第5話
『ガストン。こちらへ来い』
近衛騎士団長に呼ばれ、ガストンの顔に安堵が浮かんだ。
父親が出てくれば助かる。たぶん、そう思ったのだろう。
『親父、俺はただ、殿下のために――』
『その徽章を外せ』
父の視線は、息子の胸に留められた騎士見習いの徽章へ向いていた。
『警備の配置を私用で変えたな。お前に任せた権限ではない』
『でも、あれは』
『言い分は監査局で聞かれる。お前の身柄は、私の隊には預けん』
ガストンが徽章を押さえた。
幼い子供が大切な玩具を取られまいとするような仕草だったが、別隊の衛兵が前に出ると、抵抗できずに手を下ろした。
その隣では、パスカルが父親へ駆け寄ろうとしていた。
『父上、記録には魔術的な改変の可能性が――』
『他の魔術師が検証する』
筆頭宮廷魔術師は、息子の言葉を短く切った。
『お前も私も、その審査には加わらない。認定証を預けなさい』
パスカルの首から、銀の認定証が外された。
パスカルが二階の投射機へ手を向けた途端、指先に光が灯った。衛兵がその腕を押さえ、手首へ封魔の輪を嵌める。
『そんな……認定証を返してください! あれがなければ、魔術院に入れません!』
『今は入れるわけにいかない。保管してある記録も、お前の担当したものから調べ直す』
パスカルは口を開いたまま、父親を見つめた。
いつもなら何でも通った相手が、今夜は話を聞いてくれない。
ユーグには、財務卿と監査官が並んで向き合った。
『学園の慰問費から、少なくとも金貨三千枚が不正に支出されている』
監査官が読み上げると、ユーグは父親を見た。
『立て替えてくださいますよね? お金が戻れば、それで――』
『終わらん』
財務卿が、絞り出すように言った。
『お前の私財は凍結される。領収書も、公印を預けた私の管理責任も、これから調べられるのだ』
ユーグはそこで初めて、父親の顔色が自分と変わらないことに気づいたようだった。
書類を握っていた手が、だらりと下がる。
「親御様も、無関係ですとは言えませんものね」
私が呟くと、キリアンが頷いた。
「預けた権限を確かめるのも仕事だ。息子を叱って済む話ではない」
「そのお話、もっと早く聞いてほしかったです」
私の言葉は少し刺々しかった。
彼は、そうだな、とだけ答えた。
広間の中央で、コラリーが王妃陛下の前に膝をついた。
『王妃様! どうかお聞きください! 私は殿下をお慕いして、それだけで……!』
『そのために、別の令嬢を罪人にしたのですか』
王妃陛下は、コラリーの目線の高さまで身をかがめた。
『貴女がつらい目に遭ったと聞き、私は見舞いの品を贈りました。その時も、事実を話す機会はありましたね』
コラリーが、はっと顔を上げる。
その時の手紙も残っているのだろう。王妃陛下は封筒を一通、監査官へ渡した。
『ダグラス男爵家へ渡った慰問金も調べます。貴女にも、別室で事情を聞かせてもらいます』
『父は関係ありません!』
『それも調べます。関係がないなら、そのように明らかになるでしょう』
泣けば席を立てた話は、もう終わっていた。
コラリーの肩が小刻みに震える。
ファビアン殿下が、その横をすり抜けて陛下の前へ進んだ。
『父上。俺も騙されていたのです!』
私の口から、あ、と声が漏れた。
ここまで来て、その言い訳を選ぶのか。
『帳簿のことは、ユーグが。コラリーの怪我も、ガストンたちが確かだと言うから――』
『お前の印がある』
陛下が、差し出された帳簿の写しを示した。
『説明を求めた婚約者を退け、被害を訴えた者を黙らせ、お前自身の権限で認めている』
『では、返します! 金は王家から返せば!』
『それは、お前が好きに使える金ではない!』
怒声に、殿下は後ずさった。
さっきまで味方だった人間を振り返る。ガストンもパスカルも、目を合わせなかった。
国王陛下は、講堂全体へ向き直った。
『ファビアンの王太子としての地位を、ただいまより停止する。廃嫡を王族会議へ諮り、横領への関与と令嬢への加害について、他の四名とともに裁判に付す』
紙に書き留められる音がした。
冗談では済まない。陛下も、明日になってから言っていないとは言えない。
『コンスタンツェ嬢との婚約は、王家の責任で解消する。彼女に一切の落ち度がなかったことも、正式に公表せよ』
コンスタンツェ様が深く一礼した。
顔を上げた時、きつく閉じられていた唇が、ほんの少し緩んでいた。
私は彼女に向かって、誰にも見えないよう膝の上で拳を握った。
ここまで来た。ようやく。
『廃嫡……?』
ファビアン殿下が呟いた。
後ずさった足がマントに絡み、膝をつく。
差し伸べられた衛兵の手を、彼は払いのけた。
『触るな! 俺は王太子だ!』
広間に、返事はなかった。
殿下は逃げ道を探すように周囲を見回した。やがて、その視線が二階へ上がってくる。
――目が合った。
『シビル?』
名を呼ばれて、近くの人たちまでこちらを見上げた。
私はグラスを置いた。
『シビル! お前からも父上に言ってくれ! 俺が優しくしてやったことを知っているだろう!』
隣で、キリアンが長く息を吐いた。
「よくそんなことが言える」
「本当ですね」
立ち上がろうとすると、彼が椅子を引いてくれた。
私は手すりまで歩き、下を見た。
ファビアンが必死に手を振っている。ずっと見下されていた相手を、こんな角度から見る日が来るとは思わなかった。
「ええ、聞こえていますよ」
投射機の横にある拡声具を、自分の方へ向ける。
「よく覚えています。ひとつずつ、お話ししましょうか」




