第10.5話 閑話 【呪い ✕ 私 ✕ 龍】:前編(英雄の絶望と虚無)
これは、ロリエッタと幼いアルテナが、ぺルムの森に暮らしだして、まだ間もない頃だった―――。
今日は、木の影が最も短くなる時から、高い木々に陽が隠れ始めるまで。二人は休むことなく魔法の鍛錬に打ち込んでいた―――。
◇
「イスフェラァァァァァッ!!」
アルテナは、視線を巨岩の印へと固定し、練り上げた火の魔法『イスフェラ』を放った。
魔法は確かに的を捉えた。しかし、着弾の衝撃すら残さず、吐息に揺れる蝋燭の火のように、一瞬で掻き消えてしまった。
「やった!」
しかし、アルテナは右手をグッと握ると、当の本人は得意気に鼻を鳴らした。
それを見ていたロリエッタは指先でアルテナを招くと、アルテナは褒めてもらえると思ったのか頭をさしだした。
「何が『やった!』じゃ?このバカ弟子が!!」
軽く首を振りながら「フン」と短いため息をつくと、彼女のおでこを招いた指で弾いた。
「いたっ!えぇ~?でも、ちゃんと、この岩にあたったよ!」
「ったく!汚い魔法を組み出しよって。見るに耐えんわ!そこで、よく見ておれ」
ロリエッタは、杖を寄りかかっていた岩に立てかけると、「イスフェラ」と唱え指を弾いた。
「ヒュン」という風切り音と共に、アルテナの的にしていた岩から粉が吹き出した。
自らのものとは似て非なる、師の放った『イスフェラ』。その異質な威力に息を呑み、アルテナは、弾かれたように岩へと駆け寄った。
そこには、彼女の指先が丁度収まるほどの、鋭く深い穿孔が残されていた。
「せんせい、今の……」
呆然とした表情は一瞬で消え、その左右で違う瞳の光を強めて、アルテナは振り返った。
そこには、純粋な好奇心が溢れていた。
「うむ、同じ魔法じゃが、全く違うのは見てわかったはずじゃな」
「うん!」
「『圧縮』と『回転』……お前のは、単にイスフェラを作り出し切り離しただけ、そこに圧縮と回転を加えると、その威力は格段に上がる。現代魔法の重要かつ基本じゃ」
「あっしゅく、かいてん、かぁ〜」
「ふむ、これは、『風』『水』『土』の属性にも応用が効く。魔力量の少ないお前は、下級魔法の精度を上げるのが良いわ」
「うん!やってみる!!」
アルテナは、すんとした幼い横顔を少し綻ばせ、とりとめもない独り言をこぼしながら鍛錬を続けた。
「バカ弟子。イスフェラは、螺旋を……」
そう言いかけたロリエッタが、コツを教えようとした時だった。
「できた!」
アルテナの手のひらの上に螺旋を描き、渦を巻いていく炎が浮かんでいる。
「フッ、こ奴め……」
それを見たロリエッタは、喉元まで出かかった助言を飲み込んだのと同時に、彼女の口角が自然と持ち上がった。
「アルテナ!そろそろ終いにするぞ」
「えぇ〜っ、もう少しなのに……」
「そろそろ、魔力が切れそうじゃろ?続きは明日じゃ。今日は冷えるし、帰ったら湯に浸かるか?」
「おふろ?!ほんと?やった〜!おふろ、おふろ、お・ふ・ろ♪」
厳しい鍛錬の疲労など微塵も見せず、アルテナは浮き立つ心そのままに家路を急いだ。
◇
「大きなキズ!!どうしたの?せんせい!背中のそのキズ」
アルテナは、湯船にちゃぷんと浸かりながら、驚いた顔でロリエッタにそう尋ねた。
「ん?あぁ、これか?」
ロリエッタは、体を洗い終えると目線を自分の背中へとやった。
「―――これは、大昔、龍との戦いの時に刻まれた傷じゃ」
「りゅ、龍!?え~っ!!龍って本当にいるの?」
「勿論じゃ。じゃが、この話をしても、今となっては信じる奴など、もうおらんじゃろうがな」
「あれ?でもなんか、あんまり古いキズには見えないけど」
「そりゃ、その通りじゃ!今朝、再び現れた傷じゃからな」
「今朝!再び?どういうこと?!」
「そうよのぉ……どこから話そうか。バカ弟子よ、呪いは知っておるか?」
「のろい?」
アルテナは、首を傾げてから、横に振った。
「ならば、龍との戦いから話そう……」
そう言って、ロリエッタは、龍と戦った時の事を話し始めた―――。
◇
大昔、すでに魔族と人族とが種族間で全面戦争になっていた時代に、ロリエッタは名も無い平民の子として、この世に生を受けた。
ロリエッタは、若干13歳でありながら、他に類を見ないほどの魔法の使い手で、当時知られていた全ての属性を扱え、「発動スピード」、「威力」、「魔力量」、「種類」、どれひとつをとっても彼女の右に出る者はいなかった。
その噂は、瞬く間に魔王の耳に届き、平民の子供にもかかわらず、王のひと声で近衛師団に抜擢されたのだ。
ロリエッタもまた年齢に似つかわしくないほど聡明かつ明敏であり、その期待を裏切らず、当時、戦の常識である数と戦術を、ロリエッタが根底から覆す活躍を次々とみせる。
そして、わずか一年足らずで『魔法の申し子』『魔法に愛された少女』『完成された魔女』など、彼女を称える言葉やふたつ名は、既に数え切れないほどであった。
そんな中、ある地で起きる奇妙な噂が王都にいる魔王の耳に届く。
それは、森の奥にそびえ立つ山の麓から、得体の知れない獣の咆哮が時折、聞こえてくるというものだった。
だが、その時は、決まって森に住む魔獣が狂ったように暴れだし、森近くの村や町を襲ってくると、―――。
事実、その咆哮を耳にした者は……
「それは獣の鳴き声というより、大気が悲鳴を上げ、大地が震えるような、根源的な恐怖を呼び起こす音だった」と告げる者もいた。
原因が分からないまま、魔獣の被害報告だけが、増える一方だった。
業を煮やした魔王は、強さに絶対的な信頼を置くロリエッタに、この一件の調査と解決を命じたのだ。
王の命により、約三千の兵士を引き連れ、騒動の森へと向かったロリエッタは、咆哮の報告があった山の麓近くに着き、調査を開始した。
しばらくして、森には珍しく広く開けた草原へと出ると、そこの辺り一帯には、何やら異様な雰囲気が漂っている。
ロリエッタ達は、警戒しつつ森を背に山の方へと進軍を続けていると、突如、上空から誰もが聞いたことのない大きな羽音がした。
皆、一様に薄暗くなり始めた空を見上げる。
すると―――、
ロリエッタ達の目に飛び込んできたものは、想像をはるかに超える大きな体に、爬虫類を思わせるような鱗と背には翼―――。
それは、紛れもなく『龍』だった!!
龍は、地に舞い降りるなり、耳を塞ぎたくなるような大きな咆哮を上げた。
ロリエッタが率いていた三千もの兵達は、呆然と立ち尽くす者や恐れ慄き逃げ出す者、悲鳴をあげ泡を吹いて倒れる者など、一瞬で陣形は崩れた。
予期せぬ事態に、呆気にとられたロリエッタだったが、龍に膨大な魔力の流れを感じとり、大声で兵士たちに防御の体制をとるように指示した。
ロリエッタもまた、龍のいる方向に、二重、三重と魔法障壁を素早く張り、身を屈めた。
ロリエッタが展開した三重の魔法障壁は、単なる魔力の壁ではない。
それは、彼女が『魔法の申し子』と呼ばれる所以―――魔力を超高密度に『圧縮』し、それぞれを『逆方向へ高速回転』させることで、あらゆる衝撃を外部へと受け流す、当時の魔道の極致であった。
次の瞬間―――、物凄い地鳴りと爆音が、辺り一帯に響き渡る。
しかし、龍が放った光の奔流は、その極致すらも紙細工のように無造作に引き裂いてゆく。
二層目、三層目と障壁が砕け散る。ロリエッタは反射的に四層目を構築しようとしたが、指先が、迫りくる恐怖で動かない。
直後、世界は白一色に染まった。
耳が痛くなるほどの静寂―――。
視界が激しく揺れ、世界から全ての音が掻き消えた。
「キィィィン」と神経を逆撫でする金属音が頭の中に居座る。
自分の荒い呼吸音さえ聞こえてこない。
どれほどの時間が経っただろうか、こもっていた音が少しづつハッキリしてきた。
ロリエッタは崩れかけの障壁を解除して、静まり返る辺りを確認した。
すると、辺りは草木一本残っていない大地がむき出しになっていて、さっきまでそこにいたはずの三千もの兵士達も、瞬きする間に消え失せ誰ひとり姿が見えない。死体すら残っていなかった。
三千の命は、嘆きを上げる暇もなく、ただの塵となって龍の放った『吐息』に掻き消されたのだ。
あの刹那。
龍の一撃がすべてを奪い去った地で残されたのは、彼女たった一人だけだった―――。




