24 バケモノを超える強者か、ただの一般人か、どっちかの奴
「ん、友だち」
「いや、違うだろう……」
黒髪の男が冷静にツッコミを入れるが、見た目だけは無垢で可愛いバケモノ――――ルゥナは心底、不思議そうに首を傾げる。
その仕草は愛らしく、俺の威圧によって、なんとか大人しくなっていた仲間の怒りをさらに煽った。
「トモダチ、だァ……?」
副リーダーのヨシュアが、喉の奥から絞り出すようにして、ドスの効いた低い声を漏らす。
額には青筋が立ち、こめかみがピクついている。悔しそうなその表情には、明らかな憎悪が含まれていた。
ヨシュアはいつも冷静だが、今回は珍しいことに激しく怒っている。
それだけこの女が、今すぐにでも殴り飛ばしたいくらい不愉快な存在だということだ。
忘れもしねえ、酒場での乱闘騒ぎ。
あの時のことを思い出すと、今でも腸が煮えくり返りそうだ。
酔っていたからか、はっきりとは覚えていない。だが、バケモノと喧嘩になって、酒が回っていた俺たちが負けたことは確かだ。
『お嬢ちゃん、俺たちと遊ばないか?』
覚えていることと言えば、酔っぱらって調子に乗った仲間の一人が、酒を片手にそんな軽い調子でバケモノに話しかけたことくらいか。
隠そうともせず下卑た笑みを浮かべ、舐めるような目つきで身体を見るので、俺を含めた他の連中は呆れながら眺めていた。
どうせ、いつものように適当にあしらわれるだろうと。
しかし、予想に反して、バケモノは黙って男を見上げていた。そして、一言だけ、ボソリと呟く。
『ん……あそぶ?』
何を言われたのか理解できなかったようで、まるで幼い子供のようにキョトンとした顔で聞き返す。
『ああ、これから俺たちと楽しいことをしようぜ』
『楽しいこと……。いいよ。あそぼう』
すると、バケモノはコクリと小さくうなずき、そのまま立ち上がった。
特に考える仕草もなく、あまりにあっさり了承したので、逆に俺たちの方が面食らい――そして、次の瞬間には仲間の顔面がジョッキで殴られた。
突然のことで誰も反応できず、一瞬で仲間は昏倒。死なない程度に手加減された攻撃が飛び交う。
そこからはまさに、お祭り騒ぎ。
もともとそこは迷宮都市だったため、命がけの危険な仕事が多く、荒くれ者も多かった。そのため、冒険者同士のケンカや揉め事は日常茶飯事。
そんな場所だからこそ、目の前で起きた惨劇に誰もが興奮し、我先にと武器を手にして襲いかかった。
結局、酒場にいた全員を叩き伏せ、満足げな笑みを浮かべてバケモノはそのまま去っていった。
恐怖と屈辱。
その後、何度もギルドで見かけた。その度に視線が合い、こちらが敵意を向ければ、バケモノは小さく手を振りながら、ニコリと微笑む。
一度殴っておきながら、友達に接するような純粋な笑顔。それが、余計に神経を逆撫でした。
友だち、ねェ……?
一度、殺し合った相手に対し、好意的に接するはずがない。
『友だち』という言葉も俺たちを煽って、心の中であざ笑っているのだろう。
ヨシュアを除いた他の三人も、頰を痙攣させながら必死に怒りを抑えているように見える。
まあ、気持ちはわかる。今すぐコイツをぶっ殺したくて仕方ねえ。
俺以外のメンバーはまだD級冒険者。
C級のバケモノと比べると、実力差がありすぎて霞んでしまうが、それでもかなりの実力者であることには変わりはない。
あの時と違い、コンディションは悪くない。人数差もあり、絶好のリベンジの機会。
だが、俺の決断を迷わせる奴が一人いた。
怯えている少年少女を巻き込んでしまわないか、というのもあるが、一番は――。
黒髪の男、お前だよ。
「ルゥナ。友だちっていうのは、もっとこう……お互いの信頼関係があって初めて成立するものなんだ」
優しく諭すように語りかける黒髪の男、確か少年少女からはリエルと呼ばれていたか。
軽く威圧しても動じなかったことから、新人ではなさそうだが、数多くの魔物を倒してきた冒険者特有の気配がしない。
経験と実力が一致していない。戦う機会が少ないポーターか?
そうなると、余計に説明がつかない。
なぜ、この男とバケモノが対等に関わっているのか。
怯えている少年少女は、仲間というよりも手のかかる弟妹として。しかし、黒髪の男の方は、対等な仲間として信頼されているように感じる。
いつもソロ活動で、特定のパーティーに入らない。
誘いに乗ったフリをして、ジョッキで殴りかかってくるような凶暴さ。
しかも、挑発するような言動を繰り返し、殺気立つ俺たちを見て嬉しそうにする。
そんなバケモノが対等な仲間として認めた……?
俺の観察眼も鈍ったか、いや。
ただの気のせいだと断じるには、俺の冒険者歴三十年は長すぎる。
「……信頼? リエル。一度遊んだら、友だち、だよ?」
遊び? あの乱闘が遊びだったって言うのかよ。
俺たちを舐め腐りやがって……。
バケモノの言葉に、ヨシュアは額に青筋を立て、拳を強く握りしめていた。
他の三人も複雑な表情を浮かべながら、ギリギリと音が聞こえてきそうなほど強く奥歯を噛み締めている。
だが、今ここでブチ切れたら相手の思う壺。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
落ち着け。まずは状況を整理する。
ここは冷静に、そして確実に勝てる方法を考えなければ、
は? いや、待て。今、コイツ、名前で呼びやがったのか?
どんなに親しい相手でも、常に一定の距離をとっていたバケモノが『リエル』と、名前を呼び捨てに、しかも親しげに?
マジかよ。俺を呼ぶときは『斧おじさん』だぞ。
今まで、バケモノが誰かと楽しそうに会話しているところなんて見たことがない。
ましてや、名前を呼んでいる姿など想像すらできなかった。
つまり、それほどまでに心を許せる存在ができたということ。そうなると、黒髪の男、リエルは――。
目の前にいるバケモノを飼い慣らすほどの実力者でありながら、それをC級冒険者の俺に悟らせないほど巧妙に立ち回ったということか?
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。一瞬、目の前が真っ白になり、呼吸が乱れる。
まさか、そんなはずは……。落ち着け。冷静になれ。
いくらなんでも考えすぎだ。まだ戦っているところすら見ていない。
見てみろ、隙だらけだぞ。やはり一般人だ。
いや、あえて無防備な姿を晒し、こちらの油断を誘っている!?
「……おい、お前ら。帰るぞ」
黒髪の男とバケモノが喋っている隙に、気づかれないように仲間たちに声をかける。
バケモノを超える強者か、ただの一般人か。情報が足りない。今は一旦引くべきだ。
俺の言葉に、ヨシュアは目を見開きながらも、コクリと静かにうなずいた。
他の三人は納得いかない様子だったが、リーダーである俺の判断に従うつもりのようだ。
まあ、当然の反応だよなァ。
こんなにも簡単に尻尾を巻いて逃げると思われたくはないが、冷静さを欠いた状態で決断しない方がいい。
元はと言えば、たった三人で危険な森の奥までやって来た新人冒険者を街に帰すために近づいた。
だが、実際にはC級のバケモノが居たわけだ。ならば、これ以上ここにいる意味はない。
「おい、リエルとやら」
隙が多い立ち振るまい。バケモノはこの男をどうして気に入った?
いずれ必ず倒す。その時は、あのバケモノに引導を渡してやる。
だが、何もできないまま帰るのもシャクだ。
「領主サマの動きが随分とキナ臭いが、それもお前の仕業か?」
揺さぶりをかけるように、口元を吊り上げる。
少しでも男の情報を引き出せればと思ったが――。
「え、なにそれ……」
まるで本当に知らないかのような態度。
一般人のような、いや、一般人なのか……?
答えの出ない問いが、頭の中でグルグルと渦巻く。




