23 友だち
「霧が出てきたな……」
洞穴の入り口に立ち、外の様子を窺う。
先ほどまでは、木々の間から差し込む光によって、森の中でも視界を確保できていたが、今は、ほとんど何も見えない。
いつの間にか、濃密な霧が辺りを覆いつくし、視界を塞いでいる。まるで、森の中に雲がかかったかのようだ。
まだ日が出ている時間帯なのに、肌寒さを感じて、身震いする。
「あっ、リエルさん。どうしますか。霧が晴れる様子はないです」
俺とルゥナが仮眠をとっている間に、見張りをやってくれていたミサが、トテトテと駆け寄ってきた。
少し遅れて、拗ねた表情をしたクレアも近づいてくる。いや、本当にごめん。
「霧が出始めたのは、少し前からですね。山なので、よくあることですが、ここまで濃いのは初めて見ました」
ミサが顎に手を当てて、真剣な顔つきで言う。
霧の中での戦闘には慣れていない。かなり難易度が上がるだろう。
アサシン・シルバーウルフのように、気配遮断系のスキルを持っている魔物は当然だが、それ以外の魔物も、視界が悪くなると奇襲の危険性が高まる。
これでは、夜と同じだ。仮眠はとらないで、さっさと出発するべきだったか?
……いや、ルゥナの体調も万全ではなかったし、仕方ないか。
「このままだと、視界が悪くなる一方だが」
言葉を区切り、俺は、洞穴の中に視線を向ける。
中からは、ルゥナの穏やかな寝息が聞こえてくるだけで、何の反応もない。ぐっすりと眠っているようだ。
かなり疲れていたみたいだし、もうちょっとだけ、そっとしておこう。
「霧が晴れるまで、もう少し待つか」
「――いや、雑魚はさっさと、この森を出て行くんだな」
突然、腹の底に響き渡るような、低い声が響く。反射的に後ろに跳び、弓を構える。
霧の中から現れたのは、大柄な冒険者らしき集団だった。
人数は五人で、全員が男。鍛え上げられた巨体の持ち主で、傷だらけの頑丈そうなハーフプレートアーマーを身に着けている。
腰に差している剣や斧などの武器にも、使い込まれた跡が見て取れた。
この男たちは、間違いなく冒険者だ。それも、かなりの熟練の部類に入る。
「おいおい、雑魚のくせに、随分と威勢がいいじゃねえか」
先頭にいる男が、ニヤリと笑みを浮かべる。その瞳の奥に宿る凶暴性に、背筋が凍りついた。
空気が張り詰め、重くなる。
ミサとクレアも、緊張した面持ちで臨戦態勢に入り、俺の隣でいつでも動けるように構えていた。
冒険者は、気性が荒い人間が多い。特に高階級の冒険者になれば、その傾向は色濃くなっていく。
目の前の冒険者たちは、その中でも飛び抜けて危険な雰囲気を放っていた。一般人であれば失神してしまっても、おかしくないだろう。
「……何の用だ?」
質問に対して答えず、先頭にいた男は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
一歩進むごとに圧力が増していく。
腰には剣を携え、背中に巨大な戦斧を背負っている。おそらく、こいつがパーティーリーダーなのだろう。
他の四人よりも、一回り以上大きい体格、そして装備している鎧の質の良さからも、強者のオーラを感じる。
「俺はC級冒険者、ザラディン。お前らみたいな弱っちい奴らに構っている暇はない。さっさと帰ってくれや」
ザラディンと名乗った男の口角が吊り上がり、鋭い犬歯が覗く。
「ここは、お前らみたいなガキが来るところじゃねえ。霧もこれから濃くなる。死にたくなかったらな」
吐き捨てるようにそう言うと、面倒くさそうに手をヒラヒラと振った。
何をされるかと警戒したが……忠告か。正直、拍子抜けである。
悪い人では、なさそうだけど。
気圧された二人は、姉弟揃って、プルプル震えながら俯いて、俺のローブの裾をぎゅっと掴んでくる。
うちの子が今にも泣き出しそうだから、さっさと帰ってくれないかなあ。
「忠告ありがとう。でも、こっちには仲間がいるから大丈夫だ」
軽く会釈をして、素直に感謝の言葉を口にすると、ザラディンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
俺たちを値踏みするように眺めた。
「仲間だと? ふんっ、こんな小娘と、冴えないガキがか? 悪いことは言わねえ、大人しく帰れ」
「……ん。私も、居る」
洞穴から、小さく欠伸をしながら、ルゥナがゆらりと顔を出す。
消え入りそうな小さな声だったが、鈴を転がしたような可愛らしい声は、場違いで、よく響いた。
一瞬にして、空気が変わる。ザラディンは目を見開き、固まっていた。
「ルゥナ、起きたのか。体調はどうだ?」
「うん。おはよ……。まだ少しだけ身体が重いけど、だいじょぶ」
トロンとした眠たげな目をこすり、ルゥナはのっそりと洞穴から出てきた。
寝起きで頭が回っていないせいか、いつも以上に幼く見える。
ミサとクレアが駆け寄り、安心したような笑顔を浮かべた。
「ルゥナさん、おはようございます」
「ルゥナ先輩! お元気そうで良かったです!」
「ん、ありがと」
二人の言葉に嬉しそうに微笑むルゥナ。
「テメェは……ッ!」
我に返った取り巻きの一人が、顔を真っ赤に染めて、怒りの形相で睨みつけてくるが、当の本人は片目をつぶって、ふぁーと可愛らしいあくびをする。
緊張感のないその姿に、残りの取り巻き三人も殺気立つ。剣の柄に手をかけている者もいる。
肌を刺すような緊張感。完全に敵意を向けられていた。
今にも襲い掛かってくるのではないかと思うほどに、彼らの殺意は爆発的に膨れ上がっていく。
これはまずいな。どうにかしないと。このままでは、本当に戦闘になりかねない。
「――――やめとけ、馬鹿が」
怒気が混じった静かな声で、ザラディンが呟く。
後ろにいる仲間をギロリと睨みつける。身震いしそうになるほどの強烈な覇気が放たれた。
途端に、四人全員が凍りついたように動かなくなる。呼吸すら忘れてしまったかのように、微かに肩が上下するだけで、微動だにしない。
「……えーっと、知り合いなのか?」
知り合い、明らかに向こうは良い感情を持っていないようだが。ルゥナは言葉足らずだし、なにかトラブルに巻き込まれたことがあるのだろう。
ルゥナは、やっとザラディン達に視線を向けて、少しだけ嬉しそうに口を開く。
「ん、友だち」
それはそれは、一方的で、理不尽すぎる、友だち認定だった。
次はザラディン視点です。




