27 クソ領主
再び視界が真っ白に染まってから、ずいぶんと時間が経過していた。
風を切る音が聞こえ、反射的に横に跳ぶ。
さっきまで立っていた場所に、鋭利な骨の先端が深々と突き刺さっていた。
「速い……ッ!」
間髪入れずに飛んできた第二撃を、戦斧を振り上げて弾く。
骨だけの身体からは想像できないほどのスピード。
触手の動きは不規則で読みにくい。
攻撃一つ一つの威力が凄まじく、まともに喰らえば一撃で戦闘不能になりかねない。
汗を拭うヒマもなく、次の攻撃をかわす。
もともと、速さで圧倒してくる相手とは相性が悪い。戦斧は予備動作が大きいため、どうしても動き出しが遅れてしまっている。
回避、防御、攻撃。
その全てにおいて、後手に回っていた。
「……チッ、マズいな」
隙を見ては骨の身体を削っている。だが、あまり効いている様子はない。
体力が残っている今は互角以上に戦えているが、このままではジリ貧だ。どうする。どうやって攻める。
必死に考えを巡らせるが、良い案は浮かんでこない。
焦れば焦るほど、判断力が鈍っていく。
横薙ぎの一閃を上半身を反らすことでギリギリ回避。一度、体勢を立て直すために、大きく後ろに跳び退く。
追撃してこないことを確認して、小さく息を吐いた。
「……なかなか面白いな」
思わず笑ってしまう。
薄っすらと霧の奥に見えるシルバーウルフキングの影は、始めの位置から一歩も動いていない。
余裕のつもりなのか。それとも――。
「舐めてくれるじゃねぇか」
それに対して、骨の触手は俺を追いかけてくるように伸び続けている。
その数は増える一方。まるで、獲物を逃さない檻のようだ。
それでも俺だけでなく他のパーティーにも向かっているのだから、それを可能にするほど、触手の数が多いということだろう。
額に浮かんだ冷や汗を乱暴に拭って、魔力を流し込みながら戦斧を構える。
まだ戦意は折れていない。まだ勝機がないわけじゃない。
この程度の窮地、今まで何度も乗り越えてきた。
「……やってやるよ」
自分に言い聞かせるように呟いて、地面を蹴り上げようとしたその時――、木が根本からへし折られるような激しい音と共に、一匹のシルバーウルフが姿を現した。
傷ができてもおかまいなしに突っ込んできたようで白銀の美しい毛並みは赤く染まり、目が血走っている。
シルバーウルフの視線が、一瞬だけこちらを見た気がした。しかし、すぐに興味を失ったように逸れる。
そのまま真っ直ぐ、王の元へ駆けていく。
「お前、まさか」
その意味を理解した時にはもう遅かった。
向かってきた同族のシルバーウルフを、さも当然かのように骨の触手が伸びて身体を貫く。
断末魔を上げる間もなく絶命し、地面に崩れ落ちた。
そして、いくつもの触手が巻きつき、自らの身体に押し付ける。
黒いモヤのようなものが発生し、ボキリボキリと嫌な音を響かせながら、あっという間にシルバーウルフキングの身体に溶け込むように消えてしまった。
その肉片や血液さえも吸収するように……。
「なん、だよ、そりゃ……」
目の前で起こった出来事が理解できず、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
シルバーウルフは仲間意識が強い魔物だ。たとえ群れが壊滅しようと最後まで戦い続ける。
そんな種族の王が同族を捕食。
シルバーウルフの群れが壊滅したのは、コイツが原因? アンデット化で理性を失い、自らの手で群れを?
冒険者ギルドの見立ては『シルバーウルフの群れを壊滅させた上位の魔物が現れた』というもの。
だが、その異変の全てがこの一体の魔物によって引き起こされたものであるのなら。
シルバーウルフキングは――――誰に殺された?
「クソッ! 何がどうなってんだ……ッ!」
天に向かっての最初の雄叫び。あれは散っていた仲間を呼び戻すためのものだったらしい。
王の声に答え、シルバーウルフが次々と現れる。
その全てが正気を失ったように最速で突き進んでいた。
霧によって視界が悪いため、木に衝突するシルバーウルフもいたが、構わず仲間を踏み潰していく。
俺に気づいても素通りして、王に命を捧げていく。
「やめろォオオオッ!」
叫んだところで止まるはずもない。
近くを通りすぎる数匹のシルバーウルフを仕留めるが、ほとんど意味はなかった。
「冗談、だろ」
シルバーウルフの骨はキングに吸収され、身体はさらに肥大化した。
背中を突き破るように無数の触手がさらに伸びて、翼のように広がる。銀色に輝く骨だけの身体。
いっそ神々しささえ感じる姿だった。
あまりにも理不尽な光景を前に、思考が一瞬だけ停止しそうになる。落ち着け。生き残ることだけに集中しろ。
死体を操り、吸収する能力。あれは【闇魔法】だ。
だが、奴から闇属性の魔力を感じられない。それならば、どうやって魔法を行使しているのか。
「あれは、……指輪?」
わずかに黒く光った指輪が見えた。強力なデバフを使える指輪型の魔道具である。それが骨の身体の中に混ざっていた。
まさか、あの魔道具を杖代わりにして使っているとでもいうのか。だとしたら厄介極まりない。
目を凝らすと、他にも高そうな剣や槍なども身体の中にある。
……ああ、そういうことか。全てが繋がった。
魔物狩りが趣味のクソ領主がシルバーウルフの群れに遭遇した。そして逃げるために火魔法、または火属性の魔道具でも使ったのだろう。
その結果、山火事が起きた。なんとかそれを揉み消すために冒険者を使ったと。
そう考えれば全ての辻妻が合う。
「……ははっ」
乾いた笑い声が漏れてしまう。疲労感がドッと押し寄せて、戦斧から手を離す。
意味がわからない。俺はこんな下らない理由のために殺されかけていたのか。
「よ、よお……」
王のもとへ飛び込んでいくシルバーウルフをただ見ていると、背後から気配を感じた。
振り向くと、笑みを浮かべながら頰をひきつらせる黒髪の男。
もはや訳が分からなくなり、口を開いても声が出ない。
「なんでお前がここに、って思うだろ? えーっと、そうだな」
しばたく頭を掻きながら何かを考えるような仕草。
黒髪の男――リエルはわざとらしく咳払いを一つして、爽やかな自信満々の笑顔で告げる。
「お前の顔を見たくてな」
本当に意味がわからない。
誤字報告とても助かりました!
次回から主人公視点に戻ります。




