21 月明かり
どうやら魔力を使い果たし、倒れていたらしかった。
後頭部に柔らかい感触を感じながら、目を開ける。
「……ん。起きた」
息がかかりそうな距離。俺を覗き込むように見下ろす、逆さまのルゥナの顔があった。
理解が追いつかない。
ハッキリとしない意識の中、柔らかい感触の正体を探るために、頭に手を伸ばした。
指先に滑らかな肌の感触が伝わる。
そのまま撫でるように動かすと、くすぐったそうに、ぴくぴくと震え始める。
「……あっ、ぅ」
小さく漏れる吐息を聞いて、ようやく、自分が膝枕をされていたことに気がついた。
視界いっぱいに広がるルゥナの瞳が揺れた。
慌てて手を引っ込める。
「え、あ、ごめ……」
とにかく謝ろうと、慌てて飛び起きようとするが、身体に力が入らない。
「無理しない」
ルゥナは俺の頭を優しく抑えると、再び膝の上に寝かせた。
視線だけを上に向けると、満天の星空が広がっている。
心地良い夜の風が、ルゥナの髪を揺らしていた。
アサシン・シルバーウルフは倒せたのか。どれだけの間、気絶していたのか。たくさん聞きたいことがあったはずなのに……。
ふわっと香る甘い匂いと、優しく受け止めてくれる温もりと柔らかさに、思考が溶けていく。
「怪我は、ないか?」
なんとか絞り出した言葉は、酷くありきたりで。なによりも、大切なことだった。
ルゥナは少しだけ頰を緩ませてから、細い手を伸ばして俺の前髪に触れる。
「ないよ」
背中に触れるひんやりとした草の冷たさが、魔力切れで熱を持っていた体を、ゆっくりと冷やしてくれていた。
「……そっか。良かった」
ホッとすると同時に、全身から力が抜けていく。
安心したせいか、一気に睡魔が襲ってくる。このまま目を閉じれば、すぐにでも寝てしまいそうだ。
ルゥナの手が前髪をかき分けた。
額に手を当てられる。ひんやりとした冷たい手のひらが気持ちいい。
「無事に倒せたか」
「ん。倒せた。でも、私一人じゃ逃げられていた。魔物の相手と、森の中での戦闘は難しい」
「少しでも役に立てたのなら、……良かったよ」
ルゥナの瞳が俺を捉え、優しげに細められる。
「二人なら、できる」
「ああ、そうだな」
ルゥナの言葉が、妙に胸に響いた。
俺たち二人は、顔を見合わせて笑い合う。なんだか、すごく嬉しい。
「リエルも怪我は、ない。でも、魔力切れで疲れてる。休んでて」
よしよし、と子どものようにあやされて、優しく頭を撫でられる。子ども扱いされているようで、少しだけ恥ずかしくなった。
ルゥナの言葉に甘えて、瞼を閉じる。
「……死ぬのは、怖くないのか?」
積極的な人助け。どんな時でも心配させまいと、まるで戦いを楽しんでいるかのような顔。誰かを守るためなら、クレアを庇いながら回避行動を続けていたように、リスクを無視して戦う。
そんなルゥナを見ていて、ずっと思っていたことがある。
それは、いつか死地に飛び込んでしまうのではないかという不安だった。
お人好しと言えば、聞こえはいいが。俺には理解できない覚悟と危うさが、ルゥナにはある。
そのせいで、どこか遠くに行ってしまいそうな気がしてならなかった。
だから俺は、聞いておきたかった。
「怖い?」
囁くような小さい声が頭上から降ってきた。
ルゥナは一瞬だけ驚いた表情を見せたものの、すぐに、いつもの無感情な顔に戻る。
「死んだら、未熟だった。それだけ」
意外とドライな性格をしているらしい。あっさりとした答えだった。
自分の命すら、そんな風に扱う彼女が。どうしてそこまで、他人のために頑張れるのか。
月明かりに照らされた、絵画のように真っ白で綺麗な顔を、ボンヤリと眺める。
「死ぬのは、怖くない。でも、リエルに助けられた時だけは……まだ生きていたいと思った」
途切れがちに、夜風にさらわれてしまいそうなほど小さな声で呟いた後、ルゥナは俺の目元を手で覆った。
視界が暗闇に包まれる。何も見えない。
「ありがとぅ」
闇の向こうから、消え入りそうなほど小さな感謝の声が響いてきた。
この温もりを、もう少し感じていたかった。
耳元で囁かれた優しい声は、子守唄のように俺を眠りへと誘っていく。




