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第10.5話 閑話 【呪い ✕ 私 ✕ 龍】:後編(魔道の深淵と憧憬)




喉の奥が、焼けつくように熱い。


三千の絶叫を飲み込んだ静寂(しじま)の中、「ジリッ」と、剥き出しになった大地を踏みしめる自分の足音を、吹き抜ける風の音が運び去る。


底知れぬその黄金の瞳が、ロリエッタを真っ直ぐに射抜く。


無言の視線が突きつける『死』の宣告。


ロリエッタは、魂を(から)め取られたかのように、髄まで染み込み、それを消し去る術を見失わせた。


『ワタシの威嚇(いかく)にも動じることなく、一撃を耐えた?ほう、いいじゃないか!少し遊んでやろう』


龍の途轍(とてつ)もない存在感に圧倒され、ロリエッタは、身動きができない。


「くっ!何という威圧感!!それに、感じたことの無い恐怖。震えが……、震えが止まらない!格が違い過ぎる!!」


しかし、龍は、ロリエッタをジッと見据えたまま、尻尾をくねらせるだけで、何もしてこない。


「なぜ、攻撃してこない?!」


圧倒的な強者を前にしてもなお、ロリエッタは次の一手を考えていた。


だが、まだ何もしていないのに、鼓動は早さを増し、息は肩でするほどになっている自分がいることに気づく。


不安と焦りから吹き出でる冷や汗―――。


彼女は、こめかみを伝う汗を、ゆっくりと袖で拭った。


雑魚(ざこ)だと思ってバカにしやがって!攻撃してこないのなら、出し惜しみなんてしている場合ではないな。詠唱に時間がかかるし魔力もゴッソリ持っていかれるけど、(おの)が最大火力でいくしかない!腹をくくれ!!ベルーデを直撃させることができたなら、まだ勝機はあるはず!!」


ロリエッタは、目を閉じ意識を集中して詠唱を始めた。


『ん?何をする気だ?、索敵、感知魔法の類か。障壁に土を重ねて、風…いや、これは補助だな。後は…、ふっ、全てを理解して使っているかは、はなはだ疑問だが全部で、七。ほぅ、七つ同時展開の魔法か―――、面白い』


横一文字に、杖を構えるロリエッタの周囲にドーム型の土壁とそれを覆うように魔法障壁が地面から現れ彼女を包み込み始める。


ロリエッタは、詠唱を終えると、目を「カッ」と見開き、叫んだ!


「これで、どうだぁぁぁぁぁぁっ!!」


すると、龍の目の前に一点の(まばゆ)い光が出現したと思いきや、捉えきれないほどの速さで龍を直撃した。


次の瞬間、その点を中心に一瞬にして、無音と衝撃波が、同心円状に広がってゆき、その後を追うように、もの凄い爆音と共に爆風が走る! 


爆心から距離があったにもかかわらず、その威力の凄さで、ロリエッタが作り出した障壁の一部が崩れる程だった。


ロリエッタは、膝をつき、肩で息をしながら防御魔法を解除した。


「よし!手ごたえはあった!奴の防御魔法の気配も無い!!」


もうもうと立ち込める砂煙が、辺りの視界を遮っているが、山から吹き下ろす風が徐々にそれらを押し流してゆく。


「フン、雑魚(ざこ)だと油断したからだ!ざまあみろ!完全に直撃だ!!」


―――だが、


「!!」


白々と明けていく視界の先に、音も無くゆらりと影が見えた。


「……そ、そんな……」


最強の一撃を無に帰されたロリエッタの瞳から、急速に生気が失われてゆく。


抗う術など、もうどこにも残されていない。


握っていた杖が、「ガラン」と音を立てて地面へと落ちた。


魔法は完璧だった。


全魔力を注いだ『ベルーデ』は間違いなく龍を捉えたはずだ。


……しかし、龍はまるで何事もなかったかのように、微動だにしていない。


ロリエッタの全力の魔法は、致命傷どころか(うろこ)一枚を()ぎ取っただけで、その体からは、一滴の血すら流すことができなかったのだ。


「う、嘘だろ?!……」


呆然となって、抵抗する気力すら奪われたロリエッタに、龍は『言葉ならざる言葉』を発する。


『お前達に、「この世の理を曲げる」()()と「理を見つけ出す」()()を与えた。だが、未だワタシと対等となる者は、現れない。魔族には魔法を、人族には知恵を、……。この相反する玩具を与えたが、両者共、遊ぶだけで探究する事をしてこなかった。だから、ワタシは一計を案じ、発展を促した。しかし今、相手の技量も計れず、(かえり)みることなく愚かにもワタシに挑んできた。それは、無知と傲慢(ごうまん)。では、その身とこの世界に罰を、―――』



「それから、どうなったの?」


洗い場から湯船へと移ったロリエッタは、夜空を見上げ目を閉じた。


「龍は、そう言ったんじゃが、わしには言葉の意味が理解できんかった。その後、龍は姿を人に変え『虚飾は不要』とそう吐き捨てると、わしの衣服を全て剥ぎ取って吊るし上げた。そして完全回復の治癒魔法をわしにかけたんじゃ。抗うことすら許さぬ恐怖をその鉤爪に込めて、震えるわしの背中に突き立て『その身に呪いを刻む』とつぶやき、大きく一筋の傷を残した。それがこれじゃ、―――」


傷跡の真相を知ったアルテナは、眉をひそめた。


「―――良いか、バカ弟子。魔法の使い手が最も恥ずべき傷跡、それが背中の傷じゃ。それは、相手に気づかずつけられたか、恐れをなして相手に背を向けたかのどちらかじゃ。(あいつ)は、わしにこうも言った。『目が覚めるたびに何も出来なかった己の無力さを思い起こすがいい。だが、世に生まれ落ち、たったの十年程でワタシの(うろこ)()がせた蛮勇ばんゆうを振るう、お前には褒美(ほうび)を、―――。剥ぎ取った鱗とお前に傷をつけたこの指をくれてやる。ワタシから切り離されたとて、それは生命の根源――命そのもの。どう使うかは、お前次第』だと、―――」


ロリエッタから龍の話を聞いていたアルテナは、まるで、おとぎ話を聞いているかのようにしか思えなかった。


「―――わしは、薄れゆく意識の中じゃったから夢か現実かは、はっきりしないが龍の最後の言葉を聞いた。『ワタシは、この地を去り、命ある者が決して辿(たど)り着けない極寒の地へとこの身を移す。人族と魔族に投げた課題の答えと、お前に与えた課題の呪い(ループ魔法)の答えをワタシは、その地で待つとしよう』と、最後に龍はわしに、こう告げたんじゃ。『答えをみつけた時、ワタシの元に来て、魔道の深淵(しんえん)を覗くがいい』とな……。背中に激痛を感じて気がつくと、わしの横に龍の鱗と指が転がっており、それが、夢でなかったことがわかったんじゃがな、―――」


ロリエッタは、ほてった顔を湯船の外へと出した。


「―――その時から、わしの体は、時を止めた。『眠る』という、条件を満たせば、どんな傷を負っても目覚めれば、あの日、龍との戦いを終えた状態に戻される。それが、わしに刻まれた呪い、奴はループ魔法と呼んでおったがの」


「るーぷ魔法?」

「ふむ。ある条件で同じことを繰り返す魔法のことじゃ。今のわしですら、まだ理解できんがの」


「ふ~ん。そんな魔法があるんだ!」


アルテナは湯の中で揺らぐ、ロリエッタの背中の傷をジッと見ていた。


「わしは全能と呼べる力を持ちながら傍観(ぼうかん)を決めこんでいる、あ奴が気に食わん!わしをこんな体にしたあ奴が憎い!!じゃが、……。魔道に関しては、敬意を表するに値する」


ロリエッタは、くるりと向きを変え、遠い目で夜空を見上げると湯気に濡れた睫毛を伏せ、


「憧れが、あるやもしれんな……憎しみより先に、憧れがきてしまう……。魔道を志す者として、これほど残酷な呪いもなかろうよ」


―――そう、つぶやいた。


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