第1話 邂逅(かいこう)
『魔王子と半魔の娘』 著、プルーバー
―――世界の恩人に捧ぐ。
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「お母さん?お母さん!!どこ?!」
煙と火の粉が舞う部屋で泣き叫ぶ少女の声に、返事は無かった。
しかし、その声に気がついた大柄な男が振り向く。
手には、血が滴り落ちる鉈を握っている。
男はニタリと笑うと、声が聞こえた小さな家の方へと歩みを変えた―――。
「お母さん! げほっ、ゴホッ……!」
煙に巻かれ、声が出しづらくなっても、少女は母親との約束を守るために部屋に留まっていた。外からは聞いたこともない破壊音が響き、不穏な空気が隙間から入り込む。
少女は、幼いながらも、ただ事ではない状況は理解しているようだ。
不安そうに辺りを気にしながら、その身を部屋の中央にあるテーブルに寄りかける。
すると、何の前触れもなく、目の前の扉が開いた。
「お母さん!?」
少女は母親と思い、扉に駆け寄ろうとした。だが、すぐにその足を止める。
「やぁ、こんばんは。お嬢ちゃん!ママだよ〜」
そこにいたのは、母親ではなく、鉈を持ったあの大柄な男だ。
男は、ニタニタと笑いながら家の中へと入って来た。
「ひっ!!」
男の風貌と手に握られた鈍く光る鉈を見た少女は、恐怖のあまり転げながら部屋の隅へと逃げ惑った。
そう広くもない部屋だ。あっという間に男は、距離を詰めて来る。
逃げ場を失った少女は、近くにあった椅子を引き寄せ、その小さな体を更に小さく丸め震えることしかできなかった。
◇
少し前のこと―――、
硝煙の匂いがする方へと、馬を走らせる一群がいた。
「間に合えば良いが!」
ロリエッタは、村から立ち昇る煙を見て最悪の状況を想像した。
「―――お前たち、急ぐぞ!!」
そう部下達に告げると、馬へさらに鞭を入れる。
先行するロリエッタに、部下達も必死でついてゆく。
そこは、整備された道路も無く、わざと人目につかないように深い森の奥にある『隠れ里』。
それには、深い理由があった―――。
◇
「消火はもういい!生存者がいれば優先的に治癒しろ!!」
「「「「はっ!」」」」
村に着いたロリエッタ達一行は、凄惨な光景に息を呑んだ。
状況確認をしつつ事態の収拾を図る。
「なんて酷い殺し方をする……」
ロリエッタは眉をひそめ、吐き捨てるように呟いた。
「―――わしは、もっと奥を見て来る。ジニア!サルセ!ここは、お前達に任せたぞ!!」
「はっ、師団長!しかし、師団長の風貌では、一見ただの少女にしか見えませんから、お気をつけて。我々に気づいて離散したとはいえ、残党が潜んで襲ってくるやもしれませんから」
「フン!誰に言ってる?わしと出会った、そやつらの心配をしてやれ」
ロリエッタの返事に、声をかけたジニアは、苦笑いで手を上げた―――。
◇
「ここも、ダメか……」
ロリエッタは、其処彼処で横たわる村人達の亡骸を悲痛な顔をして見ていた。
「チッ!熱と煙で感知しづらい」
すると、仰向けに横たわり小刻みに震える手を伸ばす女を、ロリエッタは見逃さなかった。
女の元へと駆け寄ったロリエッタは、ゆっくり慎重に彼女を抱き起こした。
「しっかりしろ!今、治癒してや……」
だか、背中の傷を見たロリエッタは、唇を噛み治癒魔法をやめた。
彼女の背中を支えていたロリエッタの腕は、見る間に赤く染まってゆく。
傷が深すぎて治癒魔法では、苦しみを長引かせるだけで、治せないと判断したからだ。
「あ、あそこに……ゴホッ、娘が……アルテナが……」
女は、震える手で目の前の家を指差している。
「わかった。すぐに行って助けてやる。心配するな」
ロリエッタが、彼女をそっと寝かせようしたら、女はロリエッタの手を掴んだ。
「お願い……です。あの子に伝えて……欲しいこと……が、―――」
女は、力なく徐々にかすれゆく声を振り絞りながらも、必死にロリエッタへ訴えかけた。
「ア、アルテナ、いつ……もごめん……ね。ううん、ち、違う……そうじゃ……ないわ。―――」
ロリエッタは、震える彼女の口に耳を近づけ聞いてやった―――。
◇
「……」
「それで全部か?」
女は、焦点の合っていない目でロリエッタを見ると、コクリと小さく頷いた。
「では、預かった。必ず伝える!」
女は、返事をせず、深く呼吸をして静かに目を閉じた。
「安心しろ、娘は、無事だ!大丈夫。今、助けた!!だから、もう。……もう、心配ない」
その言葉を聞いた女は、口元だけに笑みを浮かべると、安らかな顔になり、掴んでいた手を地につけた。
その様子を見ていたロリエッタは、静かに強く握りしめた拳を少し震わせていた。
「ふんっ、感情で震えだすとは、……柄でもない」
そして、労わるように彼女を寝かせてやると、スッと息を吸い、急ぎその家へと向かった―――。
◇
男に詰め寄られ、逃げ場を失った少女は、ガクガクと震えだした。
男は、自分を見て怯える少女を、まるで品定めするかのようにじっくりと見ている。
「フハハハハッ、やはり、その色違いの目。お前、―――」
少女の色違いの目を見た男は、確証を得た。
「『半魔』だな?!」
「ち、ちがう!!」
その言葉に、異常な反応を示す少女に、男は、さらにニタリと笑う。
「嘘をつくな!その右目と左目の色違いは、半魔の特長だ!」
「ちがう!わたしは、はんまじゃない!!」
「ママから、半魔か?と、聞かれたら、違う!と、答えるように言われてるんだろ?まぁ、どっちでもいいか」
そう言って男は、ジリジリと近づいて来る。
少女は、恐怖に耐えられず、目の前の椅子を男めがけて力いっぱいに投げつけたが、男は持っていた鉈でなぎ払い椅子をバラバラにすると、逃げる少女の髪を鷲掴みにした。
「きゃゃゃゃゃゃっ!」
男は、舌なめずりをしてニヤつきながら少女の耳元で、こう言った。
「なぁ、嬢ちゃん。知ってるか?切れ味の悪い鉈で切ると、その感触が良く伝わるんだ。お嬢ちゃんは、どんな味がするのかな?俺は、その感触をこの手で、味わいたいんだ」
そして、ニヒヒと下品に笑い、血まみれの錆びた鉈を大きく振りかぶって、必死にもがく少女めがけて振り下ろした。
ところが―――、
男の腕は空を切り、少女には、何も起こらなかったのだ。
「汚い手で、その子に触れるでないわ!!」
戸口から、ロリエッタの声がした。
男は、何が起きたのかわからず、ポカンとしていると、さっきまで男が握っていた鉈が、ドンと床へと突き刺さった。(男の手と一緒に)
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!て、て、手がぁぁぁぁっ!!」
男は、あまりの痛みにその場にうずくまり、掴んでいた少女の髪を放した。
少女は、尻餅を突き、じりじりと後ずさりをして、男と距離をとる。
「な、何て事、しやがる!!!」
男は、怒り狂ったように怒鳴り散らし、ロリエッタを睨みつけた。
「フン!そんな事にしか使わん手など、もう必要なかろう?」
ロリエッタが、ゆっくり戸口から中に入って来る。
「身体強化!」そう言ったロリエッタは、瞬く間に男に近づき、倍以上もある男の体を軽々蹴り飛ばした。
男は、成す術もなく木でできた壁にめり込み、そのまま動かなくなった。
「アルテナだな?」
男との間に立ったロリエッタに対し、アルテナは返事をすることなく、じっと彼女を見つめ、震える唇を強く結んだままにしていた。
「お前の母に頼まれて、ここへ来た。さぁ、行くぞ!」
差し出されたその手を、恐る恐る取ろうとアルテナが手を伸ばそうとした。
その時だった!!
ロリエッタ越しに、彼女を目がけて鉈を振り下ろそうとしている血だらけのさっきの男が、アルテナに見えた。
アルテナは、男に気づいていないロリエッタに向け、咄嗟に大声で叫んだ。
「あっ!あぶない!!!」
すると、音も無くロリエッタが不意に自分の方へ、スッと近づき彼女に抱き寄せられた。
「よく頑張ったな!ここは、直に焼け落ちる。外へ出るぞ」
男を全く無視して、ロリエッタは、少しぎこちない笑顔でそう口にすると、アルテナをそっと自分の方へと更に優しく抱き寄せた。
男の方からは、ドサッっと大きな音はしたが、ロリエッタの胸に顔をうずめたアルテナには、男の姿を見ることができなかったのだ。
すると、男がどうなったか分からず、アルテナが瞬きをしている間に、気がつけば戸口を出て外にいた。
振り返ることなくアルテナの手を引き、歩き出すロリエッタ。
アルテナは、さっきの男が気になり振り返る。
だが、母と過ごした家は男を飲み込んだまま、あっと言う間に炎に包まれ、屋根が崩れ落ちるのが見えた。
アルテナは、手を引くロリエッタの方をそっと見上げる。
やがて白み始めた空が、まだ幼さの残るロリエッタの顔をぼんやりと縁取り始めた。
暗く長い夜が、明ける―――。




