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第13話   旋律




「ブラント、……失敗(フェイル)だ」


ため息まじりに、ロリエッタは低く呟いた。


またしても魔力の残滓(ざんし)が虚しく霧散した。


―――連続する失敗。


ブラントの拳は、膝の上で白くなるほど握りしめ、それを魔法陣が描かれている床に叩きつけた。



『刻印の儀』―――、


それは、古くから伝わる原初の魔法のひとつ。


魔法陣を使った儀式魔法と呼ばれていて、魔法を扱える者であれば、誰もが扱える低級魔法に属している。


だが、発動条件の難しさから成功例も少なく、魔族であっても刻印の儀を知る者は、そう多くない。


そんな刻印の儀を成功させる鍵は、術者であるブラントにかかっている。


ふたりの意思を確認し、刻印の儀に挑戦し始めたアルテナとブラントだったが、ふたりの強い思いとは裏腹に失敗の連続だった。


ロリエッタの懸念(けねん)どおり、ブラントの魔力コントロールが一定でない事が、失敗に終わる原因だと思われるのだが、一週間、十日と日を追うごとにブラントの心に焦りと苛立ちが増してゆく―――。


幼少の頃からブラントは、できて当たり前のことが彼にとっては難しかった。


並み外れた魔力量を持って生まれたブラントは、第七王子でありながら寄せられる期待は大きかったのだが、肝心の魔法が上手く使えない。


周囲の期待の目と、それに応えることの出来ない自分……。


何に対しても真っ直ぐなだけに、ブラントの心と自信は、時間と共にすり減ってゆき、ペルムの森へと逃げてしまった。


『自分を変えたい……』


その一心で、飛び込んできたこの地で、少しずつではあるが彼は変われた気がしていた。


だが、今、刻印の儀を成功させなくてはいけないプレッシャーで、また、つまづいてしまい前へと進む一歩が踏み出せないでいた。



刻印の儀の挑戦が始まって数日。


術式が描かれた魔法陣に満ちた魔力は、術者(ブラント)の焦りを映すかのように不協和音を奏でて霧散した。


静寂に戻った部屋には、やり場のない熱気だけが(よど)んでいる。


「……すまない、アルテナ。また制御しきれなかった……」


ブラントの額から滴る汗が、冷たい床に落ちる。


ブラントは、アルテナの視線から逃れるように、横を向いた。


そんな姿を魔法陣の上に立ち、アルテナは、何も言わずにただ、唇を固く結んでいる。


ロリエッタが懸念した通り、彼の魔力は膨大さを持つ反面、繊細な同調を求められる儀式においては、その「ムラ」が致命的なノイズとなっていた。


成功させなければならないという重圧。


そのプレッシャーに、ブラントの心は、かつて王都を追われ森へ逃げ込んだあの時のように、再び立ち止まりかけていた。


だが―――、


「……アルテナ。表へ出てくれ」


絞り出すようなブラントの声に、アルテナは怪訝そうに首を傾げた。


「えっ?どうしたのブラント……私はまだ大丈夫よ。それより少し休んだ方が……」

「いや、違うんだ。オレと、―――真剣に立ち合ってほしい」


薄闇が迫る鍛錬場に、二人は立った。


「オレと真剣勝負をしてくれ!」


ブラントの瞳には、これまでの迷いではなく、どこか悲痛なまでの決意が宿っている。


『あの、おババが認めるその至己に、真剣勝負で挑み勝つ!』


ブラントの心に、逃れようのない熱がこもる。


生まれも、境遇も、正反対なアルテナ。


そんな彼女が、強くなるためなら、恥も外聞も捨てて向き合う姿勢にブラントは、いつしか惹かれていた。


「オレは、アルテナに、……。そんな君に憧れていた!いつの頃からだったかは、もう忘れたけど……、憧れじゃなく君の隣に立ちたいと、そう願うようになったんだ」


ブラントは、あの特徴的な彼女の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「オレは、変わりたい!……君に守られるだけの『王子』でも、君に目を預ける『剣』でもなく、対等に君を支える男になりたい。このままじゃ、オレはまた、自分の弱さに負けて止まってしまう」


ブラントが剣を抜き、重心を低く構える。


「―――アルテナ。本気で来てくれ。オレが君の魔法を……その『至己』を真っ向から受け止めることができたら、きっとこの壁を壊せる気がするんだ」


アルテナは一瞬唇を噛んだが、彼の瞳の奥にある熱に触れ、静かに目を伏せた。


「……わかったわ。じゃあ、手加減なんて、あげる隙もないくらいに叩き込んであげる!」


「「……」」


言葉を発しないまま、二人は互いを射抜く。


森の静寂が開始の合図を告げた次の瞬間、魔法の爆ぜる音と剣戟(けんげき)が響き渡った。


ブラントはアルテナの放つ容赦ない氷の弾幕を、泥臭く、しかし力強く剣で受け流す。


アルテナは身体強化を発動し素早くブラントの死角に回り込み風切り弾(エアショット)放つが、彼はそれを視界に捉えることなく魔法障壁で防ぐ。


一歩、また一歩と、彼は自分の振るった一太刀がアルテナの魔法と衝突し、反発する感触を肌で刻んでいく。


(ああ、そうだ……。君の魔法はどれも美しい……。オレが怖がっていたのは、操れない魔法じゃない。自分の中にある、制御できない自分自身だ……!)


アルテナの探知魔法が、ブラントの動きが変わったことを捉えた。


ぶつかり合うほどに、二人の魔力の波長が、火花を散らしながら一つの旋律へと近づいていく。


二人の間に、言葉を介さない鼓動だけが刻む、たった一つの旋律が、互いの心を激しく震わせた―――。



数刻の激闘の末、衝撃波に吹き飛ばされたアルテナは、荒い息を吐きながら地面に倒れ込んだ。


泥にまみれた視界の中で、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。


だが、ブラントの死力を尽くし、半ばから折れた銀の切っ先がアルテナの喉元を寸前で捉えていた。


アルテナは、小さくため息をつき、「あぁっ!!悔しいけど、私の負けね……」と苦笑いを浮かべ空を見上げた。


彼もまた限界だった。


その言葉を聞くやいなや手から力が抜け、剣が音を立てて落ち、崩れるようにブラントはアルテナの横に倒れ込んだ。


「なぜ、上級の魔法を使わなんだ?」


その一部始終を見ていたロリエッタが、倒れたままのふたりに近づき、横たわったままのアルテナに問いかけた。


「―――ブラントの魔法障壁では防ぐことが出来んことくらい知っておろう」


「ブラントは私の全力の魔法と向き合いたいって言ったの。私の上級の完成度は良くって八割程度。そんな中途半端な魔法を使って勝っても、真剣勝負だって言ったブラントに失礼よ!それは、私の美学に反するわ!!」


ロリエッタの指摘に、アルテナは寝転んだまま、誇らしげに鼻を鳴らした。


「ふん!美学、ときたか。生意気なことを言いよるわい」


ロリエッタは呆れたように溜め息をつくと、既に意識を飛ばしているブラントの首根っこを無造作に掴みズルズルと引きずり始めた。


「―――先に、こ奴の治療をしておく。お前は、ゆっくり歩いて来い」


「待って先生っ!私も……無理!!立てないよ〜」


アルテナは捨てられた仔犬のような、情けない声を上げた。


「まったく!揃いも揃ってバカ弟子どもが!!わしの仕事を増やしよって」


イラッとしたロリエッタは、戻ってくるとアルテナの首根っこも同じように掴み、二人まとめてズルズルと引きずり始めた。


「ちょっ!先生!!せめて、おんぶか、抱っこしてよ〜」

「バカが!わしの腕は2本しか無いから無理にきまっておろう!!」


「いや〜っ!お、お尻が〜お尻が痛いぃぃぃ〜!!」


アルテナのなりふり構わぬ叫びは、夕闇の静寂に溶ける(いとま)もなく、虚しくこだまするばかりだった。


『沈黙の王子』と『騒がしい半魔』。


オレンジとグレー混ざり合う不確かな調和の森の空。


引きずられる二人の(わだち)が、明るくなり始めた月明かりの下に並んで刻まれていく。


それは刻印の儀の魔法陣よりも、ずっと不格好で、ずっと確かな二人の歩みだった。



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