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第10.5話 閑話 【呪い ✕ 私 ✕ 龍】:前編(英雄の絶望と虚無)




これは、ロリエッタと幼いアルテナが、ぺルムの森に暮らしだして、まだ間もない頃だった―――。


今日は、木の影が最も短くなる時から、高い木々に陽が隠れ始めるまで。二人は休むことなく魔法の鍛錬に打ち込んでいた―――。



「イスフェラァァァァァッ!!」


アルテナは、視線を巨岩の印へと固定し、練り上げた火の魔法『イスフェラ』を放った。


魔法は確かに的を捉えた。しかし、着弾の衝撃すら残さず、吐息に揺れる蝋燭ろうそくの火のように、一瞬で掻き消えてしまった。


「やった!」


しかし、アルテナは右手をグッと握ると、当の本人は得意気に鼻を鳴らした。


それを見ていたロリエッタは指先でアルテナを招くと、アルテナは褒めてもらえると思ったのか頭をさしだした。


「何が『やった!』じゃ?このバカ弟子が!!」


軽く首を振りながら「フン」と短いため息をつくと、彼女のおでこを招いた指で弾いた。


「いたっ!えぇ~?でも、ちゃんと、この岩にあたったよ!」

「ったく!(きったな)い魔法を組み出しよって。見るに耐えんわ!そこで、よく見ておれ」


ロリエッタは、杖を寄りかかっていた岩に立てかけると、「イスフェラ」と唱え指を弾いた。


「ヒュン」という風切り音と共に、アルテナの的にしていた岩から粉が吹き出した。


自らのものとは似て非なる、師の放った『イスフェラ』。その異質な威力に息を呑み、アルテナは、弾かれたように岩へと駆け寄った。


そこには、彼女の指先が丁度収まるほどの、鋭く深い穿孔せんこうが残されていた。


「せんせい、今の……」


呆然とした表情は一瞬で消え、その左右で違う瞳の光を強めて、アルテナは振り返った。


そこには、純粋な好奇心が溢れていた。


「うむ、同じ魔法じゃが、全く違うのは見てわかったはずじゃな」

「うん!」


「『圧縮』と『回転』……お前のは、単にイスフェラを作り出し切り離しただけ、そこに圧縮と回転を加えると、その威力は格段に上がる。現代魔法の重要かつ基本じゃ」

「あっしゅく、かいてん、かぁ〜」


「ふむ、これは、『風』『水』『土』の属性にも応用が効く。魔力量の少ないお前は、下級魔法の精度を上げるのが良いわ」

「うん!やってみる!!」


アルテナは、すんとした幼い横顔を少し(ほころ)ばせ、とりとめもない独り言をこぼしながら鍛錬を続けた。


「バカ弟子。イスフェラは、螺旋を……」


そう言いかけたロリエッタが、コツを教えようとした時だった。


「できた!」


アルテナの手のひらの上に螺旋らせんを描き、渦を巻いていく炎が浮かんでいる。


「フッ、こ奴め……」


それを見たロリエッタは、喉元まで出かかった助言を飲み込んだのと同時に、彼女の口角が自然と持ち上がった。


「アルテナ!そろそろ終いにするぞ」

「えぇ〜っ、もう少しなのに……」


「そろそろ、魔力が切れそうじゃろ?続きは明日じゃ。今日は冷えるし、帰ったら湯に浸かるか?」

「おふろ?!ほんと?やった〜!おふろ、おふろ、お・ふ・ろ♪」


厳しい鍛錬の疲労など微塵も見せず、アルテナは浮き立つ心そのままに家路を急いだ。



「大きなキズ!!どうしたの?せんせい!背中のそのキズ」


アルテナは、湯船にちゃぷんと浸かりながら、驚いた顔でロリエッタにそう尋ねた。


「ん?あぁ、これか?」


ロリエッタは、体を洗い終えると目線を自分の背中へとやった。


「―――これは、大昔、龍との戦いの時に刻まれた傷じゃ」

「りゅ、龍!?え~っ!!龍って本当にいるの?」


勿論(むろん)じゃ。じゃが、この話をしても、今となっては信じる奴など、もうおらんじゃろうがな」

「あれ?でもなんか、あんまり古いキズには見えないけど」


「そりゃ、その通りじゃ!今朝、再び現れた傷じゃからな」

「今朝!再び?どういうこと?!」


「そうよのぉ……どこから話そうか。バカ弟子よ、呪いは知っておるか?」

「のろい?」


アルテナは、首を(かし)げてから、横に振った。


「ならば、龍との戦いから話そう……」


そう言って、ロリエッタは、龍と戦った時の事を話し始めた―――。



大昔、すでに魔族と人族とが種族間で全面戦争になっていた時代に、ロリエッタは名も無い平民の子として、この世に生を受けた。


ロリエッタは、若干13歳でありながら、他に類を見ないほどの魔法の使い手で、当時知られていた全ての属性を扱え、「発動スピード」、「威力」、「魔力量」、「種類」、どれひとつをとっても彼女の右に出る者はいなかった。


その噂は、瞬く間に魔王の耳に届き、平民の子供にもかかわらず、王のひと声で近衛師団に抜擢されたのだ。


ロリエッタもまた年齢に似つかわしくないほど聡明かつ明敏(めいびん)であり、その期待を裏切らず、当時、戦の常識である数と戦術を、ロリエッタが根底から(くつがえ)す活躍を次々とみせる。


そして、わずか一年足らずで『魔法の申し子』『魔法に愛された少女』『完成された魔女』など、彼女を(たた)える言葉やふたつ名は、既に数え切れないほどであった。


そんな中、ある地で起きる奇妙な噂が王都にいる魔王の耳に届く。


それは、森の奥にそびえ立つ山の(ふもと)から、得体の知れない獣の咆哮(ほうこう)が時折、聞こえてくるというものだった。


だが、その時は、決まって森に住む魔獣が狂ったように暴れだし、森近くの村や町を襲ってくると、―――。


事実、その咆哮(ほうこう)を耳にした者は……

「それは獣の鳴き声というより、大気が悲鳴を上げ、大地が震えるような、根源的な恐怖を呼び起こす音だった」と告げる者もいた。


原因が分からないまま、魔獣の被害報告だけが、増える一方だった。


業を煮やした魔王は、強さに絶対的な信頼を置くロリエッタに、この一件の調査と解決を命じたのだ。


王の命により、約三千の兵士を引き連れ、騒動の森へと向かったロリエッタは、咆哮の報告があった山の麓近くに着き、調査を開始した。


しばらくして、森には珍しく広く開けた草原へと出ると、そこの辺り一帯には、何やら異様な雰囲気が漂っている。


ロリエッタ達は、警戒しつつ森を背に山の方へと進軍を続けていると、突如、上空から誰もが聞いたことのない大きな羽音がした。


皆、一様に薄暗くなり始めた空を見上げる。


すると―――、


ロリエッタ達の目に飛び込んできたものは、想像をはるかに超える大きな体に、爬虫類を思わせるような鱗と背には翼―――。


それは、紛れもなく『龍』だった!!


龍は、地に舞い降りるなり、耳を塞ぎたくなるような大きな咆哮を上げた。


ロリエッタが率いていた三千もの兵達は、呆然と立ち尽くす者や恐れ(おのの)き逃げ出す者、悲鳴をあげ泡を吹いて倒れる者など、一瞬で陣形は崩れた。


予期せぬ事態に、呆気にとられたロリエッタだったが、龍に膨大な魔力の流れを感じとり、大声で兵士たちに防御の体制をとるように指示した。


ロリエッタもまた、龍のいる方向に、二重、三重と魔法障壁を素早く張り、身を(かが)めた。


ロリエッタが展開した三重の魔法障壁は、単なる魔力の壁ではない。


それは、彼女が『魔法の申し子』と呼ばれる所以ゆえん―――魔力を超高密度に『圧縮』し、それぞれを『逆方向へ高速回転』させることで、あらゆる衝撃を外部へと受け流す、当時の魔道の極致であった。


次の瞬間―――、物凄い地鳴りと爆音が、辺り一帯に響き渡る。


しかし、龍が放った光の奔流は、その極致すらも紙細工のように無造作に引き裂いてゆく。


二層目、三層目と障壁が砕け散る。ロリエッタは反射的に四層目を構築しようとしたが、指先が、迫りくる恐怖で動かない。


直後、世界は白一色に染まった。


耳が痛くなるほどの静寂―――。


視界が激しく揺れ、世界から全ての音が掻き消えた。


「キィィィン」と神経を逆撫でする金属音が頭の中に居座る。


自分の荒い呼吸音さえ聞こえてこない。


どれほどの時間が経っただろうか、こもっていた音が少しづつハッキリしてきた。


ロリエッタは崩れかけの障壁を解除して、静まり返る辺りを確認した。


すると、辺りは草木一本残っていない大地がむき出しになっていて、さっきまでそこにいたはずの三千もの兵士達も、瞬きする間に消え失せ誰ひとり姿が見えない。死体すら残っていなかった。


三千の命は、嘆きを上げる暇もなく、ただの塵となって龍の放った『吐息』に掻き消されたのだ。


あの刹那。


龍の一撃がすべてを奪い去った地で残されたのは、彼女たった一人だけだった―――。



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