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29 その視線が向かう先には

 

 大量の魔力消費で足元がふらついて倒れそうになるが、何とか踏ん張って堪える。


 距離が遠ければ遠いほど、〈転送〉は魔力消費が激しくなることを忘れていた。


 相手も目視できる距離でコレなら特殊な状況でない限り、ただただ隙をさらすだけになってしまうだろう。


 やはり、リスクも大きい。


「はぁ!? お前、どうやって……いや、今はいい。とりあえずポーションを飲め」


 ザラディンは霧の向こうを鋭く睨みつけて警戒しながら、懐から取り出した小瓶を投げ渡してきた。


「悪い、助かる」


 慌ててキャッチしてポーションを飲むと魔力が回復し始め、身体が楽になっていった。


 十分とは言えないが動けるようになり、再び〈空間認知〉を発動する。


 さっきの一撃で指輪型の魔道具を弾き飛ばすことに成功したらしく、骨の化け物は黒い魔力を垂れ流して苦しんでいた。


 骨の身体もボロボロと灰のようになって崩れ始めている。


 このまま放置すれば自滅するかもしれない、が。


「追撃?」


 俺の心を読んだかのようにルゥナが聞いてくる。


「ああ、そうだな。アレだけ弱っているんだし、今のうちにトドメを刺さないと厄介なことになりそうだ」


 安全策を取って撤退することもできるが、アンデットは大抵の場合タフで、頭を粉々にしたくらいでは死なない。


 ここで逃せばまたすぐに襲ってくる可能性は高いだろう。ここで確実に息の根を止めておきたい。


「ホラよ。武器にでも塗っとけ。多少はマシになるはずだ」


 ザラディンが俺とルゥナに投げてきたのは、水色の液体が入った小さな瓶だった。


 ポーションかと思ったが、どうやら違うらしい。


「これは?」


「教会でもらった聖水だ。アンデットが相手だと思わなかったから数は用意してねえけど、効果は十分だ」


 礼を言って受け取ると、ザラディンは小さく鼻を鳴らして再び警戒態勢に入った。


 〈収納〉から残り数本の矢を取り出し、矢じりに聖水をかけて矢筒に入れる。


 準備を終えて、霧の向こうへ視線を移したその時だった。



『――――ァァァアアアアッ!』



 耳障りな叫び声が響き渡る。骨の化け物が発しているものだろう。


 ビリビリと空気が振動し、地響きが伝わってくる。


「リエル、下から来るよ」


「……おい、まだ終わってねえのかよ」


 信じられないような声でザラディンが呟いた直後、俺たちを囲むように骨の触手が地面を突き破って現れた。


 だが、残り少ない魔力をかき集めて無理やり触手を動かしているようで、その速度は脅威にならない。


 ルゥナが流れるような動作で次々と触手を切り払う。今までのように再生できずに、あっという間にすべて灰となって消えていった。


「呆気ねえな」


 ザラディンは肩透かしを食ったようだったが、ルゥナは霧の奥をじっと見つめながら、小首をかしげた。



「足元から不意打ちしなかった」



 ルゥナがぼそりと漏らした言葉に、『時間稼ぎ』という言葉が頭に浮かび、血の気が引いていくのを感じた。


 嫌な予感を覚えて、〈空間認知〉を発動する。


 骨の化け物の本体は、すでに崩壊を始めていたが……それでもなお、一つだけ触手が動いていた。


 身を削りながらも触手を伸ばしていく先には、指輪。弾き飛ばした魔道具だ。


「……ッ! ザラディン、ルゥナ!」


 触手に向かって矢を放つ。しかし、木々の隙間抜けて飛んでいった矢は掠るだけに留まる。


「チッ、これだからアンデットは」


「〈探査サーチ〉」


 ザラディンはトドメを刺すために骨の化け物に向かって走り出し、ルゥナは魔道具の回収を阻止しようとアーツを発動し、ナイフを取り出す。


 〈転送〉を使うには魔力が足りず、俺は歯噛みしながら見守るしかない。


 ルゥナの手から勢いよく投げられたナイフは、木の枝ごと切り裂きながら進んでいく。


 そして指輪型の魔道具に命中し、完全に破壊した。



 あれだけ騒がしかった森に、魔道具が砕ける軽い音がだけが妙に響く。



 骨の化け物がこちらを向いていた。


 本来なら眼球が収まっていたはずの頭蓋骨のくぼみは妖しく光り、狼のような形状をしていた顔は見る影もないほど崩れている。


「ルゥナ! 逃げろ!」


 木をなぎ倒すような音が連続する。


 その速度は先程よりも速く、明らかに魔道具を破壊したルゥナを狙っていた。


 だが、俺の声が耳に届いてもルゥナは動くことができなかった。




『〈探査サーチ〉は探索に特化し過ぎている』




 生物の位置、風の動き、血痕や足跡などの痕跡……。


 全てを視覚化してしまう〈探査サーチ〉の暴力的な情報量にルゥナは小さくうめき声をあげて、その場に座り込んでしまう。


 迷っている暇はなかった。


 骨の化け物から死角になるようにローブを翻して脱ぎ捨てる。ルゥナを抱き寄せ、思いっきり真後ろに倒れた。


 唸り声のような風音と共に、ローブを突き破った骨の触手が真上を通り過ぎていく。


 ちょうど心臓あたりに穴が空いたローブを見て冷や汗を流していると、断末魔とともに骨が灰になって空気に溶けるように消えていった。


 ザラディン……、もう少し早く倒してくれていたら……。


 そんな失礼なことを考えていたら、腕の中に収まっていたルゥナがモゾモゾと動き出した。


「ぁ……。りえ、る……?」


 ルゥナは不思議そうに目を瞬かせる。


 その視線が向かう先には。



忘れてはいないだろうか……。


ローブの下に着せられていた、“例のアレ”の存在を……

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