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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第二章 親子
8/82

指示

慶長十二年閏四月一日 越前国


 結城家当主結城秀康の容体は悪化しており、遠からず死を迎えるあろう事が確実であると家臣達は知っていた。


 家臣の一人、本多冨正はそのことを深く憂慮していた。


 父が仕えた松平信康は若くして自害し、子である自分が仕えた秀康は重い病でもうすぐ亡くなる事が確実な状況となっている。


 長きにわたって秀康に仕えてきた本多冨正は敬愛する主君が亡くなるならば、秀康の後を追って自害する覚悟を決めていた。


(父上も私も仕えた主君が早死にすることになるとはな。亡き信康様は武勇に優れ、家臣に優しい名君であったと父上から聞かされたことがある。秀康様も仕えるに値する立派なお方だ。信康様も秀康様も若くして生涯を終えるとは本多家は呪われておるとしか考えられん。いや本多家の者が仕えたから信康様に続き、秀康様も若くして身罷られるのか……)



 秀康は剛毅ではあるが粗暴では無く、家臣を大切にしていた。

 所領の殆どを家臣に与え、秀康自身の直轄領は僅かしかない。


(何度も諌めたが優秀な家臣を多く抱え、その力を発揮させるには家臣達に多くの所領を与えねばならんのだと殿は申された。殿の直轄領が余りにも少な過ぎる故、私の所領を一部返上する事を申し上げたが、受け入れて下されなかった。多くの御恩を受けておりながら、私は殿に尽したとは言い難い。せめて殿の後を追い、死後も傍らでお仕えせねば殿の御恩に報いる事が出来ぬ……)



 秀康の死後に殉死する事を考えていた冨正に小姓が声をかけた。


『伊豆守様、殿がお呼びでございます』



 声を聞いた冨正は立ち上がり、秀康の寝室に向かいながら自分を

 呼びに来た小姓に声をかけ、秀康の容体を尋ねた。


『殿の御容体はどうだ』



 冨正の質問に小姓が返答した。


『しかとは分かりかねますが、お声がしっかりしていたのでもしかしたら病から回復なされたのかもしれません』



 小姓の返答を聞いた冨正は少しだけ安堵したが、秀康の病気は医師から回復が見込めないと聞いた以上、回復したと喜ぶのは早急であり、己の眼で確認して判断しようと思った。


『左様か。殿がお呼びなら急がねば』



 秀康の寝室の前で冨正は部屋に入る為に秀康に声をかけた。


『殿、冨正に御座います』


 部屋から聞き慣れた秀康の声が聞こえた。


『入るがよい』



 襖を静かに開け、部屋に入った冨正は自分が目にしている光景を疑った。


 自力で立てないほど衰弱していたはずの秀康が文机に向い、自らの手で書状をしたためていたからである。


 そして、冨正の姿を見た秀康は声をかけた。


『心配をかけて済まぬな。燃え尽きる前の蝋燭と同じく死の間際になって少しだけ体の調子が元に戻ったようだ』



 秀康が口にした言葉はおかしなものではない。


 蝋燭が燃え尽きる前に炎が大きくなるのと同様、自分もまた死の直前に体の具合が少しだけの間良くなったという意味である。


 だが、その言葉に納得できない冨正は秀康に問いかけた。


『医師が手を付くしても、ご病気は一向に回復なさいませんでした。なれど、失礼ですが今の殿は到底病んでいるようには見えませぬ』



 冨正の言葉を聞いた秀康は苦笑し、落ち着いた声で冨正に答えた。


『先程申した通り、死の間際に具合が良くなっただけだ。遠からず儂は死ぬ。己の体の事は己が一番良く知っておる』



 秀康の返答に冨正はどう答えるべきか考えあぐねていた。


 秀康の言葉を真実として受けるべきか、あるいは病から回復して冗談を口にしているのか判断出来ないからだった。


 冨正が思案していると秀康から再び声が掛けられた。


『済まぬが、この書状を駿府の父上に急ぎ届けてくれ。使者はお主だ。今は細かい話が出来ぬが、お主以外の者には任せられぬ。すぐ出立せよ。儂も準備が出来次第、駿府へ行く』



 いきなり駿府へ書状を届けろと言われて驚いたが、それ以上に秀康が駿府へ行くと言った事を聞いて唖然とした。


 使者を出すなら、冨正以外の者でも構わないはすである。


 だが、秀康が冨正以外の者ではならないと断言し、病から回復していない可能性が高いにも関わらず、越前から駿府へ行くなど危険である。駿府への途中で病が悪化してしまう可能性が高いと言わざるを得ないのだ。


 冨正は秀康が駿府へ行くのは、とてつもなく重要な事を相談するためであり、その事が書状に書かれているのではないかと思い、冨正は秀康に質問した。


『殿の御下知とあらば急ぎ大御所様の元へ参りまする。なれど他の者には使者を任せられぬという事や、殿御自身が大御所様の元に赴くという事は何か重要な事を大御所様にご相談されるという事でしょうか』


 訝しげな表情の冨正に秀康は微笑みを浮かべて答えた。


『書状の内容は大した事ではない。儂が駿府へ行くのも父上に会い、親子として最期の別れを告げ、儂の所有する家宝を託すためだ』



 秀康は書状を冨正に手渡し、念を押すように言葉を掛けた。


『儂に残された時間は僅かなものだ。駿府に赴いた際に父上が不在では困る。一刻も早く父上に書状を届け、儂が駿府に向かっていることを伝えよ』


 秀康の顔から笑みが消えているのを見た冨正は即答した。


『御意』



 秀康から書状を受け取った冨正は秀康に平伏し、寝室から下がった。

 それを見た秀康は一言だけ大きな声を出した。


『誰かある』


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