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第11話  二人の至己(しき)




「わしの背には、龍に付けられた呪い(ループ魔法)がある」


しかめっ面のままなアルテナを横目に見ながら、ロリエッタは話の続きを始めた。


「―――、お前も知っているじゃろうが、わしは眠ると、あの日の体に戻ってしまう。じゃから、刻印を施せたとしても、その後どうなるか予測がつかん。それはあまりにリスクが大きすぎるのじゃ」

「それじゃぁ、私にはその刻印の儀ってのは、無理ってことじゃん!」


「話は最後まで聞け!わしとは無理じゃと言っただけじゃ。わし以外の者であれば試す価値はあるじゃろう」

「そんな、先生以外だなんて……」


言葉を詰まらせ、尖らせた口と膨らませた頬をアルテナは湯に潜り込ませた。


「何を言っておる。ほれ!あそこにいるじゃろうが、鍛錬の後でも十分に魔力を余らせた奴が、―――」


ロリエッタは、顎でブラントのいる方を指した。


「……!!ブラント?」

「ふむ。先ずは、あ奴に意思の確認をしてからの話じゃがな」


驚きを隠せずにポカンとするアルテナに、ロリエッタは指先で湯を弾きアルテナの顔にかけた。


「―――、よいか、アルテナ!この先、お前と関わりを持つ魔族など、たかが知れておる。それに互いの信頼が無ければ、刻印の儀は成功せんのじゃから、このままのんびり待つわけにもいかん。あ奴であれば、問題は無い。と、まあ言いたいところなんじゃが、」

「何?!まだ、何かあるの?」


「ブラントは、王族。第七とはいえ腐っても王子じゃ。加えてお前は、半魔。我々だけの問題で済む話ではない事は、理解できるな」


アルテナは、黙って頷いた。


「刻印の儀をするにしても確認と許可は必要となってくる。早速、今夜にでもブラントには、打ち明けようと思うのじゃが良いか?」

「う、うん。……私が、その場に居てもいいの?」


「当たり前じゃ!むしろ、おらんでどうする?!自分から思いを伝え、場合によっては、お前から頼まんといかんからな」

「……わかった」


アルテナは、小さくコクリと頷いた。


ロリエッタは、濡れた髪を乾かすから、もう出るとアルテナに告げ風呂場を出ていき、ひとりになったアルテナは、静かに夜空を見上げた。


「ブラントは、何て言うのかな?私のこと、どう思ってるんだろ?……。ってか、私は、ブラントのこと、どう思ってるの?……」


自分の気持ちなのに、こんなにもわからないなんて彼女は思いもしなかった。


これまで他者と接したことなど、数える程しかいなかったアルテナ。


半魔である以上、他人から好かれるなんて皆無だ。


偏見の目で見ないのは、ロリエッタだけだった、と言っていい。


―――では、ブラントは、どうだろう?


この半年の間、一緒に生活をしてきた彼をアルテナは、目を逸らさずに話せる相手となったのは間違いない。


だが自分が、どう思われているか?そんなの考えた事も無かった。


じゃあ、反対に自分はブラントのことを、どう思っているのだろう?


そんなふうに、これまでの彼女の世界は、自分を映す鏡としての他人が、ロリエッタという一枚の鏡しかなかった。


―――その鏡に映る自分しか、彼女は知らなかったのだ。


大きくため息をついたアルテナは、考えがまとまらないまま、湯船から立ち上がった―――。



ブラントが風呂から戻ると、三人は、いつものようにテーブルを囲んだ。


ブラントにせかされるまま、ロリエッタは、昔の自分に何があったのかと、今、アルテナが抱える問題について話した。


「―――、おババの呪いの話は、父上から聞いたことがあるけど、まさか、龍に付けられたものだったとは、知らなかった」


「わしとアルテナとで刻印の儀ができれば、問題はないのじゃが、わしは呪われておるでな。切った髪ですら元の長さに戻ってしまうくらいじゃから、おそらく上手くはいかんじゃろう」


ロリエッタは、つまんだ自分の毛先を見ながら、そう言った。


「なるほど、……。つうことは、その『刻印の儀』ってのが、オレとアルテナでできないか?って話なんだよな?」

「早い話が、そう言うことじゃ」


「え〜と、ブラントは、私とするの嫌じゃないの?」

「ん、嫌?何が!?」


アルテナの質問に、ブラントはキョトンしている。


「そ、その、私……、半魔……だから」

「なんだ、それか!嫌じゃないぞ」


間髪入れず、あっけらかんと返したブラントの言葉に、アルテナは、意外そうな顔をした。


「―――、オレにしか出来ないことがあるのなら、むしろ、……嬉しいかな。半魔とか王子とか、そういう肩書きを抜きにして、今の自分を見てくれているのは、お前だけだと思ってる。今まで誰かに頼りにされたことなんて一度も無かったからな。それより、低級魔法ですら、まともにできないオレが、成功例も少ない魔法が扱えるのか、そっちの方が心配だよ」


「まぁ、今日、明日の話じゃない。魔王であるグレンの許可も必要じゃし、刻印の儀をするにしても、お前達には、わしからの課題をクリアしてからじゃな」


「「課題?!」」


ふたりは、揃って聞き返した。


「ふむ、最近、この近くまで縄張りを広げてきたポートウルフの群れを、ふたりで追い払ってこい!」

「!!ポ、ポートウルフ?!」


先に声を上げたのは、アルテナだった。


「ん?ポートウルフ?強いのか?!」

「単体ならそんなに強くないけど、群れは厄介よ!しかも、森の中じゃ圧倒的に分が悪いわ!」


そう、ブラントに言ったアルテナに、少し焦りの色が見える。


「相手は、魔獣。話の通じる相手では無いからの。縄張りに入ってきたものに対しては容赦なく殺しにかかってくる。ひとりなら危険じゃが、お前達ふたりが互いの欠点を補いつつ協力すれば、……。まぁ、問題なかろう」


澄まし顔で淡々と話すロリエッタに、アルテナは嫌な予感がした。


「おババも協力すれば、何とかなるって言ってるし、大丈夫じゃないか?」

「先生の『まぁ』の付く『問題なかろう』は、当てにならないのっ!」

「まずは、互いのことをよく知るところから始めるんじゃな。それと課題がクリアできるまで、いつもの鍛錬は無しじゃ」


そう言って、薄っすら笑うと席を立ち、「―――じゃが、もたもたしてると、この辺りのバニラットが、おらんようになるぞ!」と、付け加えた。


そのことで、ふたりのやる気に火が付いたのは良かったのだが、やる気になった理由がバニラットだったことに、ふたりの師であるロリエッタは、残念そうに小さくため息をもらした―――。



ポートウルフ撃退の課題に取り掛かって、数週間。


アルテナとブラントは、毎日、別々におこなっていた鍛錬を、互いのことをもっと知ることや、今のふたりにできる連携の確認に当て鍛錬のメニューを大幅に変更した。


そうやって準備をし、万全の体制で臨んだものの、一度目は失敗に終わり、二度目にして、ようやく達成することができたのだ。


   【ポートウルフ戦の試練と『背中』への信頼】


一度目の失敗は、互いの力を過信し、個々に戦おうとしたことだった。


アルテナが最も得意とする火の魔法が使えない『森の制約』と、ポートウルフが吐き出す『幻霧』が、二人の足並みを乱した。


ブラントは闇雲に剣を振り回して体力を削られ、アルテナは自分とブラントの身を守ることに精一杯で、他のことを考える余裕がまったくなく自らの強みを活かせずにいた。


ボロボロになって撤退した夜、焚き火の傍らでアルテナが口を開いた―――。


「……ブラント、霧の中じゃ目は役に立たない。でも、私には視えるわ。魔力の揺らぎも、獣の呼吸も、手に取るように……けど、数が多すぎて受け流すので精一杯。統率の取れた集団は、やはり厄介ね」


「確かに……。アルテナが言ってたように、単体は大したことないが、この霧じゃ、狙いが絞りきれない。ポートウルフに効果的なオレの『閃光斬』も当たらなければ意味がない」


アルテナはブラントの肩にそっと手を添えた。


「私があなたの『目』になるってのはどう?あなたは、私の指し示す場所に、その一撃を叩き込む」

「なるほど、それなら……。やってみる価値はありそうだな!」


焚き火の光を映し、揺らめくアルテナの色違いの瞳。


それを見たブラントは、鼻先で短く息を吐き出した。


つられるようにどちらからともなく笑みがこぼれると、二人に重くのしかかっていた迷いの霧が、一瞬で晴れた。


それからの数週間、二人は泥にまみれて呼吸を合わせた―――。


アルテナは呼吸するように探知魔法を広げ、霧の奥に潜むポートウルフの統率を読み解く。


ブラントはその感覚を信じ、ロリエッタから仕込まれた「閃光斬」の太刀筋を、彼女の導きに預けた。


単体なら大したことはない魔獣も、霧の中では死神と化す。


だが、今の二人には関係なかった。


凸と凹が噛み合うように、二人の欠点はいつしか、相手を必要とするための「理由」へと変わっていった。


アルテナの指先が示す霧の先に、ブラントは視界すら介さず、ただ彼女の感覚を信じて刃を叩きつけた。


二度目の挑戦では、その鮮烈な連携が群れの統率を打ち砕き、ようやく達成することができたのだ。




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