25 やってられっか! 俺は安全な街に帰るぞ!
「領主さまの動きがキナ臭い、ですか……?」
怯えた表情を引っ込め、俺の背中からヒョッコリ顔を出して、クレアは真剣な顔で尋ねる。
それでも、俺の服の裾をギュッと握ったままで、手を離そうとしない。
可愛い。
まるで弟と妹が出来たみたいで、思わず頬が緩んでしまう。
その瞬間、ザラディンから、気味が悪いものでも見たようなギョッとした視線を感じた。
「ああ。その領主サマからひと稼ぎできそうな依頼をもらってな。この街に来たんだよ」
だが、それは一瞬のことで、すぐに何事もなかったかのように話を続ける。
待ってくれ、気持ち悪い笑みだった!?
「あ、あの。ザラディンさん。『領主さま』とか、『ひと稼ぎ』とか、どういうことでしょうか?」
「さあなぁ。そこまで教えてやる義理はねぇよ」
ミサが恐る恐る質問すると、ニヤけた表情を浮かべながら肩をすくめて見せる。
「ああ、そうだな。バケモノと、この男なら何か知っているかもしれねえなぁ?」
そして、顎で俺とルゥナを指し示し、楽しそうに口元を歪めた。
だが、その眼は獲物を狙う肉食獣のように鋭く、背筋が凍るような冷たい光を放っていた。
心臓を鷲掴みされたような感覚に陥り、全身が硬直する。
冷や汗が、首筋をそっと撫でるように流れ落ちた。
…………いや。俺、なにも知らないんだけど。
ザラディンに気圧されながらも、なんとか思考を回転させる。
俺が知っていること。なんだろう。本当に心当たりがない。
この街の領主の話だと、私兵を引き連れて魔物狩りをするという変わった趣味を持っているらしいけど……。
それ以外で領主のことについて聞かれても、特に思い当たる節はなかった。この街『スターステイト』に来たのも一年くらい前で、あまり詳しくはないのだ。
そもそも俺みたいな、ただの冒険者が領主のことを詳しく知る機会なんてないだろう。
ルゥナは少しだけ考える仕草をした後、ポンと手を打った。
「斧おじさん。それ、私も参加する。楽しそう」
「ザラディンだ」
訂正するように名前を呟き、不機嫌そうな表情で頭をガシガシと掻く。
再び殺気立つ取り巻きに対して、さりげなく後ろ手で制止してくれているザラディンを無視して、ルゥナは言葉を続けた。
「リエル。強いやつと、戦える……っ!」
瞳孔を開いて、爛々とした輝きを放つ。まるで戦いに飢えた戦士のような、そんな表情。
寝起きだからか、頬が紅潮して、息遣いも荒くなっている。
これは……。寝ぼけているな。
『領主』と『ひと稼ぎ』についての話から、どうしてそうなるのか。
目を輝かせながら俺の服をグイグイと引っ張り、今にも飛び出してしまいそうなルゥナの肩をつかむ。
「おい、頼む。しっかりしてくれ……」
正気に戻るように軽く揺さぶる。
全く力は入れていなかったのだが、されるがままで特に抵抗しないので、ルゥナは身体をガクンガクンと揺らした。
「ぅう、ちょっと。リエル、なにするの……」
目を回して、吐き気を堪えるように口元を押さえながらも、呂律の回らない弱々しい抗議の声を上げる。
「あっ、悪い。そんなつもりは」
慌てて手を離すと、潤んだ瞳で恨めしそうな視線を送ってきた。
そして、仕返しとばかりにペチペチと叩いてくる。身長差があるため、ルゥナ背伸びをしていた。
「随分とテキトーな扱いだなァ?」
怒りや困惑、恐怖。
気づけば、様々な感情が入り混じった複雑な、しかし、明らかに好意的ではない表情を浮かべて、ザラディン達は俺を見ていた。
取り巻きは少し怯えているみたいだし……。
どうしてそうなるのか。
ルゥナといい、ザラディンといい。少しズレている気がする。
「斧おじさん。私も戦いたい」
「ダメだ」
即答されて、不機嫌そうに少しだけムスッとする。
――――突然、甲高い笛のような音が鳴り響いた。
「なんだ……?」
音の発生源を探して視線を動かす。
霧は濃くなるばかりで、洞穴から出た時よりも、さらに視界が悪くなっていた。
ザラディン達は剣を抜き、一様に臨戦態勢に入る。
まるで世界から切り取られたような、不気味な静寂を切り裂いて、遠くの方から次々と甲高い音が聞こえてきた。
「複数のパーティーが連携をとるための笛――撤退の合図、ですね」
ミサの言葉通り、徐々にその数は増えていき、音の間隔は狭まっていく。その音は、だんだんと近づいてきていた。
「これだから、貴族は嫌いなんだ」
忌々しげな舌打ちと共に、顔をしかめる。そして、『お前たちはどうするんだ』とでも言いたげな視線を俺たちに向けた。
答えなんて決まっている。
「じゃあ、街に帰るよ」
こんな危険な場所に留まる理由はない。
それになりより、俺は英雄でも正義感溢れる勇者でもない。ただのしがない冒険者なのだ。
面倒ごとに巻き込まれたくないし、危険に飛び込むような真似もしたくなかった。
ザラディンは意外そうに眉を上げ、俺の後ろを見る。そして、すぐに口元を歪めて笑った。
背中越しでもミサとクレアが緊張しているのが伝わっていた。
「それでいい。じゃあな」
その短い別れの言葉と同時に、地面を踏み抜く勢いで、瞬く間に霧の中に消えていった。
しばらく呆然としていたが、ザラディン達の姿が見えなくなったためか、張り詰めていた空気が緩んでいく。
大きく息を吐き出し、ようやく肩の力を抜いた。
「……帰ろっか」
朝飯を食べ損ねた。安全な街で温かいご飯を食べたい。
なぜか不満そうなルゥナを引きずりながら、俺は鼻歌まじりに、街へと歩みを進める。




