26 撤退の合図
冒険者をまとめ上げ、指揮をとることは不可能に近い。
魔物を相手にすることが多い冒険者には、決まった流派や型などがなく、個人によって、戦い方が異なるからだ。
もちろん、基本的な戦闘技術は身につけているだろうが、それでも経験、勘に頼っている部分も大きい。
そのため、想定外の事態が起こったときだけは連携がとれるように、撤退の合図を決めておく。
それが領主サマの依頼によって、寄せ集められた冒険者たちの共通認識であった。
「ああッ! クソが。これだから、貴族は」
霧の中を駆け抜けながら、苛立ちを抑えきれずに悪態をつく。
複数のパーティーが一斉に撤退を始める事態だと?
何が、調査依頼だ、ふざけるな。
この辺り一帯を治める領主からの直々の指名依頼。内容は『山火事跡の調査』だった。
破格の報酬、D級以上の複数パーティー合同。
ただの山火事の跡を調査するだけで、これほどの条件がつくとは考えにくい。
何かある。それも、かなりヤバいことが。
同時期に魔物の活動範囲が変化したこともまた怪しい。ギルドに出されている『森の異変調査』とは別で山火事を調査したいところも。
そんな予感を感じながらも、依頼を受けたのは失敗だった。
貴族からの指名依頼を断ると今後の活動に支障が出るため、仕方なく受けたのだが、やはり断るべきだった。
せめて、もう少し情報があれば。
肝心の依頼主は、『守秘義務を守れ』、『どんなに些細な事でも報告しろ』という指示ばかりを念押しするだけ。
結局、詳しい情報は何もわからないまま。
どちらにせよ、今現在の状況が最悪なことに変わりはない。
「全員、警戒しながら進めェッ! 決して油断をするな!」
声を荒らげるが、返事はない。
代わりに返ってくるのは、重い足音と、時折聞こえる苦しそうな呼吸の音だけだった。
足を止めずに走り続ける。
この霧では、まともに前に進むことすらできないというのに、どうしても撤退を決断することができなかった。
「…………この霧だ。仕方ねぇ。他パーティーの連中は放っておきましょう」
ヨシュアの判断に他の者も異論は無いようで、同調するように小さくうなずいた。
霧のせいで距離感がわからず、仲間の声が少し遠い。
「それは、できねぇ。忘れたか? 調査依頼を専門にするパーティーが大部分なんだぞ?」
「ッ……、確かに。だが」
ヨシュアは一瞬だけ目を細めたが、苦虫を噛み潰したような表情ですぐに無言になった。
さすがの領主サマ――依頼主も大物が出てくるとは思わなかったのだろう。戦闘特化のパーティーは全体の一割にも満たない。
ほとんどが探索、索敵系の能力を持ったメンバーで構成されていた。
そこまでして、何を見つけたかったのか。
「俺らが撤退するのは、全員が撤退した後だ。一人も欠けることは許されねえ」
全体の指揮を任されたのは、階級が一番高かった俺たちのパーティー。
たとえ、どのような結果になろうとも、最後まで見届けなければならない。
生きたまま帰す。使命感だけが重くなった体を突き動かす。
「もう、このまま進むしかねえんだよ」
「…………了解しました」
しばらく沈黙していたヨシュアだったが、ようやく絞り出したような声で呟く。悔しそうに唇を噛んでいた。
再び、俺たちは無言で進み始める。先ほどよりも明らかにペースが落ちていた。
霧が深くなるにつれて、体力を奪われていく。視界が悪いせいか、魔物の襲撃に対応が遅れそうになることもあった。
だが、確実に近づいている。全員が緊張を高めた。先ほどよりも、近い。
耳を澄ますと、怒号や悲鳴がかすかに聞こえてくる。
「おい、止まれ。警戒しろ」
戦斧を構える。全身の神経を研ぎ澄まし、気配を探る。
――――反射的に体が動いた。
何百、何千と繰り返してきた動き。
考える間もなく、霧の向こうから高速で迫ってきた脅威に向けて。
短く、鋭く息を吐き、踏み込む。戦斧の刃を壁のように、滑り込ませる。
「……クソ依頼主がァッ!」
確かな重量感のある衝撃。鈍い音が響き渡る。
戦斧の柄を通して伝わってくるのは、骨を砕く手応え。
「ホント、何が調査依頼だよ、ざっけんな! 私兵を使えバカが!」
「ザラディンさん……」
腕が痺れるほどの衝撃に顔をしかめながら、襲ってきたナニカの正体を確認。
なんだ、コレ。
骨。ゴブリンらしきものや、オークらしきもの。様々な魔物の骨が散らばっていた。
骨を砕く手応えは……、これか。
背筋に冷たいものが走る。
アンデット? こんなに素早いアンデットは聞いたことがない。
「ッ!? ザラディンさん、様子が変だ!」
バラバラになっていた骨が、乾いた音を鳴らしながら集まり始めたのだ。
戸惑っている暇はなかった。渾身の力を込めて、目の前の骨に向けて戦斧を振り下ろす。
空を切った。
骨が複雑に絡まり合い、細い一本の触手のように変化したソレは、スルリと霧の中に引っ込んでいく。
「ッ、お前は一体……!」
問いかけるが、返事はない。
この骨の魔物は?
クソ領主野郎はなぜ山火事を調査したかった?
ギルドで騒がれている『異常に強い魔物が現れた時の兆候』、『散り散りになったシルバーウルフの群れ』との関係は?
分からないことばかりで腹が立つ。
歯噛みしながら、先ほど出会ったばかりの男を思い出した。
『領主サマの動きがキナ臭い』とわざと濁した言葉に反応した小娘。
その様子を見た、あの男は笑っていた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。
「あぁ、くそ。気に入らねぇッ」
舌打ちをして、霧の奥へと視線を向ける。
「どうしますか」
「ヨシュア。いつでも逃げれるように準備しておけ。……アレが追ってくるなら、そう簡単にこの森からは出られねぇ」
「ッ、了解」
予備として使っている剣を投げ捨てて、戦斧を肩に乗せる。
スケルトンには斬撃が効きにくい。剣よりは戦斧の方がまだマシだ。
あの骨の魔物がスケルトンの一種なのかは怪しいところだが、俺以外のメンバーが剣士で、魔導師がパーティーにいないのはマズかった。
「俺はこれから単独で突っ込む。絶対に、後ろからついてくるんじゃねぇぞ」
「は? ちょっと待ってくれ。いくらなんでも無茶だろうッ!」
ヨシュアの声を無視して、腰を落として構え、目を閉じた。
あの骨の魔物。討伐推奨C級が妥当だろう。
それならば、まともに正面からやり合えるのは俺しかいない。
未だに交戦中のパーティーが複数あった。そいつらが撤退できる時間を稼ぎながら、少しでも多くの情報を持ち帰ってやる。
「全員、死ぬなよ」
それだけ言い残して、地を蹴った。
深く、静かに呼吸をする。集中力を極限まで高めていく。
足音、気配、風の流れを感じ取る。肌を刺すような空気に意識を張り巡らせ、敵の位置を把握。さらに速度を上げる。
戦斧に魔力を流し込む。
砂漠地帯の覇者、アースドラゴンの素材で造られた戦斧。
その刃は生前の姿を思わせるように、地属性の魔力を纏っている。
霧の向こうで動く大きな影が見えた瞬間――、一気に距離を詰めて、飛び上がる。
「〈大地の咆哮〉」
防御するように骨の触手が無数に伸びてくる。
関係ない。全てを粉砕してやる。
骨の触手ごと、戦斧を地面に叩きつける。地面が割れ、隆起し、巨大な岩がいくつも突き出た。
触手を砕き、そのまま骨の本体らしきものを捉えようとするが――、
「今のを、避けるのか」
寸前で飛び退いた。やはりただのスケルトンではないらしい。
吹き上がる土埃が周囲の霧だけを、一時的に晴らした。
現れたソイツの姿を見て、加速していた思考が止まる。
「おい、冗談じゃねェぞ……」
全身に鳥肌が立った。戦斧を構え直し、ゆっくりとすり足で距離を取る。
「シルバーウルフ、キング」
ギルドの推測通りで笑いそうになる。だが、“アンデット化”の可能性まで、誰が予想できただろうか。
驚いた様子もなく、こちらを見据える。
その風格は、間違いなく王と呼ばれるに相応しいもの。
通常のシルバーウルフより二回り以上大きな身体。
まるで筋肉の代わりに骨を凝縮させたかのような見た目。
背中から毛並みのように無数に伸びる骨は、それぞれが意志を持っているかのように動いており、全長が分からないほど長い。
一言で表すなら、それは異形だった。
ホブゴブリンの大きな頭蓋骨や、なにかの小動物と思われる小さな骨、同族のシルバーウルフらしき骨までも。
継ぎ接ぎ、継ぎ接ぎ、ツギハギ……。
様々な骨が複雑に絡み合い、繋ぎ合わせた禍々しい姿。
生きていた頃をなぞるように、死者を弔うように、天に向かって雄叫びを上げた。
大気が震えるような大音量に思わず顔をしかめる。
生者に対する恨みと憎しみに支配され、いびつな姿に成り果てた化け物を。
霧だけは優しく、覆い隠していく。




