、意を決して震える右手で杖をギュッと強く握った。
だが、震える拳とは裏腹に、凛としたその表情は、彼女の覚悟の現れだった。
「ふふふっ、どうした?震えてるじゃないか!」
ガブドルは、あざ笑うかのように、憐れみと蔑みが混ざった薄ら笑いを浮かべている。
「ぬかせ!貴様など、この片手で十分じゃ!!」
ロリエッタがそう言って杖を構えた、その時だった―――、
「?!!ん、何じゃ?!」
ロリエッタが、突然その場にバタンと倒れ込んだ。
「―――こ、拘束魔法?!このわしが、気配を察知できなかったじゃと??」
「ごめんなさい。先生……」
背中の方から、その聞き覚えのある声に、ロリエッタは振り返ることなく眉をひそめた。
「アルテナ!なぜここに?」
仕掛けたのは、アルテナだった。
「ハマンが教えてくれたわ」
「チッ!あのおしゃべりめっ!!」
「何だ?アルテナか、今からそいつを始末する!オレ様の邪魔をするなら、お前も容赦しない」
ロリエッタとの戦いに水を差されたガブドルは、怒りの形相で顔を歪ませアルテナを睨みつけた。
「その顔と声で、私を呼ぶなっ!!」
アルテナは、視線を鋭く尖らせ、宙に浮いたガブドルに杖を向けた。
「―――ガブドル、今度は私が相手をしてあげる!」
アルテナがいた所に粉塵が舞った。
「!!」
その瞬間、ガブドルは地面に叩きつけられ、坂を転がる小石の様に遠くへと転がってゆく。
アルテナは、無言のまま切り飛ばされたロリエッタの腕を回収し、ロリエッタに腕を付け治癒魔法を始めた。
「何をやっておる?!それは、後でいい!!時間と魔力の無駄使いじゃ。今すぐこの拘束を解け!!」
アルテナは、首を横に振りながらロリエッタを抱き起こした。
「これを飲んで。ハマンに作ってもらった。少しだけど魔力が回復するから」
そう言ってアルテナが、瓶に入った液体をロリエッタに飲ませるとロリエッタの視界がグラりと歪んだ。
「!!お、お前、いったい何を飲ませた?!」
「これで、先生は、全回復する」
「……ま、まさか!!」
アルテナの言葉と薄れてゆく感覚にロリエッタは全てを悟った。
「私の大好きな人……」
アルテナはそう言って、ロリエッタとおでこを合わせた。
「あなたは、私を死なせないようにしている」
そして、ロリエッタの首にかかっていたアイギスの首飾りを外し、自分にかけた。
「これは貰っていくね、先生」
「このバカ弟子っ!!何を血迷っておる?!今すぐ術を解け!お前には、絶対に無理だ!わしがやる!!」
「いいえ、その役目は、あなたではなく私です!先生、この先の未来……。魔族と人族、そして、その間の私のような半魔人を導くのが、あなたの役目」
そう言って、アルテナはロリエッタの口に封印の魔術を施し、口をきけなくした。
「―――、私に生きる道を示してくれたように……」
「んっ、んっっっっっっ!!!」
ロリエッタは、力の限り暴れたが、口を封じられたために、解除魔法の詠唱ができない。
『このバカは、いつもこうだ!出来もしないことを失敗すると分かってるくせに、やろうとする大馬鹿者だ!いつも、いつも、いつも、いつも……』
ロリエッタは、小さい頃から過ごしたアルテナとの日々を、段々と遠のいてゆく意識の中で思い返していた。
アルテナは、ゆっくりロリエッタに近づき、彼女をまるで風に舞う木の葉のようにその場から吹き飛ばした。
『なぜじゃ?なぜ、互いを大切に思い合う、あやつらが傷つけ合い、戦わねばならんのじゃ!?わしが、……わしが、止めんで誰が止める?!!』
転がる体を止めることもできずにロリエッタは、薬のせいで力なくだらりと腕を地に付けた。
そして、ガブドルの元へと向かう、にじむアルテナの後ろ姿を、ただ、その場から見ていた。
そして、向かい睨み合う愛弟子ふたりを見て思った。
刻印で結ばれたふたりを戦わせるこの世の神は、なんて残酷なのかと―――。




