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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第二章 親子
9/82

手配

慶長十二年閏四月一日 越前国



 父家康への書状を本多冨正が受け取って退室したあと、結城秀康は寝室の周囲で警備をしている小姓を呼んだ。


 秀康の声を聞いた小姓が寝室の外から秀康に声をかけた。


『お呼びでしょうか』



 秀康は小姓に指示を出した。


『修理を呼べ』



 秀康がいう修理とは家臣の吉田好寛の事である。

 豊臣秀次の死後に秀康に仕えた人物で文武に優れており、秀康の信頼が厚い人物である。


 秀康は吉田好寛が来るまでの間、本多冨正が使者として駿府城にきた事を父がどのように受け止めるか、そして書状の内容をどのように読み取るかを考えていた。


(冨正を使者としたこと、書状の内容が簡潔であることを父上はどう考えるであろうか。あの書状は読み方を少し変えれば、どのようにでも解釈できる簡潔な内容だ)


 秀康は書状の内容を簡潔にする事で、父の猜疑心を煽った。


 書状の内容を簡潔にしたのは、どうとでも解釈出来る内容とすることで、内密に話をする以外に意図が理解出来ない状況に追い込むことが目的だった。


(父上は猜疑心が強い御方ゆえ書状の内容を読み解こうと必死になって考えるであろう。毒殺を試みている最中に儂から居城に行って話をしたいと書状が届いては、狼狽するであろうな)



 秀康は家康が書状の内容をどのように読み、受け止めるかを想像した。

 そして狼狽しながら表情を取り繕う父の姿を思い、笑みを浮かべた。


 その時、室外から聞きなれた吉田好寛の言葉が聞こえた。


『殿、修理にございます』



 秀康は好寛に部屋に入るように声をかけた。


『待っておったぞ修理、入るがよい』



 部屋に入った好寛は秀康が座して笑みを浮かべているのを見て、安心したかのように静かに声をかけてきた。


『医師から回復が難しいと聞いて心配しておりましたが、病から回復されたとお見受け致します。家中の者たちも安堵いたしましょう』



 冨正と同じような内容の言葉を聞いた秀康は、考えることは皆同じか思い、苦笑しながら好寛に返答し、紙を差し出した。


『残念だがそうではない。儂はまもなく死を迎えるであろう。修理、お主を呼んだのはこの紙に書かれている品を幕府に献上する手配を頼みたいからだ』



 秀康の言葉を聞いた好寛は己が抱いた期待が即座に否定されたことを無念に思い、一瞬だけ悔しさを表情に出したが、すぐに表情を改め返答した。


『承知致しました。直ぐにご用意いたします』



 好寛は秀康の手から紙を受け取り、用意するように示された品を見た。

 そして、秀康がまもなく死を迎えるといったのが真実であることを痛感した。


 好寛に渡された紙に記載されていたのは、亡き石田三成から譲り受け「石田正宗」と秀康が名付け大切に保管していた太刀や、大谷吉継が愛刀にしていた「敦賀正宗」と呼ばれる太刀など、関が原の戦いで家康と戦い敗死した者から譲り受けたか死後に入手した品である。


 いずれも秀康の秘蔵の品であるが、徳川家から警戒される恐れがある為、生前に幕府に献上したほうがよいと秀康が考えたと好寛は理解した。


 秀康は好寛が退室した後、自分を信頼している家臣を欺いた事に心苦しさを覚えた。

 幕府に献上するというのは偽りであり、用意させた品は全て駿府に送るつもりだった。


(亡き治部殿や刑部殿に所縁のある品である以上、父上がご存命の間では秀忠は受け取りを躊躇うことがもありうる。幕府の者達ではもてあます家宝を父上に預ける為に駿府へ来たと説明すれば、僅かではあるが儂が訪ねた理由の一つとして納得するはずだ)



 そして、秀康は自分の手で父に渡さねばらない品を思い浮かべた。


(あれだけは儂の手で父上に渡さねばならん。あれは儂にとって唯一の切札となる品だ。あの品は儂と父上の勝負には欠かせぬ)


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