28 美味しいところ
骨の化け物がどんどんシルバーウルフを殺して、自らの身体に次々と取り込んでいく。
そんな惨状に見向きもせず、ザラディンは俺のことを見て、なんとも言えない真面目な顔。
口を開いても、どこか複雑そうな表情で口を閉じる。
思いのほか余裕そうである。
「……ここで、何をしている」
しばらくすると、ザラディンは一度大きなため息を吐いてからようやく言葉を発した。
俺は曖昧な笑みを返す。
本当に街に帰るつもりだった。寄り道もせず、まっすぐ。
だが、どこからか遠吠えが聞こえた後、正気を失ったシルバーウルフの群れと遭遇してしまったのだ。
「いや、だからお前の顔を見たくて」
逃げ回っていたら気が付けばここまで来ていた、なんて言えるわけがない。
適当に誤魔化すとザラディンは眉をひそめて、こちらを睨むように鋭い視線を向けてくる。
そして疲れたようにもう一度ため息を漏らした。
「それで。お前の後ろにいるのはバケモノ……ルゥナだな?」
「あ、やっぱりバレてた。さすが斧おじさん」
俺の背中から顔を覗かせる、のほほんとした様子のルゥナと、さらに深いため息をつくザラディン。
街に帰ったら何を食べようか、とやや達観した気持ちで思考をあさっての方向に向ける。
……この子だ。この子。
二人で囮になってミサとクレアを逃した後、シルバーウルフと戦おうともせず、ルゥナはただ俺の後ろをついてきた。
『なるほど。リエルは、パワーアップした美味しいところだけを持っていく』
そう呟きながら、なぜか納得した様子でしきりに頷いていた。
まあ何はともあれ、シルバーウルフは骨の化け物に自ら命を差し出している。今のうちに逃げるのが一番だ。
一度に複数の相手とやり合えない弓で正面から戦おうとすると、またさっきと同じように逃げ回るハメになる。
「よし。帰るか」
ルゥナにだけ聞こえるように小さく呟き、短剣を構えて今にも飛び出してしまいそうなルゥナの手を握って引き寄せる。
「っ!? リエル、なんで」
相変わらず誰かのために自分を犠牲にできるような、危うさが抜けていない。
「おい。まさか、お前ら……」
あきれた様子のザラディンの言葉は最後まで続かなかった。
シルバーウルフを全て吸収し終えた骨の化け物はゆっくりとこちらへ動き出した。
距離は遠いが、たとえ逃げたとしても骨の触手で殺されるだろう。
そう思ってしまうほどの圧倒的な覇気。
一歩踏み出すごとに地面が震え、骨の身体――特に首筋からは視認できるほどの闇属性の魔力が立ち上っていた。
「あれは?」
「指輪型の魔道具が身体の中に混ざっているんだ。あれを媒体にして魔法を行使しているらしい。それにしても」
ザラディンは俺の質問に答えると、ポーションを取り出して一気に飲み干す。そして、口元を吊り上げて不敵に笑ってみせた。
「――逃げるのかと思ったが、やはり残るか」
いや、足がガクガク震えて動けないだけなんだが。
「ん、当然。私とリエル、美味しいところだけを持っていく」
ルゥナは骨の化け物を見据えながら楽しそうに微笑み、力強く言い放つ。
「斧おじさんは邪魔にならないように、その辺で休んでて」
こんな状況でも他人を気遣えるとは。彼女のお人好しは今に始まったことじゃないが、心配になる。
いい意味でも悪い意味でも、いつも通りのルゥナの様子を見て、少しだけ緊張が解けた。
固まっていた体が動かせるようになり、ゆっくりと深呼吸をする。冷静になった頭で再び思考する。
相手は骨の触手のようなものを持っている。物理的な手数が多すぎて、魔法使いではないルゥナもザラディンも非常に相性が悪いだろう。
それに魔道具を杖代わりの媒体にして魔法を使えるんだったか?
「余計なお世話だ。まだまだ戦える」
ルゥナの言葉になぜか青筋を立てて、ザラディンは吐き捨てるように言った。
血を流している様子はないものの、鎧は土埃で汚れて、大量の汗が首筋を伝って落ちていく。
体力も魔力も限界に近いはずだが、静かなエネルギーを感じさせる瞳で骨の化け物を睨みつけ、腰を落として戦斧を構えた。
「なあ、アイツが使っている魔法ってのは何だ?」
「【闇魔法】。正確には【死霊術】と呼ばれる系統のものだろう。死体を操って、自分の身体の一部のように使ってやがる」
ということは、あの魔道具を取り除けば弱くなるのか。
「近づくのは命がけになるが、あの魔道具をどうにかできれば――」
〈空間認知〉。
霧でよく見えていなかったが、あちこちに伸びた触手が複雑に交差していることが分かる。
本体である骨の化け物を守っているようだ。
俺はさらに魔力を消費しながら、奥へ奥へ意識を集中させる。
……見つけた。
骨の身体にいくつも混ざった異物の中で、一際大きな存在がある。それは、周囲の魔力を吸収して闇属性に変換しているようだった。
「――俺たちにも勝機が……って何をやっている」
弓に矢をつがえる。ルゥナは納得したように頷くが、ザラディンは怪しむような視線を向けてくる。
「あの触手みてえな骨に阻まれて、届かねえぞ」
「いや、届くんだよ」
引き絞られた弦から指を離すと、ヒュンッという風切り音と共に一本の矢が放たれる。
「〈転送〉」
吸い込まれるように消えた矢は、空間を超えて。
指輪のような何かに命中して弾き飛ばしたのを、〈空間認知〉が確かに捉えていた。




