37 両手に花
「なんで、そんな格好してんだ?」
「お前のせいだろ!」
フードを目深に被り、《華炎》が居ないことを確認してから俺はギルドにやって来た。受付嬢に案内された部屋に入るなり、先に通されていたらしいザラディンが居た。
「俺は悪くない。実際あの化け物にトドメ刺したのは俺だが、ほとんどお前とルゥナが倒したようなもんだろ。報酬は山分けでいいぜ」
報酬と一緒に面倒ごとまで押し付けたザラディンは悪びれることもなく言い切った。
ザラディンには感謝しているのは事実なのだが……。釈然としない。
「あの女はどうした? ギルドマスターがそろそろ来るはずだ」
「ルゥナなら、お友達の錬金術師と買い物だとよ」
俺が知らないうちにシェイラとルゥナは仲良くなっていたようで、ギルドマスターとの面会を俺に任せて二人で遊びに行ってしまった。
昼頃に合流する予定であり、それまでは適当に時間を潰すそうだ。
二人ともマイペースでのんびりなところがあるので気が合うのかもしれない。
「チッ……相変わらず自由な奴だ」
俺の言葉に舌打ちし、露骨に顔をしかめるザラディン。しかし、それ以上何も言うことはなく、偉そうに足をテーブルの上に投げ出し目を閉じた。
しばらく沈黙が続いた後、ノックの音と共に部屋の扉が開いた。
入って来たのは初老の男。細身でありながら鍛え抜かれた肉体をしているのが分かる、隙のない佇まいだ。
白髪混じりの短い髪、顔の至る所にある深いシワも相まって厳つい印象を受けるが、どこか優しい眼差しだった。
「待たせたな。私は、この冒険者ギルドマスターをやっているオーケン・ファースというものだ。よろしく」
差し出された手を握り返す。すでに冒険者は引退していると聞いたことがあるが、相当戦い慣れている手をしていた。まだまだ現役で戦えるだろ、この人……。
「今日来てもらったのは他でもない。今回の件について礼を言わせてもらいたくてな」
そう言ったオーケンの顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。きっと、ここ最近は一連の騒動について寝る暇もないほどに頭を悩ませていたのだろう。
森には入れない状態が続いて、冒険者が離れてしまったら街の治安や経済に影響が出てしまうからな。街を守るという意味でも頭が痛いことだと思う。
「まず先に言っておくと、俺たちはザラディンと違って依頼は受けていない」
「そのようだな。その辺りについては事実確認が取れているよ。祭りが近いこともあってこれ以上騒ぎが長引いていたら、もっと大きな問題に発展していたかも知れん。それに、ザラディンの話では君たちが協力してくれたことも聞き及んでいる」
テーブルの上にジャラリと置かれた大量の金貨を前に、俺は言葉を失った。
「君たちのような若い冒険者には多すぎると嫉妬する者も現れそうな金額だと重々承知しているが、それでもこの街を守ってくれた英雄への謝辞としては足りないくらいだと私は思っているよ」
正直、俺は困っていた。こんな大金見たこともないし、使い道も分からない。
ザラディンの方を見ると、「ほぉ」と興味深そうな表情を浮かべて笑みを深め、金貨を指先で遊ばせている。
「遠慮しねぇで受け取っとけ。今回の件で厄介だったのは魔物の強さじゃない。めんどくせぇことが重なったせいで誰も状況を把握できなかったことだ。いつもより余計に金が動いてんだ」
「んじゃ、ありがたくもらっておくか……」
それから、オーケンの口から今回の件の顛末を聞かさせてもらうことができた。
事の発端は、魔物狩りが趣味の領主様が森の奥まで護衛と一緒に入ってしまったことだ。
そこで運悪く遭遇したのがシルバーウルフキングが率いる巨大な群れ。森に火を放ちながら逃げ帰ったという。
「……は? 護衛が身につけていた高価な魔道具もいくつか紛失して、それを媒体にアンデット化したキングが死霊術? ……ってことはまさかと思うが」
「アンデット化は特殊な事例だから王都から調査員も送られてくる。領主も責任を取らされて失脚は免れないだろう。まあ自業自得だが。つまり口外しないようにしてくれ」
口止め料も含んでのこの額ということらしい。
確かにこれに関してはあまり吹聴するのは良くない情報だろう。
ザラディンも納得しているようで黙って話を聞いていた。……こいつの場合は、どうでもいいと思っているだけかもしれないけど。
◇
「へえ、すごいね。臨時収入じゃないか。ねえねえ、おごってよ」
「なんでだよ。俺より稼いでるだろうが」
一人で持ち帰るには怖い額なので報酬をギルドに預け、ルゥナたちと合流して酒場で軽く食事を摂ることにした。
「シェイラちゃん、私がおごる?」
「え? い、いやいや、大丈夫だよ!」
冗談を真に受けたルゥナに対して慌てたように手をひらひらと振るシェイラを眺めながらグラスに注がれた果実酒をあおる。
テーブルの上には空になった酒瓶が何本も転がっている。ルゥナはともかくとして、酒に強いと話していたシェイラが顔に朱を差しているのは珍しい。
普段は真面目な性格の分、たまには羽目を外すこともあるんだろうが、それを考慮しても飲み過ぎているような気はする。いつもより随分とハイペースで機嫌がいい。
「お前、そんなに飲んで平気なのか?」
心配になって声を掛けると、トロンとした瞳で見つめ返される。
普段の澄ました態度からは想像できない緩みきった笑顔を浮かべ、俺の手を握ってくる。
「わたしは全然、酔ってないよ」
「酔っ払いの常套句だな。もう飲むなよ」
「前にも言ったじゃないか。わたしは錬金術師だからお酒とか毒に耐性くらいあるよ。だからだいじょうぶ」
そう言うなり再びジョッキを傾けた。
握られた手にギュッと力が込められる。俺の手首を握ったまま自分の方へと引き寄せる。驚きで抵抗することができず体を寄せ合う形になってしまった。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。俺よりも小柄な体格だというのに柔らかいものが押し当てられていて少し居心地が悪い。
吐息がかかる距離になると彼女は囁いた。
「――――テーブル席の三つ隣に《華炎》がいるよ」
「……ッ!? なんで《華炎》との話を知ってるんだよ」
「これでも情報通なのさ」
満足そうにしているシェイラだったが、急に体を離すとその反動で倒れそうになったので慌てて抱きかかえる。すると、また嬉しそうに笑いかけてきた。
「私は君の前でしか酔わないし……酔えないんだよ」
次の瞬間、糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、俺の右肩にもたれかかった。規則正しい寝息を立てており、完全に眠ってしまったようだ。
俺が戸惑っている間にルゥナが「ずるい」と言って俺の左腕に抱き着いてきた。
「ちょ、何やってんだお前!?」
慌てて振りほどこうとするが、がっちりと腕を抱き締められて身動きが取れない。
しかも、そのまま上目遣いでこちらを見上げて微笑む。
二人とも可愛いし綺麗な顔をしているので、自然と両手に花状態の俺に視線が集まる。
寝落ち寸前のシェイラが《華炎》の存在を伝えてくれたのに、さっきよりも断然目立っていた。




