079_あるかないか、
デジタルなのである、断続的なのである、大体全てのものはそれであり、アナログはその差異がとても小さなものであるから、そう見えているだけのものである、もちろんこちらが認識できないほどの微小な断続であるならば、それは連続として扱っても良いという環境はある。
最小単位があるならば、そこでからなず断裂しているのである、途切れているのである、そしておそらくは必ず最小単位はある、どこまで細かくしていけばどこまでも細かくしていけば、必ずそれ以上分けられないものができるからであり、そうでなければ、何もないものが全ての根底に敷き詰められてしまっているからである。
そうだろうか、実は何もないのではなかろうか、そこには何もないのである、どこまでも細かくしてしまったところで、消えてしまうというのはどうであろうか?
全くの何もないところことろというものは実のところ全てが満ちているということに等いのではないであろうか、消えたと思われていたのけれどもそれは、全体に戻ったということではないであろうか、差異がなくなったということは、それは平された平坦な状態になっただけであり、測れないけれども、そこにはあるという状態になってしまうのではなかろうかではそれは、連続しているのであろうか?
いやそれは、連続しておらずただの一つの大きな断片でしかないわけであり、全てであるはずなのに端が、果てが存在いする何かになってしまっているのではなかろうかという予想もできる、ただそれは全てであって、断片であって、点であって、しかい何もないという、直感的に奇妙なものになってしまうのではなかろうか。
限られたところであるところの全てを満たしているのである、が、そのところから離れてみるとやはり一片でしかなく、点でしかなく、途切れていて、どこかに続きが、影響を与えるかもしれない、確率的に存在する何かが、あるのである。
そられの差異をずれを、エネルギーにして食べる生き物がいるのである、それは本質的には、伝わらない何かを、伝えようとして伝わらない、伝わるけれどもその過程で生まれるズレを食べる生き物である、それが存在すると仮定するならば、実に綺麗に世界が、表現できてしまう、可能性があるのである。
つまるところそれは別の観測点であるのかというと、そうでもありそうでもなく、それも含まれるということではないのではなかろうかとか、奇妙奇天烈な感想が思い浮かぶわけではある。
そしてそれらはそうであることを自覚していない、ただの現象のように、振る舞っているのではなかろうか、そしてそこに方向性を与えることができるのが、こちら側であるという、そのように定義することで。
別に何も変わらないが、まあ、面白くはある。




